第16話 聖女様と勇者達
率直に言うと、下の世話はそこまで頻繁にお願いされなかった。
やはり最初のダメージが大きかったのか、あたしがするとあっさり達してしまった自分達に恥ずかしさを覚えて少し期間を開けようと言うことになった。
こっちはあんまり我慢はしてほしくないんだけど、向こうがいいと言うのなら良いのだろう。
そして例の種は手に取ることはできるが、直に取り込むと凄い勢いで肉体を消滅させかねない毒物に変貌することが判明する。
やはりプルミエール絡みの種だからそこらへんも抜かりなく対クトゥーラ仕様となっている。
こりゃオフィーリア以上に手を焼く事になるだろうな。
ま、失敗したとしてもあたしの知った事じゃねーけど。
やるだけのことはやったんだ。
あとはあたしに任せたクトゥーラが悪い。
そう思考を切り替えて、行動する。
一晩水に浸しておけば取り込むこともできなくはないが、進んで接種すべきものではないのも確かだ。
まぁ向こうがそこまであたしを求めないんならそれでもいいかなと今は思うことにする。
こっちもそう頻繁に頼られたらそれこそ身を削ることになるしね。
まずは向こうの気がこっちに向いてくれたことを良しとしとこうか。何でもかんでも手に入れられてた幸せな時間はもう来ないのだ。
これからはコツコツと小さな事を積み上げていくことにする。
本来ならそれが普通なんだ。
あたしは知らず知らずうちにその過程を飛ばして考えるようになった。
能力を持ちすぎるのも考えものだよな?
どうもそう言うもんだと思い込んじまう。
悪い癖だ。早いとこ直さないと。
死して今更だが、勇者三人組の名前が判明した。
いや、お互いに名前で呼び合ってるから分かるのはわかるんだよ? でもさ、敵対心を持たれてる相手の名前なんて覚えたって良い事ないじゃん? だから覚える必要もないってそう思ってたんだ。
それをわざわざ覚えたと言うのは、敵として構えられてた垣根が取り払われたことにある。
軽微の肉体関係はそれだけ仲間意識が芽生えやすい事柄だったらしい。ま、そんなもので買える縁なんてすぐ切れそうではあるけど。
そんな訳であたしに気を許してくれたのはシュウジだけだったが、新たに僕っ子がアキラ。そして態度も口調もツンツンしてるのがイサムがあたしの仲間として認識される。
この三人は生まれた年代が同じらしく、生まれた家も近いそうでよく一緒に遊んだ友達だと言う。
孤児だったあたしには羨ましい関係だと内情を吐露すれば、急に気を利かせ始める変な奴らでもあった。
「それでイサムはその彼女に告白まではしたんだ?」
「そうなんだよ~、散々その気にさせといて勇君とは友達としてしかみられないからって返事でさ。俺ぁショックでその日寝込んだぜ」
過去の失恋話を盛大に語ってくれたイサム。
自虐ネタなのか、それを語る彼の口調は明るかった。
「それは残念だな。その彼女は他に好きな奴がいたのか?」
「そうでもないみたいなんだよ。ただ告白するタイミングが卒業を控えた時期だったのも悪かったなって今にしてみればどう思うわけよ」
「卒業ってなんだ?」
「ああ、アリーシャちゃんは学校行ったことないのか」
「あたしは8歳から教会暮らしだったからな。学校なんて知らないよ」
「それはそれですごいことじゃんか」
「凄くなんてないよ。逆にその場所しか働き口がなかったんだよ。教会なんて食いつめものしか近寄らない場所だ。その日の糧を得られて雨風を凌げるだけの建物での生活。修道女とは表向き言ってるけど、贅沢をする稼ぎなんか出せないのが実情だ」
「そりゃ悪かった。俺の言い方が悪かったな。アリーシャちゃんは小さいのによく頑張ってる」
イサムは照れ隠しにあたしの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる癖がある。
ミリーに世話になってる時だったらぶん殴ってたけど、今は特に髪型とか意識して作ってないからな。
気にしないことにした。
あとちゃん付けはやめろ。多分あたしの方が年上だぞ?
まぁこの見た目じゃ舐められたって仕方ないので言い返したりはしない。
乱された髪を直しながら、イサムの背中をポンと叩く。
「ま、そっちの苦労はあたしにはわかんないけど元気出せよ。今は前の世界とは違う暮らしをしてるんだから。今じゃモテモテなんじゃないか?」
「それがそうでもないんだよ。モテたとしても実際にお相手出来ないのが難点でさ。せっかく誘ってくれてるのに逐一断ってるんだよね」
「あー、純潔でいる事が能力を維持できる条件ってやつ? 大変だよな。モテても女を抱けないのは」
「それそれ! せっかく金も権力も手に入れたのに女っ気のない生活を送らざるを得なくてさー」
「でも今はあたしがいるじゃん?」
「アリーシャちゃんはなんかテクが上手すぎて俺らが少し引いてる感じだ」
「それ、あたしが悪いのか?」
「いんや、全く。俺たちの心の持ちようだな。男のプライドってやつだ」
「捨てちまえ、そんなプライド。あたしは孤児として教会で育てられたときから持ってなかったぞ?」
「アリーシャちゃんほど追い込まれてないから、俺ら」
「よくわかんないやつだなー」
「わかんなくてもいいのよ、あーそこそこ」
「ここか?」
「そこ、いい感じ」
ちなみに今マッサージ中である。
イサムをベッドに寝かしつけ、指圧しながら思い出話を聞いている。そこと言われた場所を体重をかけて押し込めば、ゴリゴリと凝ってる場所に直面する。
そこをスライム化させた手で、針のように伸ばした先端を押し込むことで指圧の形を取った。
正直あたしの体で普通にやったって力不足もいいところである。
しかしスライムボディも使いよう。
新しい奉仕の形を見つけて今はこうして取り組んでいた。
「ありがとうな、アリーシャちゃん。ずいぶん楽になった」
「おう。また調子悪くなったら言ってくれたらするから。こっちの方もさ?」
親指と人差し指をくっつけて輪っかを作り、それを上下にシュッシュと動かす。
その意味合いはやられた方にしかわからないものがある。
「そっちも近いうちに頼むと思うぜ。この大仕事が片付いたらな。ただ、出しすぎると次の日能力が少しダウンするのが玉に瑕でさ。モンスターが強くなってきてるから、ここ数日は溜めてたんだよ」
「へー、なんか嫌がらせみたいな能力だな。強くなってもそんな能力ならあたし投げ捨ててるわ」
「本当それな。男の生理現象を逆手にとってきやがるんだ。ま、それでも力があるとないとじゃここでの生活は一変するだろう?」
「おう」
軽くハイタッチしてイサムとは分かれる。
勇者も勇者で大変らしい。
なまじ力を示してきてるので街の住民から引っ張りだこなのだ。街のお偉いさんも、その戦力を当てにして宿泊費を無料にする代わりにあれこれと頼み事をこなしているらしい。
イカロスの眷属に支配されていたこの街も、今じゃその影響力がなくなったのか非常に人間らしい欲望にまめれた願いが多かった。
中には勇者の子種を欲して女を充てがおうとする輩も多く出てきたが、その度にあたしが矢面に出て事なきを得る。
女は間に合ってるってな。
ただでさえこの世界は女のステータスが子作りにかかってる。
優秀な種さえ仕込めばあとは待つだけだ。
子供さえ産んで認知させれば玉の輿に乗れるって考えの奴が多いのだ。
だからあたしがそのポジションにいると分かって歯噛みしている女の多い事多い事。
中には女の色気を用いた美人局なんて仕掛けてくるのもあるけど、勇者側の事情でそれもすっぱり断ってる。
童貞を失うと能力が失効する事を知らないから女はアプローチをかけるが、勇者はそんな毎日を送るから気が気じゃないのだ。
よほど昂った時はあたしが手ずから処理している。
取り込むのは見ずに一晩つけてからになるがこうでもしないと毒素が抜けてくれないので仕方がないのだ。
クトゥーラみたいに直接摂取するにはリスクが高すぎた。
そんなしょうもない事を考えてる時、四人部屋にノックの音。
許可を出すと顔を覗かせたのは僕っ子のアキラだった。
「あ、ここにいたんだクトゥーラ」
「あたしに何かようか?」
「実は少し折り入って頼み事があってね。少し時間いい?」
「あたしは基本暇してるけど?」
「じゃあ少しお散歩しようか。修二君から貢がれたドレスに着替えてさ」
「この格好じゃダメか?」
あたしは基本的に着っぱなしの聖女のローブを引っ張って問う。アキラは首を横に振って否定した。
「ダメ。実は頼みたいのは下の事情でね。君のテクニックを生かして商売しようと思ったんだ。君、そう言うの得意でしょ?」
「いくらなんでもどこの誰かわかんないやつとはやんねーぞ? あたしにメリットがねぇ」
「それは残念。実は最近パーティーの共同資金の使い込みが発覚してね」
「それ、あたしとなんの関係があるんだ?」
「その資金、どうも君の貢ぎ物に使い込まれてるみたいなんだ。君にはそれを拐取してもらおうと思ったんだけど」
「それ、全部でいくらぐらいだ? 受け取らないと泣きそうな顔するから仕方なく引き受けてるが、そっちに負担かかるんならあたしからも言っとくぞ?」
「ああ、そう言うのじゃないんだよ。ただの相談でね。実は今世話になってる騎士団の仲のいい人たちが大層性欲が旺盛でね。そこで話のネタになった君を紹介しようと言う話になったんだ」
「おい待て。お前あたしに売りをさせようって魂胆か?」
「だって僕たちだけじゃ満足できないって顔してるじゃない、君。男として結構ショックなんだぜ、それ」
「そりゃ悪かったよ。あたしの周りは性欲強い男が多かったからな。ついそれと比べちゃうんだ」
「まぁ僕は気にしてないよ。それで、どう?」
「拒否するに決まってんだろバーカ!」
「そっか、残念。小銭を稼ぎ損ねたよ。ただ飯ぐらいの君なら喜んで引き受けてくれると思ったのに。アテが外れたな。仕方ない、他の伝を探すか」
「二度とくんな、お前なんか破産しちまえ!」
この通り、見た目の温和そうなこの男は、結構キツめな性癖思考を持っていた。
男はみんな狼だよと女将さんは言うが、女将さんは食べられるにしたって上手な食べられ方があるとレクチャーしてくれる。
聞いてないことまで教えてくれるのはどうかと思うが、良かれと思ってのことだ。ありがたく人生経験を積ませてもらおう。
まぁ女日照りのせいよく強い男に興味がないわけではないが、そんなアルバイトをしようものならシュウジからどんな目で見られるか日を見るより明らかだ。
あたしはミーニャにこそ性女だなんて言われるが、相手ぐらいは選ぶぜ?
クトゥーラじゃないんだ。何でもかんでもは許可できない。
そんなふうに腑を煮え繰り返していると、また小包を持ったシュウジが現れる。
ツーか、こいつは会うたびになんか手土産を持ってくる。
当初のようにでかい包みは最近見なくなったが、サイズが小さくなったからと金額が抑えられる訳じゃない。
お貴族様がするような化粧品や、宝石のような小物に変わっているだけだ。なんならドレスより高い出費を強いられる。
とはいえそんな小物つけて行く場所もないので魔導バッグの肥やしだ。
「アリーシャ、はいこれ。お土産」
「毎回毎回お前も飽きないやつだなー。あたしは食い物でも嬉しいぜ? 甘味だとさらに笑顔になれる」
「それだと俺の気分が収まらないんだよ。しかし甘味か、参考にさせてもらうよ」
「難儀なやっちゃな。それとこのお金、お前たちのパーティー活動資金から消費されてるって本当か?」
もし本当ならそこまでしなくていいからと言うつもりで呼びかけた。すると……
「いや、これは俺のお小遣いの範疇で購入してるだけだ。活動資金に手を出すほど金には困ってないぞ?」
「あんにゃろう、あたしを騙しやがったな!」
「誰が俺のアリーシャをダマしたって?」
「あたしがいつシュウジの物になったんだ?」
「今のは聞かなかったことにしてくれ。少し気が逸った」
「お前はそう言うやつだよな。たださっき、アキラのやつがこっちきて活動資金にがどうのこうの言ってきたんだよ」
「なぜあいつがそんな事を?」
「さぁ? 本人は小遣い稼ぎだって言ってたぜ? あたしのこれがすごいから外で発散してこいって売りをやれって言ってきた」
「それ、引き受けたのか?」
シュウジの目が強張る。
見てるこっちが冷静になるくらいのキレ具合だ。
こいつも相変わらず沸点が低いやっちゃ。
「もちろん蹴ったよ。なんであたしがそこまでしなくちゃいけないんだって。そうしたら活動資金がどうのって持ち出してきてさ」
「分かった。アキラの件は俺に任せておけ。あと一人で宿から出るなよ? この街は一見平穏に見えて治安が悪いからな」
「そんなもんお前らより遥かに承知してるわ」
「そうだった。でも俺が心配するから、頼む」
「しゃーない。女将さんに頼んで料理でも教えてもらうわ」
「そうしてもらってくれ。俺も君の料理が食べれて嬉しい」
「言うほどあたしが手を加えた場所なんてないけどな?」
「それでもだ。君の手が加わってると言うだけで美味しく感じるんだ」
「よくわかんないけど分かった」
「ヨシ。では俺はアキラをボコってくる。すぐに帰る」
「あいよー、女将さんにそう伝えとくぜ」
怒りに燃える男を見送り、女将さんとうまくやれてるみたいじゃないかと猥談混じりの雑談をして料理のお手伝いをした。
この人も大概性女だよなぁと思いつつ、それに同意するあたしがいた。
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