第21話 聖女様ともう一組の召喚勇者
蓋を開けてみたら杞憂だったということはよくある物で。
例の国には他国からの間者が軒並み顔を揃えている始末。
まぁ平和な時代に勇者召喚なんて侵略宣言待ったなしなので他国も放って置かないだろうしね。
そこまではいい。そこまではいいんだ。
問題はその後に起きた。
「宿がない?」
「そうなんだ。見ての通り他所からのお客さんがこうも多くて宿屋が手一杯でね」
出迎えてくれたアキラが開口一番そう述べた。
事前に潜入していた奴が迎える日になってそう宣ったのだ。
船旅で疲れ切ってるあたし達になんの労いもない。
ちょっとどうかと思うよなぁ?
みんながみんなお前達勇者みたいに屈強な体力持ってると思うなよ?
中には子供だっているというのに。
「そんな、お父様どうにかなりませんか?」
「ルーシー、流石の僕でも他国で権力を振りかざすのは難しいんだ。それに、もしそれが出来ても国交を断絶してしまいかねない。ゼフィールの領主としてもそれは絶対に避けたいところだ。この国が白だとしたら尚更うちの国は友好関係を望むだろうからね」
「そうなんですね」
ルーシーは娘達と過ごす時とは違う口調で父親であるアキラに接する。これはあたしが聖女として仕えていた時の従順な口調だ。こいつ……まーだ自分優位の考えを女に#強__し__#いているのか。
サラだけでは飽き足らず、娘にすら#強__し__#いてら。
呆れて物も言えないな。
「じゃあ、どうする?」
「勿論手は打ってある」
「おい、アキラ。宿を確保してあるんなら最初からそう言え。余計な情報で煽ってこっちを混乱させるな」
「まったく君は物を順次立てて考えないのは変わってないね。領主になって10年間、何してたの?」
「うっせーよ」
旦那とアキラ、イサムは顔を合わせる度に学生だった頃に戻り、この様な態度を表に出す。
いつまで経っても友達だった頃の感覚が抜けないのだ。
子も大きくなるというのに。成長しない奴らだぜ。
「じゃあ案内して。あたし達くたくたなのよ。ね、サラ?」
「ええ、お願いできますか?」
「仕方ないな。ついてきたまえ」
間にサラを挟んだのは波風立たせない為だ。
この10年ですっかり尻に敷かれたアキラはサラに頭が上がらなくなっている。
船の中で近況を聞いた時も、今回の件はサラやその家族に無断で行っていたという事実が明らかになった。
仕事でお城に行っているという伝手はあったけど、よもや外国にいるとまでは聞いてない。
港町で出会った時の彼女の不機嫌さは表に漏れ出るほど極まっていた。
そんな素振りを一切見せずに亭主関白を貫き通すアキラ。
それを旦那とイサムは黙って見送る。
多分関係性をわかっていつつも花を持たせたのだろう。
一般人が変に貴族になるとそこらへんの体面を気にするので仕方ないとも言えるが。
アキラに先導されて連れてこられたのはサーナリア王国の客室だった。正直子機で寝泊まりするのは気が引ける。なにせこちらは大所帯。男3人に女3人、子供が4人で計10人。
寛ぐのと寝泊まりするのはまた異なる。
「ここ?」
「何か問題が?」
「大アリだろ。よりによって王国の客室だとは想像してねーぞ」
「ふん、君も甘いね。我々の様な国の重鎮に安宿など勧めては国の品位が疑われると態々ご用意してくれたんじゃないか」
「そっか、勇者召喚なら前勇者である俺たちとも仲良くしておきたい」
「そういう事」
旦那が察し、アキラがほくそ笑む。
問題はそこじゃない。
国のお偉い方が出てきたってことはのんびり観光もできなくなるじゃんかってことだよ。
一応目的はそっちだとしても、娘達には旅行としか伝えてない。なのになんで王国に招待されてるんだって話だよ。
確かに旦那達はゼフィールで重要な職に就いてる。けどそれは大挙して押し寄せた宿に泊まってる他の国の方達も同様じゃないか?
「でもそれだと除け者にされた他の国の連中は面白くないだろ?」
「まぁね。だから石を投げられる覚悟だけはしておいて」
「それにあたし達を巻き込むなって話をしてるんだけど?」
「君がその程度で潰れる奴とは思わないけど?」
まあ石程度投げられてもあたしの本体はびくともしないが、石を投げられる事実が問題なんだよ。
国の重鎮として招かれるってことは、それだけ特別視されるって事だ。
サーナリアは出迎えてくれるからいいけど、他国からのやっかみを全部引き受ける形になる。
あたしはまだ10年しか生きてない娘達にそんな世界を見せるのは早いんじゃないかって思うんだ。
「甘いね、アリーシャ。彼女達は自分の立場を弁えてるよ。英雄の娘の時点で周囲から特別視されてるさ。それを未だにごねてるのは一般人の君だけだよ」
「チッ、正論並べてりゃ誰もが納得すると思うなよ?」
「貴重な意見をどうも。話を進めても?」
黙って頷いた。
お互いに言葉を並べても平行線だとわかっているから。
「サーナリア国からの要望はこうだ。勇者召喚を用いてこの何もない国の名産品を生み出して欲しい。そして異世界人である彼らを手懐けるための術を教えてほしいとの事だ」
つまり勇者と呼んでるけど要は国の雑用係としてお迎えするわけか。
それ、呼び出された方は納得するのか?
あたしも聖女としてちやほやされてるって周囲に思われてたが、中身は軟禁からの搾取だった。
今回のケースもそれに該当する。
問題は自国の問題を異世界の住民に頼るというお粗末な思考の果てにあるわけだが……
「呆れて物も言えないな。もっと現地の人たちが頑張ればいい話じゃないのか?」
「弱小国だからこその防衛手段も兼ねているとの事だ」
「使い潰す気満々で反吐が出るぜ」
「それはごもっとも。僕たちとしても聞いてて面白い話じゃなかったよ。国の重鎮として頼られた以上、功績は残しておきたいじゃない? そのためにもなんとか頼むよ」
「いや、こうも出迎えられたらなんとか頭は捻るけどさ。そもそもなんで、そんななんもない国をそこまで重要視するんだよ」
それはゼフィールに限った話じゃなく他国もだ。
てっきりあたしはまだ国として立場も弱いところが過剰戦力を得て息巻いてるくらいにしか思ってなかったぜ?
だがどうやら陰謀の匂いがプンプンしている。
「そこを話していなかったね。実はこの国で出土されるレアメタルには大変珍しい物が含まれていてね。それの権利をめぐって水面下でバチバチやり合っているんだ」
「つまりその問題を放っておいたらどの道国が崩壊するわけか」
「そうだね、過剰防衛とも言えるけど勇者召喚は他国に対しての良い牽制になったと思う。だけどそのおかげで噂に信憑性が増して他国からの目の敵にされてるというわけ」
だから他国の間者が街に溢れてたわけか。本末転倒じゃねーか。
そんな奴らがうろつく城下町で観光なんか確かにできないわな。
そこまで聞いてようやく腑に落ちる。
「つまりアキラはあたし達の身の安全を守ったから感謝して欲しいってわけか?」
「言い方に齟齬があるけど概ねそうだね。君に説明するのにもっと骨が折れると思ったけど、成長したね?」
「うるさい、頭を撫でるな」
嫌いな奴に頭を撫でられると吐き気がするんだよ!
「おっと失礼、ちょうどいい位置に頭があったから、つい」
それで謝ってるつもりだろうか?
こいつは出会った当時、あたしとたいして変わらない背丈だった。だが成長期が一気にやってきて見上げるくらいの身長になっている。顔立ちもいいのでそこそこモテるのが気に食わない。
あたしのこめかみにくっきり血管が浮かび上がる。
子供達の前だからキレはしないが、はらわたが煮え返る思いで手を震わせた。
「例のレアメタルはオリハルコンだっけ? 伝説上の金属の」
「うん、見つけたのはいいけど加工できないから問題な訳」
「そりゃ伝説の勇者様に頼りたくもなるわな」
「でも僕たちって誰一人生産に関与してないじゃない?」
「まぁな」
「だから順当にそっちから外されて、教育係を押し付けられたってわけ」
「なるほど。要は少年少女を言い含めればいいのか」
「いや、僕たちの時と違って少年ではないよ。結構いい歳したおじさんとお姉さん」
「は?」
仮にも勇者召喚だろう?
体力に自信のない年寄りを呼び寄せてどうするつもりだよ。
そう考えたところでなんとなく察する。
欲しいのは体力ではなく知識の方だと。
若さが力を象徴するなら、年齢は知識を象徴する。
年を重ねた分だけ知識の貯蔵は十分てわけだ。
が、問題は欲しい知識を持ってるかどうかだ。
呼んだはいいが求めてる物と違う知識だった場合、完璧に呼び損である。
旦那から聞いた話じゃ、元の世界には戻れないと聞くし。
少しして紹介されたサーナリア国の勇者は4人の男女。
白髪の頭に少し腰が曲がった初老の男。
名をゲンパチ・タガミと名乗り、状況に頭が追いつかずに未だに混乱中だとか。
心中お察しするぜ。
次に娘より少し年上の少女、に見えるがこう見えて成人しており、年齢もあたしと変わらないくらい。
妙に親近感を覚えられてしまった。
名はヨウコ・アキニシ。光を発する板であたしを攻撃してきたよくわからない人間だ。
そして一風変わった風貌をしている巨体の男。
ケンイチ・タドコロ。
一瞬豚人種の末裔かと思ったが、普通に人間と聞いて驚いた。
よくわからない柄の下着に手提げ袋、背負いカゴを装備し、にやけた笑いを浮かべている気持ち悪い奴だ。
旦那は男を見て微笑ましい笑みを浮かべている。
オタクってなんだ?
旦那達はたまにあたしのよくわからない言語でやりとりをする。ちょっとだけ寂しい気分だ。
ヨウコはそんなあたしの頭を撫でた。
同情はいらねーぜ。
振り払おうと抗うが、意外と力が強くて抜け出せない。
娘に視線で助けを求めるが、愛想笑いを浮かべるだけで全然助けてくれなかった。
解せぬ。
最後にやたら冷静に様子を伺っているスーツ姿の男がいる。
黒い髪、薄茶の風貌は旦那とそっくり。
だがどの視線だけが鋭くて、なかなか気の抜けないイメージを植え付ける。
名はヤスアキ・ミカミ。
この世界に呼び出されて真っ先にサーナリア国王と交渉を始めた男だそうだ。
「僕たちは君達より少し前に呼ばれた勇者だ。今日からよろしく頼む」
「ああ、よろしく。少し聞きたいのだが、元の世界に帰れないというのは本当か?」
ヤスアキが眉間に皺を寄せて語りかけてくる。
視線はあたしの娘達に向けられ、やがて悔しそうに下を向いた。
あー、この男も妻子持ちなのだろう。
一人だけこの世界に呼び出され、家族が心配でならないのだ。
冷静なのはそれだけ修羅場をくぐり抜けた歴戦であるからだが、なぜそこまで冷静になれたかと言えば守るべき家族があったからだろう。
しかし彼はそれを奪われた形だ。
真っ当にサーナリア王国に尽くすとは思えない精神性を持ち合わせている。
旦那達もそれを感じ取ったのか、宥める様な口調で接していた。
「残念だが、事実。俺たちは召喚されて15年、故郷に帰れずこの地にとどまっている」
「帰りたいとは思わなかったのか?」
「そんなわけ無いだろう?」
旦那は今までに見せたこともないほどの怒りに満ちた顔でヤスアキに滲みよる。
そっか。あたしやシェラだけじゃ旦那をこの地に縛りつけるのに不足だったか。ただその事実が悔しい。
彼には変えるべき故郷があるのに、あたしという存在が足枷になっているのだ。
「が、実際のところは親に合わせる顔がないんだ。学校に行ったきり15年も音沙汰なしで今更どの面下げて帰れるっていうんだ」
旦那に肩に手を置かれ、引き寄せられる。
ちょ、引っ張るな!
「だが、俺は今こうしてこの地で家族を持つことができている。故郷に帰りたい気持ちもあるが、それ以上に最愛の女性を手に入れてしまった。娘だって生まれたし、その報告も兼ねて一度は顔を出したいんだが、あいにくとそれは叶えられそうもない」
「そうか。ちなみに彼女は娘さんか?」
「妻だが?」
「そうか……親御さんも心配する筈だ」
「ほっとけ」
ヤスアキは眉間を揉み込む様にして考え込んでしまった。
ほらー、やっぱり引かれてるじゃん。
ケンイチは「合法ロリ、グヘヘ」って唸ってるし。気持ち悪い。
あと何故か旦那はヨウコに女の敵を見る様な目で睨みつけられていた。
ゲンパチに限ってはニコニコとしながら「若いもんは元気があっていいのう」と微笑んでいる。
あーー、どうすんだよこの無法地帯!
取り敢えずやれる能力と知識のすり合わせをして話を進める。
召喚された国以外の情報も欲していたヤスアキは、うちらのゼフィール王国の軍事力を聞いて眉を顰めていた。
「飛龍部隊に、龍殺しの英雄、それにチート持ち勇者が3人か。絶対に相手したくないな」
「俺たちも同郷の徒と武器を構えたくはないのでそうしてくれると助かるよ」
「そして亜人を迫害してるセヴァールか。あまりそういう思想は好みじゃないな」
ヤスアキはサーナリア王国以外の情報を集めて国外逃亡を図るつもりらしい。
が、あいにくとどこの国も殺伐としていて、優遇してくれるだけサーナリア王国の方がマシとすら思える情報ばかりでウンザリとしていた。
そこへイサムが割って入り、持論を語る。
「同じくだ。亜人の子の方が人間より可愛い子がたくさんいるのにもったいないって思うよな?」
「別にそこは聞いてない。俺は妻一筋だ」
「ちぇー、同郷なら話が合うと思ったのに」
蔑む様な視線をイサムに見せるヤスアキ。
その横でケンイチだけが同意を求める様に息巻く。
「小生なら理解できるでござるが?」
「あ、俺の趣味を汚されたくないのでパスで」
「殺生でござるー」
全く緊張も見せない面々に今から疲れが溜まってくる。
これが拉致されて軟禁されてる奴らの態度かよ。
なんだったらあたしの方がもうちっと慎ましやかだったぜ?
やはり与えられた能力で自身も違ってくるのだろうか。
なんていうか余裕の様な物が感じられた。
これから搾取されるというのに呑気なもんだぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます