お子さ魔王の苦手なアイツ

「……なぁ、おチビ。連れて来た俺が言うのもなんだが、ちょっと受付の子に同情しちまうぜ。っつか、あんた本当に偉かったんだな」


「なんじゃい、ようやく分かったのか。っちゅうか、ギルド内を見てみい。儂を肩に担いだお主を馬鹿にする奴がおらんじゃろうが」


「へ……? あ!?」


冒険者が慌てて周りを見渡すと、興味深そうに見てくる連中はいても、突っかかってくる者の気配は無かった。


「……そいや、そうだな。特にあそこの大男のチームなんかは、どうでもいい理由で無駄に突っかかってくるんで鬱陶しい奴等なんだが」


「なんじゃい、その害虫みたいな生物は。儂が最も嫌うゴミの類ではないか」


「ゴミって……」


ガタンッ!


「抑えろ! 抑えてくれ! リーダー! マジで! マジであれはやばいんだ!!」


「ふざけんな! ここまで馬鹿にされて黙ってろってのかよ!?」


自称魔王を乗せた冒険者が鬱陶しいと言ったチームのリーダーらしき男は立ち上がりかけるも、メンバーの魔法使いらしき男に抑えられている。


「どうしてもってんなら俺はチームを抜ける! 死にたくねえ!」


「……そ、そこまでなのか?」


鬼気迫る魔法使いの様子に、少しばかりリーダーの気勢が削がれる。


「ある日突然ここが更地になったとして、その原因があいつだと聞いても俺はびっくりしねえよ!」


「(ゾッ)」


荒唐無稽な訴えではあったが、亜竜種にも挑める程のランクを持つちんちくりんである。どれだけちんちくりんに見えようとも、戦闘ランクは7であり、ギルドも認めたちんちくりんなのである。仲間の必死の訴えと、戦闘ランクが7であることを思い出して、リーダーらしき男は静かに想像を働かせて身震いする。


「………………なんかすげーこと言われてっけど?」


「阿呆め。んなくだらんこと誰がするか。ンな事したら、あちこちでお尋ね者になって、おちおち夜も寝られん未来が待っとるではないか。面倒臭い」


面倒臭いで済むのだろうかと、魔王を肩に乗せた冒険者は眉を顰める。


「ま、あいつの反応見て分かる通り、そこそこの魔法使い以上なら儂の事が怖くて堪らんのじゃ。見てみい? こちらを見ようともせんじゃろう?」


ちんちくりんの言うように、必死で魔王の視界から逃れようとする者がおり、その多くは魔法使いのように見えた。その他魔法使いに見えない者達は、服装がそう見えないだけか、魔力に敏感ないし勘の鋭い者たちであろう。


「優秀なパーティに魔法使いがおらんなど滅多になかろ? 魔法使いがおるなら儂の恐ろしさをパーティに共有しておるはずじゃ。故に、誰も喧嘩なぞ売ってきたりはせん」


「な、なるほどなぁ」


「そしてよっぽどの阿呆は、問題が起きる前にこ〜っそり意識を狩っておるでの。(ヒソヒソ)ほれ、あそこで突っ伏してるのがそうじゃ」


「怖えな!?」


冒険者は慄くものの、その恐怖の対象であるちんちくりんのことは落とすまいとしっかり支えるのであった。


「ふふん、安心せぇ。お主は好人物のようじゃからな。最近出会った中ではトップクラスじゃぞ?」


「それはどうも……」


冒険者は、最近ってどのくらいの間の話だよとは思ったものの、もはや突っ込む気も起きずにただ頷くばかりであった。


「時にお主」


「なんだよ?」


「今更じゃが、名は何と言うのかの?」


ここに来て相手の名前も知らなかったことにようやく気づいたちんちくりんであった。些事に気も留めないとは流石魔王を自称するだけはある。結局聞く辺りは自称であるが故だろうか。


「本当に今更だな!? ……俺はサイラスっていう戦闘ランク3の雑魚冒険者だよ。よろしくな、戦闘ランク7のエリート冒険者様のザンクエニア殿」


「腐るな腐るな。……ふむ。お主、儂の見立てではランク4でもおかしくなさそうじゃが、もしかしてアレか? 性格の問題か?」


性格の問題……それはもちろん残念な性格という意味ではない。それは残念極まりない自称魔王のちんちくりんにこそふさわし……じゃなかった。この場合の問題は、性格が優し過ぎたり穏やか過ぎたりする、いわゆる良い人過ぎて……って奴である。


「……はぁ、その通りだよ。どうも切った張ったが苦手でな」


「ふむ、難儀じゃの」


「ああ、難儀なんだよ……。そういえばレグイン商会には何しに行くんだ?」


「……うむ、取引にじゃな」


少し間を開けて、凄い顔をして答えた魔王であったが、肩に乗せている故かサイラスには見えていない。しかし、声色から何かを感じ取ったらしく、


「嫌な相手か?」


「如何にも、至極嫌ぁ〜〜〜な奴じゃ。もう分かっておるじゃろうが、儂は魔法を嗜んでおる。故に実験や研究が主な生業……というか、趣味での。中でもレアな素材を集めるのがそれはそれは大大大好きなのじゃ! ……レグインは嫌な奴じゃが、その辺りとびきりレアな素材を手に入れるのが上手くての。……それをあの嫌ぁ〜な奴は儂の欲っしてやまぬ素材を盾に、長っ々と話に付き合わせるんじゃよ……。挙げ句に儂の容姿にまで話が飛び火して、さんざっぱら弄られ倒すんじゃ……。何と言う嫌ぁ〜〜な奴か……」


「うわぁ……」


サイラスは、何回嫌な奴って言ってんだと心の中でツッコミを入れつつも、たしかにそんな奴は堪らないな……と魔王に同情する。そんな遣り取りをしながらも、依頼主が苦手と言っていた人混みを避けるよう、人の少ない道を選んで進んでいくサイラスであった。


(うむ……こ奴、やはり気配りが完璧じゃなぁ。我ながら良い足を見つけたもんじゃ!)


世話になっておいて足扱いとは、流石は魔王である。ちんちくりんのくせに! ……と、そうこうしている内に目的地のレグイン商会の店先へと辿り着く。サイラスは、世に名高いレグイン商会の魔法素材部門の店が、他の部門に比べて小さいことを訝しく思いつつも、


「っと、ついたぞ。ここがご依頼のあった護送先の商会ですぜ? 旦那」


「うむ。帰りもこき使う故、このまま入るが良い」


「……え? マジか。マジでこのまんまなのか……」


お子様を肩に乗せたままという羞恥プレイ続行の号令に、悲壮感をあらわにするサイラス。しかしその表情は、魔王からは見えなかった!


「拘束時間による追加料金も上乗せしてやるから頼まれてくれい」


「……了解」


「うむうむ」


項垂れつつも、ちんちくりんを落とさないように支える気配り上手は、小さな店でありながらも重い扉を押し開く。店に入って、彼が最初に思ったことは、


(すっげー質素だな。品もあまり置いてねえ……が、一つ一つがとんでもねえ価値がありそうな感じだ)


「おーう、レグイン。わざわざきてやったぞー」


「おやおやこれはこれは……ようこそいらっしゃいまし、た?」


(おいおい……まさかの会頭本人が相手かよ)


サイラスの肩に居座るちんちくりんが店の奥に声を掛けると、奥からモノクルを掛けた痩せぎすで細目な長身の男が現れた。男の視線は最初下を向いていたが、目当ての人物がいなかったのか、徐々に視線を上に上げていき、サイラスとちんちくりんを無事、視界に収め……首を傾げるのだった。


「何で疑問形なんじゃお主は。っちゅーか、品は儂の下に届ければ良いものを、毎っ回! 上客である! 儂の方を! 呼びつけおってからに!」


「ははは! これは異な事を! あなたの下に簡単に届けられようものなら届けておりますよ?」


レグイン商会の会頭レグインはさも愉快そうに魔王の張った結界を引き合いに出し、届けるのは無理だと言い張る。が、目当てのものが近づいてきようものなら、このちんちくりん、きっと飛び出していくのである。それ位には素材・ラヴなのだ。というか、入荷連絡できる時点でお察しなのである。


「ええい! 嘘ばかり吐きよってからに! 大体! 近くの麓まで運べば勝手に持っていくと言っても、絶対に聞き入れぬであろうが!」


「商人たるもの、ご依頼は確実にこなしませんと、気が済みませんもので……」


「ちっ! 白白しい……」


レグインは自らの紡ぐ一言一句に対してぷりぷりするお子様を見て、さも愉快そうに口の端を持ち上げるも、その隣に困惑した顔を見つけて真顔に戻る。その急な表情の変化は敵認定されたのだと、サイラスが本能的に感じるには十分なものだった。


(うわぁ面倒臭ぇことになりそうだなぁ……)


「……で? その愉快な状況は?」


「愉快とはなんじゃい! お主がこんな所に呼び出すから儂は迷惑しとるんじゃろが! 毎度毎度人いきれにあてられてぐったりするこっちの身にもなれ! ……が、しかしのぉ? 今日は違うぞ! コヤツに足……じゃなく護衛を任せてのぉ!」


「足って……」


「言葉の綾じゃ」


「つまり本音も含んでるわけか……」


「お主細かいのぉ」


そんな風に言い争う二人を前に、無視されたことに不機嫌になったレグインが会話をぶった切る。


「待って下さい。護衛? ……はて? 私の見立てではその方、戦闘ランク4が妥当な所とお見受けしますが?」


「うむ。儂も概ねその見立てであるな。まぁ、残念ながら性格が災いして、3に留まっておるようじゃ」


「ふむふむ。なるほど。そこでちんちくりんな幼児が困ってるさまを見てられずに、救いの手を差し伸べた、そういうことですかね?」


「そうじゃ! こ奴は優しいのじゃ! お主と違ってな! ひとゴミが死ぬほど嫌いな儂を、わざわざ取引のために最も人口の多い都市に構えた店を選んで、取引のために呼び出すどこぞの鬼畜と違ってな! 違ってな!!」


「はっはっは。いやいやまさかそんな……はっはっは」


明後日の方角を向いて魔王の言葉を否定するレグイン。しかし魔王は許さなかった!


「儂の目を見て言わんかい!?」


「おや、僕にその目をくれるのですか?」


「ひっ!? なんでそうなるんじゃ!?」


目を見て話すという話が、何故か魔王の目を差し出す話にすり替わって、ちんちくりんは小さな悲鳴を上げ、足ことサイラスにしがみつきながら抗議する。このように収集の付かなくなりそうな状況に、傍観を決め込んでいたサイラスもたまらず口を挟む。


「あのー」


「何じゃ!?」「……何です?」


口を挟んだサイラスに対し、一人は楽しげな雰囲気を一転させて不機嫌そうに、もう一人は位置的にサイラスからは確認できないが涙目で睨んでくる。


「取引の話をしに来たのですよね?」


「(チッ!)」


「……お? おお!? そうじゃ! そうじゃった! よくぞ言うてくれた! ほれ! レグインや! 早う出すもの出せ! でなければ儂は帰る!」


「おやおや良いんですか? こんな珍品、中々手に入るものではありませんよ? ましてや他の商会などが、手に入れることができるでしょうか、ねぇ?」


「ぐぬ!? ぬ、ぬ……」


さっさと要件を済ませようとする魔王と、そうはさせじとレグインが煽る煽る。……が、部外者は興味無さげに、会話をまたしてもぶった切るのであった。


「で? 物は何なんですかい?」


「……エジエーバの、干乾びていない・・・・・・・触手です」


明らかに不機嫌そうなレグインの態度に微塵も反応せず、ただその言葉にのみ反応を返すサイラス。


「あー、あれですか。確かに手に入れても何かしなきゃすぐ腐りますし、普通だと漁の邪魔なんで捨てちまいますもんね」


「「……は?」」


自信満々に取引を有利に進め始めていたレグインはおろか、それを欲してやまなかった自称魔王のちんちくりんも、サイラスの言葉に絶句するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る