人の多い街の市場にて

「おお!? のうのう、あそこで美味しそうな匂いを醸し出しておるのは何じゃ!?」


 お子様が目敏く見つけたのは、四角く切り揃えられた肉を串に刺して焼いたものである。じゅうっという音と共に、何とも言えない食欲をそそる香ばしい香りが辺りに立ち上っていた。


「ああ、ありゃあ猪肉の串焼きだな。あそこの店主はタレにこだわってっから美味いんだよ」


「何じゃそれは!? 聞くからに美味そうではないか! ぜひ買わねばなるまい!」


「そうだな。……おーいバナン!」


「いらっしゃ……って何だ、サイラスじゃねぇ……っておいおい! いつの間に子持ちになったんだお前ぇ!?」


 ちんちくりんの要求に同意したサイラスは、店主に向かって大声で呼びかける。すると店主が声のした方へ振り返って愛想笑いをしかけてやめる。相手が見知った顔だと分かったからだろう。……が、その肩に居座っているお子様を見つけるや否や、隠し子認定するのだった。


「残念ながら雇い主様だ」


「……へっ?」


 思いがけない返答に、屋台の店主は間抜けな声を発する。すると隠し子ではないお子様は、ここぞとばかりに自己主張するのであった。


「うむ。儂はこ奴の雇い主じゃ。サイラスからここの串は滅法美味いと聞いておる。是非に所望したい」


「……何処かのボンボンか? ……って、あいや失礼しました! えっと何本ほどご入り用で?」


「うむ! あるだけ売っ……」


「5本で良いぞ、バナン」


「おう、了解だ」


 金に飽かせて買い占めようとする肩の上の居候の言葉を遮り、サイラスはとっとと注文を決めてしまうのだった。となれば勿論黙っておれぬのはちんちくりんで……


「待て待て! なんで5本に限定するんじゃ!?」


「ここの串肉には人気があるんだ。一人が買い占めちまったら恨みを買うだろう? あんたは色々平気なのかもしれんが、頼むから止めてくれ。それにここ以外にも美味いものを扱ってる店はあるし、昼にはまだ少しだけ早いだろう? 見て回ったりしないつもりか?」


「うぐっ!? ぐ……なるほど、言われてみれば道理よの。ふむ、ご主人、我儘を言って済まなんだ。このように高い位置からで申し訳ないが謝罪する」


「へっ!? あ、いや、その、別にこっちは……ねぇ?」


「気にしてないってさ」


「うむ、感謝しよう」


「へ、へぇ……」


 お子様の尊大な様子に、やっぱりこのおチビ、お偉いさんかねぇ? とか思いつつあるバナンであったが、残念! そのちんちくりんは、魔王を自称するお子様であるのだ! その事はサイラスも知らないままではあるが、バナンの気持ちも分かるためか苦笑しながら声を掛ける。


「んじゃバナン、後で寄るから取っといてくれや」


「おう、分かった」


「む? 何じゃ? 今受け取るんじゃないのか?」


「今受け取ったら嵩張るだろう? 食い物関係は後で全部回収すんだよ。その方が冷めねえだろ?」


「ほほぉ! なるほどの……ぅおっ! アレは何じゃ!?」


 串肉を受け取らなかったサイラスの行動を訝しむも、納得の行く理由を聞かされ尊大に頷くちんちくりん。しかし、次の瞬間には別の美味そうな何かを見つけたらしく、興味が移っていたのだった! 見た目も子供! 中身も子供! その名は、自称魔王たるザンクエニア! 滅多に名前が出てこないのは気のせいだ! そしてそんなちんちくりんが目をつけたのは、小麦粉の生地で何を包んで揚げたものである。


「ああ、マーサんとこの炒め野菜の包み揚げだな。当たりには、肉も申し訳程度に入ってるかも知れないが」


「……うぬう。その説明ではあんまり美味くなさそうじゃぞ?」


「いや、これに関しては肉はおまけで野菜が主役なんだ。……ってかあんた、動物の内蔵とか平気か?」


「む? 家畜の臓物なら問題なく喰えるぞ? 処理してないって事もないのじゃろ?」


「当然処理はしてある。っていうか、臓物って表現はやめろよ」


「言い方が変わった所で同じじゃろうに」


 足代わりに使っている気の良い男はそういう事を気にするらしいので、要ははらわたじゃろう? とは口にしなかったあたり、少しは大人な気遣いもできるお子様なのであった。


「ま、とにかく内蔵を丁寧に処理してからじっくり煮て、それを干して保存食にしたものがあるんだ。この包み揚げに入ってる野菜は、それを細かく切って一緒に炒めて混ぜてあるんだよ」


「ほほぅ、内臓は出汁の代わり、という訳じゃな?」


「で、主役の野菜の方も、貴族のお屋敷で出る使われない端切れやらなんだが、細かくしてしまえば分からんだろ? そういうの気にするか?」


「確かに分からんの。そして気にせん気にせん。美味いことが大事じゃ」


「だよな。ここのはお勧めだぞ? 表面はカリッ内側はぷるっとしたモチモチの皮を噛み切ると、中からは汁気たっぷりの餡が口の中に躍り込むんだ。多種多様な野菜を組み合わせた味わいは、何とも言えない絶妙な旨さと甘さを持っていてな。隠し味の肉が風味を豊かにしてくれてるんだ。一度食べてみてくれ。美味いから」


「ふふん、お主のおすすめは期待できそうじゃ! 何せ、聞いとるだけでよだれが溢れそうじゃからな!」


「……頼むから垂らさないでくれよ?」


「……(ふいっ)」


 サイラスの懇願に、恐らくは粗相をしない自信の無かったお子様は、無言であらぬ方向を向いた。


「……説明は程々にお勧めを見繕うことにするよ」


「うぬう! 悔しいが、よだれをこぼしては悪いしのぅ。というか、お主の説明が美味そうに聞こえるのが悪いのじゃ!」


「そりゃどうも」


 その後、サイラスのお勧めの内の幾つかについては、自称魔王のセンサーより漏れたものもあった。しかし、道中お子様が度々目をつけた店はことごとくサイラスのお勧めだったこともあってか、ちんちくりんの機嫌は良い。そしてお持ち帰りの予約をしっかり済ませると、今度は蚤の市のような場所に移動してきたのだった。


「っつーかご主人様? 分かってると思うが、俺はこっちの方は全くの専門外なんだ……」


「良い良い。儂が目を光らせておる故、適当に歩くが良い。良いものでもあれば直ぐに……あ――――!!」


「うわっ! あんまり大きな声を出さんでくれ。耳が痛い」


 突然大声を上げた肩の上のちんちくりんに、サイラスが堪らず抗議の声を上げる。


「おお、それは済まぬ。じゃがあそこの露店の分厚い本があるじゃろ」


「ん? あれか……」


「あれを所望する。寄ってくれい」


「ん」


 サイラスが、お子様の目に付けた本が無造作に並べてある露店に近づくと、店主らしきひょろひょろの男がのっそり立ち上がって声を掛けてくる。


「へいらっしゃい」


「のう主人、そこな本は幾らじゃ?」


 店主は男の方ではなく、ちっこい方に声を掛けられたことに目を丸くする。が、直ぐに話しかけてきた人物のほうが主人で、運んでいるのは恐らく下男なのだろうと当たりを付けて、お子様相手に愛想笑いを作り上げる。


「お……へへ、お客さんお目が高い。これはさる遺跡から発掘された……」


「長い話は好かん。要点だけ述べよ」


「ぉう? ……なんでぇ、商売のし甲斐がないおチビちゃんだなぁ? ……金貨150枚」


 セールストークを邪魔されて少々カチンと来て吹っ掛けてくる当たり、この店主は酷く狭量であるようだ。が、お子様は全く気にしない。というか……


「良し買った」


「「はぁ!?」」


 即決だった。しかしこれに驚いたのは下男……ではなくサイラスと、何故か店主までも同様の反応を見せた。どうやら価値を知っていたり、理由があって付けた値段ではなかったらしい。ちんちくりんはちんちくりんで、この反応に侮られたと思ったらしく、何処から取り出したポーチを身を乗り出して開くと、中の金貨や宝石の粒を見せびらかすのだった。


「なんじゃい。金ならここにあるぞ? ほれ。十分過ぎるほどにあろうが」


「「いやいやいや!」」


 聞きたいことはそうじゃないと二人からツッコミが入る。


「? 何じゃい一体。儂の足のこ奴が驚くのは仕方ないとして、なんでそこな主人が驚くんじゃ? お主が付けた値であろうが」


「足って……」


 分かっていたこととはいえ、これまでは多少誤魔化していたことだったのに、今回ははっきりと足呼ばわりされて微妙にうなだれるサイラス。落ち込んでも勿論、お子様のポジショニングが安全であるあたりは安心のサイラスであった。店主はというと、魔王の見せびらかす金貨や宝石に目が釘付けに成りつつも、自身の持つ本の価値を測りかねて問い質す。


「確かに! 俺が付けた値段なんだが! これに! ……そんな価値、ある、のか?」


「売るのか売らんのかどっちじゃ。はっきりせい!」


 質問は受け付けないとばかりにバッサリ切り捨てるお子様。しかし、それを価値を悟られまいと話を切ったのだと判断した店主は対価の上乗せを引き出すべく、金貨の誘惑から未練を断ち切るため目をつぶった上にそっぽを向き、


「……う、う、売らねえ! なんかすげーお宝みたいだし、売るのは止めだ!」


「そうか。では仕方ないの。ほれ、次へ行くぞ」


「は? ……あ、ああ、分かった」


 足の頭をぺちぺち叩いて移動を促すちんちくりんに、戸惑いながらも了解の意を返すサイラス。一方の店主の方も一瞬呆けていたものの、ゆっくりと再起動していくと悲鳴に近い声を上げるのだった。


「……え? ……は? はあああああ!? な、何でだ!? これが欲しくて大金を払うつもりだったんじゃないのか!?」


 彼にしてみれば、まさに掴みかけた金づるである。それがスルスルと指の間からすべり落ちていくのだから、堪ったものではない。半ば縋るかのように手を伸ばして叛意を期待し問いかけた。……が、


「ふむ。そうじゃなー。確かに珍品じゃし面白い品じゃな、と思わんではないの。じゃが価値としてはどうじゃろうなぁ? 恐らくこの国に置いて、儂以外の者がそれに価値を見出すことはなかろうて。儂とて、滅多に無いほど気分が良いこの時でなければ、見向きもせんじゃったろう。……つまり大枚を叩いても良いと思った儂の気分の許容した額というわけじゃな!」


「なんっ……」


 魔王の口にした理屈、それはまさに金持ちの理屈であったの。しかし、普段そんな相手との接点など無いであろう店主には、思いもよらない理由であっただろう。


「主人よ。お主のあり方は別に人として間違ってはおらんと思うぞ。むしろ普通じゃろう。じゃが、商人としてはどうであろうかのぅ? 対価を自分で付けておいて、その値を吊り上げたり、販売を取り下げたりすれば信用を失うのではないか? 現に儂はお主の店で何かを買う気が失せたのじゃからなぁ」


「あ、そ、な」


「ほれ、足。行くぞ。まだまだ掘り出し物の気配はする! さ、早う次へ行くのじゃ!」


「あ! こら、暴れるなって!」


「………………」


 もはや隠す気もなく足扱いするお子様が、ぺちぺちとサイラスの頭を叩き移動を促す。店主はというと、思いがけない幸運が転がり込んできたにもかかわらず、自らの選択で取りこぼしてしまい、完全に茫然自失となって力なくその場にへたりこんでしまった。サイラスはその様子を気の毒そうに振り返りながらも、ご主人様の意向に沿って歩き始めたのだった。

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