第19話 聖女様、告白される
さて、こうもトントン拍子で幸運が降って沸けば、人は欲望を抑えられないものである。
浄化水の影響はセヴァールだけに留まらず、その噂は別大陸へと駆け回った。
ベルウッドの生まれ故郷である大陸でも、魔物の呪いによって亜人化して悩みを抱える人たちも多数いて。
その噂の浄化水にあやかりたいと一堂に押し寄せたのだ。
飛龍で。
一時突如舞い降りた飛龍の大群にセヴァールの派閥トップは臨戦体制に入ったものだが、代表として現れたベルウッドによって争う意思はない。
ただ浄化水を分けて欲しいとの要求を通してきた。
飛龍に乗ってきた人達は、ミーニャ達の様に何代も続いた亜人と言うよりは、戦いの最中で得た名誉の負傷から一部が異形化する病気持ちが多く、家族からも白い目で見られていたらしい。
ベルウッドも似た様な症状で悩んでいた時期もあり、この度は揃ってこの地に移住しようとそう決め込んだのだが……
だからといってセヴァール上層部が受け入れるはずもなく。
浄化水はカートニー家の管轄で回しているので、そこで買い付けて傭兵業を営む形で生活していた。
そんな風に騒ぎは収束し、そして二ヶ月が過ぎようとした頃である。
ベルウッドが新たに亜人達を焚き付けて新たに国家をつくろうじゃないかとセヴァールに対して宣戦布告をしたのだ。
うん、なんで?
あたしはことの経緯が全くわからなかった。
というよりはノータッチなのでよく知らなかったんだけど。
セヴァールの亜人嫌いは筋金入りで、浄化水で一時的に仲直りできたとしても、それだけ。
種族の垣根が取り払われることはなかったんだ。
あたしが良かれと思ってやったことは、種族の溝をより深くしただけだったみたいだ。
人類と亜人。
似て非なる存在達はお互いを絶対に認めない。
違う部分を責め合って、そして線引きをした。
確かに友達としてのきっかけにはなった。
だが迫害され続けられた側がそれで納得するかどうかは怪しい。自らの立場をより強く認識し、人類の上に立とうとした。
いわば浄化水をめぐって戦争が起きたのだ。
これを得たことで亜人達が急速に勢力を増している。
あたしの耳に入った報は、現実を現実として受け入れられない。寝耳に水だった。
そして親衛隊兼ファンクラブ会長のベルウッドはあたしの一緒のテーブルに座って淡々と事の経緯を語った。
全世界に向けて宣戦布告をした。その経緯を。
「で、結局ベルウッドは何がしたくてこんないざこざを起こしたんだよ」
「そうですね。別に人類には理解してもらう必要はないのですけど、聖女様だから言いますね。きっかけには何でも良かったんです」
つまり発端は浄化水ではないと?
いまいち分かったような分からないような。
そんな触りだけでは心の内までは知れず。
「ふむ、続けて」
「はい。ことの発端は私の呪いに関するものです」
「呪い? ああ、体の一部がもふもふになる奴な」
「ふふ、聖女様からしたらその程度なのでしょうけど、全員が全員そう受け取ってはくれないものです」
亜人差別はそれ程までに根が深い。
その瞳が口ほどにものを言う。
あたしからしたら可愛い部分が見えて気を許せるけど、人によっては違う部分を気持ち悪いと受け取られるかも知れない。ましてやベルウッドは人の上に立つものだ。
直接言われなくたって陰口は叩かれるだろう。
だがあたしの結論に真っ向から歯向かうようにベルウッドは口調を強める。
「実は呪いの力が強まりつつあるのです」
「呪いの力が? それってベルウッドのような被害者にも影響が?」
「ええ、私にはこのリングがありますから何とかなってます。ですがこれらを呪いの被害者全員に賄うとなると……」
あたし一人じゃ荷が重い、か。
それを気遣ってくれるのは嬉しい。
けど、だからって自分一人が悪者にならなくたっていいじゃないか。
お前が人一倍仲間想いなのはあたしがよく分かってるよ。
それでも、これ以上傷ついてほしくない。そう思う。
「が、何もベルウッド一人が悪者になる必要はないじゃないか。もっと他に手は無かったのか?」
「私も手を尽くしましたが、現実は非情です。実の親が我が子に手をかける事さえ日常。私は立場を利用して施しの限りを尽くしました。それでも全てを救えたかと言えば……」
かぶりを振るう。
口調からは悔しさが滲み出ていて、あたしも何かしてやりたい気持ちになった。
「あたしで何か力になれることはあるか? といってもできる限りのことだが」
「充分、私たちの救いの神ですよ、聖女様は。これは亜人になってしまったもの達と、それ以外の人達とのプライドの問題です」
「そうか……」
「そう言えば、聖女様は悪神クトゥーラの伝承は知っておいでですか?」
唐突に話が変わる。
話題変更か? にしてはいきなりだ。
悪神クトゥーラ。それは七つ存在する神々の一柱を任されながらも人類に牙を剥いた化け物だと言われている。
1000年以上前の大戦以降消息を立ったと言われているが……
「一応は。教主イカロスから耳にタコができるほど聞いたからね。主神ノーデンスと戦い、生き残ったこの世界の旧支配者。けどその後どこかの海に隠れて住んでるって言う神様でしょ?」
「はい。聖堂教会の女神プルミエールとは別の神格ですが、実は私たちの呪いの元凶はその悪神が関わっているのじゃないかと噂が上がっていまして」
「ふむ。じゃあそのクトゥーラ達が活動を再開している気配があると?」
「再開どころか、別に封印もされてませんし、今もどこかに潜んでいますよ彼女は。世界の裏側からこちらに呪いを振りまいて、世界に呪いが満ちた時、再び降臨すると言われてます」
ベルウッドの口調はやけに軽快だ。
それに彼女と言ったか?
まるで親しい友人のような語り口。
違和感が拭えない。
あたしは今、本当にベルウッドと会話をしているのか?
普段の甘いマスクに軽薄さが滲み出て不信感を抱いた。
が、突然抱いた不信感。
強まるそれを表に出さずに会話を続ける。
「呪い、呪いねぇ。その呪いの一端が?」
「まず私達で間違い無いでしょう」
「じゃ亜人達は?」
「多分その尖兵ですね。彼女は姑息なのです。身分を隠し、偽装して別の何かにすり替わって別人になりすますのがうまいのです」
「へぇ」
いつにも増して回る舌。
いつも通りにしてはやけに親しい友人を語るような口調で悪神を語る。
「お前、誰だ? あたしの知ってるベルウッドはそこまで軽薄なやつじゃねーよ」
「おや、おやおやおや? 私が疑わしいと。そう仰いますか」
ベルウッドが立ち上がる。
ただそれだけなのに、あたしは逃げるように席から落ちて後退る。
「おかしいな。どこでバレたんだろう? 偽装は完璧だったはず。ねぇ、聖女様。どうして私がベルウッドじゃないって分かったんです?」
その口調が自らの正体がベルウッドではないと白状していた。ベルウッドの顔と声、仕草で問いかけるベルウッド。
あたしだって自分の勘が正しいかも分からない。
でもこれだけは言える。
「お前、演技する才能ないぜ? もっと自分を殺さなきゃダメだ」
「ふむ。これは痛いところを突かれた。さすがは聖女様。その気性の荒さを10年間隠し通せた演技力を甘く見ていました。ただのクソガキだと思って油断していましたが、少し予定を変更しましょう」
特に困ってなさそうな口調で右手を振る。
「なんだ、これ!?」
ただそれだけで、床から飛び出した触手があたしの全身を縛り付ける。ねばねばとした液体が肌をなぞって気持ち悪い。ぬるぬるとしてるのに変に力強くてまるで高速から抜け出せない。
「少し我慢してくださいね聖女様。すぐに事は済みますよ」
カツカツと床を鳴らしながら距離を詰め。
ベルウッドは右手を変形させながらうねる触手をあたしの口に添え、飲み込ませた。
「ウェエエ、ゲホ、オエッ!」
「受け入れて飲み込め、聖女よ。直に楽になる」
何度むせてもそれは自ら食道へと進んでいき、胃袋へと到達する。何を飲まされた?
嗚咽が止まらない。吐き出したいのに異物はずっとその場に留まり続けた。
そうだ、こう言う時こそ浄化水。
魔導バッグに手を入れようとしたが、そもそも身体を拘束されててそれどころじゃない。
血管に何かが這う感触がある。
何かが蠢いてる。
あたしは……ここで死ぬのか?
「さて、それではクトゥーラの巫女様。またお会いしましょう」
巫女? 誰が悪神の巫女だって?
あたしは聖女だ。
クソッタレな女神プルミエールの寵愛を受けたばかりに苦行を背負わされただけの女だよ!
「は? 誰が誰の巫女だって?」
「今はただ、安らかにお眠りください」
手が、顔に迫る。
指で瞳を強制的に塞がれ、意識が落ちた。
そして……
◆
夢を見ていた。
………
……
…
とても、とても。
不快な夢だ。
海の底、誰も訪れない場所であたし……私は人を待っていた。
何年も何年も約束の場所で落ち合う約束をしていたのに。
いつまで経っても相手が現れない。
もう死んでしまったのか?
自分だけ取り残されてしまったのか?
彼女のいない世界に意味なんてない。
ようやくできた私の友達。
私は、ずっと一人で生きていたから。
だから。
彼女と一緒に暮らせた数日間がとても楽しくて、とても魅力的だった。
数年が過ぎる。
彼女とのことを考えていると時の経過は早すぎて。
あれこれやろうと思った事もいずか忘れていく。
今の私は少しづつ死に絶えていく様なものだ。
少しづつ記憶を失っていくのが怖くて。
そして何か自分が生きた証を残したいと強く願った。
彼女に似た種族を作った。
人、とは異なってしまったけど、もし見つけたら彼女は私の事を思い出してくれるだろうか?
少しだけ私に似せた特徴を持っているから。
思い出してくれたら嬉しく思う。
けど知らない誰かには知られたくない。
私は嫌われているから。
悪い神様だって思われてるから。
だから私は海の底に隠れている。
臆病な私と違って強く気高い彼女は、私の理想だった。
もし私に来世があれば、私もそう生きたい。
そうなれたら、良いなぁ。
数百年が過ぎる。
私は、自我を失いかけていた。
海の底には彼女を思って作ったいくつかの同胞が溢れていて元気のない私を慮ってくれる。
悲しまないで、同胞よ。
私は大丈夫だから。
ずっと何かに耐えて生きてきた私は、随分と他人に甘えることをしてこなかった。
私は夢を見る様に眠る。
海の底で、誰も来ない場所で。
ずっと待っている。
私を知っている、彼女の帰りを。
そして私を知ってる私の事を。
ああ、早くきて。
私はここに居るよ。
海の底で……あなたの帰りをずっと待ってる。
◆
気がつけば、頬を涙で濡らしていた。
ああ、そうか。
そうだった。
私は……あたしは、アタシは。
悪神と呼ばれた神格クトゥーラをよく知っていた。
けど、アタシはクトゥーラではない。
彼女、クトゥーラとはよく喧嘩した仲だった。
何かにつけて取っ組み合いの喧嘩をして、そして仲直りをした仲でもある。
アタシはノーデンス。
7柱居る神格の長で、悪戯っ子のクトゥーラとは良くいがみ合っていた。
でも、だからこそ彼女との約束をわすれていたのを今になって後悔する。
どうしてあの時約束をわすれてしまっていたのか。
その理由は単純に信仰が不足していたからだ。
神が能力を行使するには信仰が必要だ。
人間の信仰をプルミエールの反乱によってとって変わられ、アタシは過去の存在にされた。
存在すらまともに形を保てなくて。
すぐに力を保てなくなって、力を溜めるために数百年眠りについた。
その数百年の間にクトゥーラは落し子を量産してしまう。
アタシが会いに行ってやらないばかりに、世界に呪いをばら撒いてしまった。
アタシは前世を思い出し、そして封印されてた己の力を自力で解いた。
ほぼ力技だ。
アタシの能力は魔物特攻。
クトゥーラと喧嘩してるうちについた能力だが、人からは信仰をもらう名目上、攻撃できない呪い持ち。
が、その呪いはプルミエールに移った。
今のアタシは聖女信仰によって存在している。
聖女とは名ばかりの都合のいい存在。
けど、それはかつての信仰を得たのと同様にアタシの神格をこれでもかと後押ししてくれた。
何はともあれ、だ。ベルウッドの偽物の気持ちは知れた
問題はそれをどうやって解決するかだ。
ベルウッドは亜人、クトゥーラの落し子を集めて世界に一悶着起こそうとしている。
アタシ……あたしはこれをどうにかしつつぶん殴ってでもクトゥーラを叩き起こす。
そんで一件落着だ。
そういえばミーニャは亜人だけど、クトゥーラの落し子扱いなのだろうか?
クトゥーラの特徴は海産物っぽさが目立つけど、いつのまにか趣旨替えしたのだろうか?
「アリー、今日の分持ってきたにゃ」
「おう、お疲れさん」
「ちょ、耳をさわんにゃ!」
「ほーれほれほれほれほれ」
「んにゃにゃにゃー」
嫌がってる割に嬉しそうなのがまたよくわからんよな、この子も。そう言えばクトゥーラともこうやって揶揄いながら遊んでた事を思い出す。
あれ? じゃあこいつがクトゥーラの生まれ変わりとか?
「やめるにゃー、ミーには許嫁がいるにゃんよ?」
「わりーわりー。そういやミーニャって海産物好き?」
「お魚にゃ? 大好物にゃ!」
好きは好きでも大好物ときたか。
こりゃミーニャ=クトゥーラの線は消えたな。
「なんでそんな事聞くにゃ? 今日の夕食はお魚を期待しても良いのかにゃ?」
「そうだなー、たまには魚でも食いたい気分だ」
「陸地にお魚はいないのにゃ。食べにいくなら旅に出ないといけにゃいにゃ」
「淡水魚とかいないか?」
「ミーはタンパクな魚は苦手にゃ」
「好き嫌いしてちゃ成長しねーぞ?」
「アリーにだけは言われたくないにゃ!」
「ふへへ、そりゃそうだ」
なんとなく、前世でもこうやって仲違いをしつつも仲直りまでの感覚が早かった。
だから周囲からは仲良しだって思われてて。
でも大好きかと言われたらそれも違って。
相容れぬ存在なのだ。
でも殺したいほど憎い存在でもない。
「おし、じゃあ今日の分持ってってくれ。今日は気分がいいからボーナスをつけてやるぞ」
「んにゃ!? 守銭奴のアリーが珍しいにゃ。明日は槍でも降ってくるかにゃ!?」
「………やっぱり無かったことにするわ」
「んにゃーーー!? 口が滑ったにゃ」
にゃんこ先輩は少しも悪いと思ってない口調で、バカを言い合う。うん、それでこそミーニャだ。
やっぱりね、前世とかどうでもよくて。
こうやってバカを言い合える関係って貴重なんだよなーと思う。
「冗談だよ。ファルやイーシャも連れて飯に行こうぜ。今日はあたしの奢りだ」
「うにゃー太っ腹にゃ」
「ミーニャは自腹な?」
「し、失言したにゃ。今のはわすれて欲しいのにゃ!」
突然命乞いをし始めるにゃんこ先輩。
この子の命乞い芸は日に日に磨きがかかるな。
「さて、どーしよーかなー」
もし彼女がクトゥーラの生まれ変わりじゃなくても、あたしはこの関係が変わらない事を疑うことはなかった。
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