第5話 聖女様、国境の生態調査に赴く

 魔物氾濫モンスターパレード

 それは増えすぎた魔物が生息地では食料が満たせず、ナワバリの外に出て、やがて人類の生息地近辺まで出てきてしまうことを指す。


 魔物はただでさえ人類より強く、戦闘経験のない一般人では太刀打ちできない脅威だ。

 だから増えすぎないように技術を持つ冒険者が間引きしているのだ。


「で、問題の魔物の種類は?」

「アーマードベアだ。聖教国の国境近くだからここいらの奴より気持ち弱い程度だが問題は数の方でな。それによっちゃ強力な個体も出てくるかも知れないので俺達が派遣された。けどそれ以外にも継戦能力が試される。なんでもこのパーティにはDランクにしちゃレベルの高いヒーラーがいると聞いてるぞ。まぁ前衛はうちの連中に任せてくんな。お前達は弱い方の処理を頼むわ」


 ギデロンが肩をすくませながら、連れてきた二人の男女に顎を向ける。街の中で見せる態度とあまりに違う。

 やはり人前では仮面を被るタイプか?

 で、こっちが本性と。

 派閥に所属してるとそれなりにおべっかを使う相手とも接するのか、演技力はそれなりだ。

 ま、あたしの聖女時代に比べたら劣るが。


「タンクのアイシャだ。よろしくなお嬢ちゃん達?」


 ニマニマとした笑みを貼り付けて、大柄の女性があたし達へ手を差し伸べる。

 タンクと言うだけあってその身体で全てを受け止めてきたのだろう、革鎧の隙間から見える素肌からいくつもの切り傷が見えていた。


「あたしはアリー。このパーティの新進気鋭のヒーラーだ。よろしくな、ねーちゃん?」


 軽口に軽口を返しながら割れた腹筋を手の甲で叩く。

 自分と同じ人種なのか想像できないくらいに、その肉体は鋼のような触り心地。やべーやべー言いながら結構ベタベタ触っちまったぜ。ウヘヘ。


「こら、アリー。人様の体をベタベタ触んないの。すみませんね、うちの子が」

「だってよー。こんなに立派な筋肉見たことねーもんよ」

「まぁ、あたしは慣れてるから気にしなさんな。こっちの無口なやつがルディだ。ボスのギデロンと一緒の派閥で前衛やってるんだわ。今日は頼むな?」

「フン、よもや子守をさせられる為に連れて来られるとはな? 俺たちも落ちたものだ」


 快活ねーちゃんに無口陰険にーちゃんのやりとりは漫才のようである。それは俺たちにも言えることだが、それぞれの得意分野と自己紹介で粗方能力は理解してもらえたはずだ。


 うちのパーティの火力はミーニャの魔法頼り。

 イーシャの弓もあるが、せいぜい意識を逸らす程度だ。今回のように数で来る場合大したダメージ減にはならないだろう。

 ただし的に当てる腕前では群を抜く。

 ミーニャは的が止まってないと当てられないノーコンだ。

 その為に前衛のファルが気を引き、イーシャが動きを止めてようやく当てられるのだ。

 被弾するファルの体力回復が専らあたしの仕事だな。


 それを事前にギルドマスターのオッサンから伝え聞いていたのか、足りない部分を補うように火力を送り込んでくる。

 まさに渡りに船だ。

 しかしよからぬ感情を持たぬ器の小ささを披露する小物も居た。ウチの誇る唯一の火力、ミーニャである。


「あいつ、失礼にゃ。ミーニャ達の実力も知らないで言いたい放題。今に目にモノ見せてやるにゃ!」

「まーまー、向こうはAランクだし、比べるのも烏滸がましい程の差が出るのはしょうがないって。むしろここは胸を借りるくらいのつもりで。ね?」

「そうよ。ミーニャだって複数の魔物を同時に処理するのは難しいでしょ?」

「うにゃー、仲間がいないにゃ!」


 普段喧嘩腰なファルに、怒らせると怖いイーシャに慰められてミーニャはぶー垂れた。どうやら自分の味方になって欲しいようだった。やめろよな、序盤から軋轢を生むのは。

 確かに向こうの態度は悪いかも知れないが、常日頃から搾取されてたあたしから見れば全然フツーだよ。

 むしろ優しいとすら思える。

 口ではイヤイヤ言いながら結局同意してるんだから素直じゃないやつって見解である。

 聖教国の奴なら文句言うだけ言って来ないもんな。

 来るだけマシだよ。ま、あたし達にはわからない縛りがあるのかも知んねーけど。

 

 少し歩いて接敵。

 現れたのはアーマードベア。

 毛皮が鉄の鎧の如き硬度を誇るツノを生やしたクマである。

 体長は立ち上がれば大人を超えるほどの巨体。

 角の長さでどれだけ生き抜いたかが分かる。

 長ければ長いほど納品した時の額が上がるって寸法だ。

 ただし長いほど強い。


 角の長さはおおよそ10センチ。

 あたし達程度でも普通に倒せる相手である。

 ギデロンのにーちゃんが目配せしながらあたし達でやれるかを問うてくる。あたぼうよとあたしたちはいつも通りの連携で討伐した。


 その場で血抜きし、解体。

 浄化しながらやれば出血で汚れた服も結婚も全て元通りだ。


「ほぉ、見事なもんだな。解体の手際もいい。ギルドマスターが推すだけあるわ」

「だろ? そういや獲得した素材の分配方法決めてねーや。どうする?」

「俺達が貰っても荷物になるからお前らでどうぞ。でも荷物になりすぎるようならいくつかは諦めるしかねーぞ?」


 ギデロンが顎を摩りながら森の奥の方を向く。

 先ほど討伐したやつよりも大型のアーマードベアが団体さんでお出ましだ。


 数が多いと聞いていたが、確かに普段より出没頻度が高い。

 これは毛皮の方は諦めるしかないかもしれねーな。

 なにしろ処理するのに時間がかかりすぎる。


 あたしは手際よく手斧で頭部から角を切り離し、腰に付けてるポシェットに突っ込んだ。

 実はこれ魔導バッグだ。


 種類は入るが上限の方が心許ない。

 サイズが増えれば増えるほど、入れられる量は減るが今の所このランクで生活するには十分だ。


「ん? それ魔導バッグか?」


 ギデロンがあたしのポシェットに目敏く視線を寄越す。

 そういうの、結構見てるのな。抜け目がないと言うか、やっぱりこのランクで持ってるやつは珍しいのだろうか?


「ああ、あたしみたいな駆け出しが持ってるのはおかしいか?」

「いや。そう言うプライバシーは聞かないことにしてるんだ。ただそれを持ってるんなら計画は変わってくると思ってな」


 計画?

 なんだか嫌な予感がするぜ。

 後そんなに気を遣えるのに、なんであの時あんな抜けてる行動をしたのか謎である。


 そもそも言うほど今の状況が魔物氾濫か謎だ。

 しかし出没頻度で言えば、確かに多い。

 一匹くらい解体して肉をゲットしてもいいかもな。

 肉の味を思い出しながら一人にへらと笑う。


 そんな時、


「嬢ちゃん、よそ見してんじゃないよ!」


 真上から浴びせかけられる怒声。

 そして前に出た快活ねーちゃんがあたしの体の前に覆い被さるようにして不意打ち気味に放たれた一撃を受け止めた。

 目の前で尻餅をつくあたしに、苦悶の表情で耐えるねーちゃん。


「わ、悪い。今回復してやるから」


 きょどりながら、いつもの祈りのポーズ。

 焦っていたのか気持ち強めに魔力を流す。


「むっ!? なんだい、この効果は?」

「大丈夫か? どこかまだ痛かったりするか?」


 ねーちゃんが眉を顰めてボソリとつぶやく。

 あたしは泣きそうな顔でねーちゃんに縋り付いていた。


 既にねーちゃんに一撃をくれたアーマードベアは倒されていた。角の長さは50センチ超。

 どうやらあたし達では手に負えないほど長生きした個体だったようだ。


 普段とは違う環境と慢心ですっかりと油断していたあたしはぐすぐす泣き腫らしながらアイシャを見上げた。


「ごめん。いつもはこんなことないんだぜ? 余裕すぎて警戒を怠っちまって」

「あんたが無事ならそれでいいよ。それにこの祈りの効果。あんたが聖教国の聖女だね?」


 ………


 ………


 は?


 一瞬放心しかける。

 なぜバレたのか皆目検討もつかない。


「な、何言ってんだよ。あたし程度の祈り、そこらへんのシスターにだってできらぁ!」


 顔を赤くしながら、言い訳を並べる。

 ちょっと無理があったか?

 いや、でも祈りくらいシスターでもやってるのを見たことあるぞ?


 ねーちゃんはニコニコしながら傷一つなくなった肌を押さえて、「そう言うことにしといてやるよ」とあたしの頭に手を乗せてワシワシと掻き混ぜた。

 悪い気がしないのは気のせいか?

 弱みを握られたと言うのに腑に落ちない。


「アリー、平気? 強力な個体に襲われたって聞いけど」


 少し離れていたところからファルが駆けてくる。

 その後ろから陰険にーちゃんのルディがあたしの姿を見てフッと鼻で笑った。

 なんかムカムカする野郎だ。

 恥ずかしくなって顔を赤くしながら、もう一人で立てるからとねーちゃんから離れた。


「よ、不運だったな。ありゃお前らには手に余るだろ。あの規模のやつは俺たちに任せておきな」


 ギデロンが一撃の元に屠った巨大アーマードベアの首を担いで持ってくる。

 手土産とばかりに投げてよこし、あたしはありがたくそいつを頂戴した。


「わ、悪かったよ。身の程知らずですいませんね!」

「ぷふっ。アリー、素直じゃないにゃ」


 訳知り顔でミーニャがむふーと含み笑いを浮かべる。

 こいつにでかい態度取られると負けた気持ちになってムカつくんだよなぁ。歳はそう変わらないから特に。


「ミーニャの癖に煩いぞ!」

「にゃー、猫人種差別反対にゃ!」


 全く騒がしい奴らだとギデロンに締めくくられ、気持ちを落ち着ける為に休息の時間を設けた。

 哨戒は陰険にーちゃんに任せた。


「アリーの料理は素朴だけどなんかあったかくなる味付けだよなぁ」

「そ、そうか? 褒められたことねーからよくわかんねーけど」


 なんであたしはねーちゃんの膝の上に乗せられて可愛がられているのだろう?


 そしてあたしの顔が今赤いのは焚き火に近寄ってるからに違いない。

 赤面を誤魔化すように身を乗り出しては鍋をぐるぐるとおたまで回す。

 先程の突然の身バレに動揺してるのが丸わかりだ。


 確かにただの祈りで古傷が完治するレベルのヒーリングはシスターには無理だ。

 だからと言って全く出来ない者がいないわけではない。

 だからってあたしが聖女の理由にはならない。

 自己弁論で保身を満たし、ねーちゃんのお代わりを上機嫌でよそう。


 すっかり仲良さげにしてるのを見抜かれて、またまたあたしは顔が赤くなってるのを自覚する。

 はー、なんだこれ。今日は色々とおかしいぞ?


 一応身を挺して守られたことに恩義を感じているのは事実。

 命の恩人な訳だ。深い意味はない。深い意味はないぞー。

 誰に言うわけでもなく、騒ぎ始める俺に、ミーニャがまた意味深な笑みを浮かべていた。

 それにはファルもイーシャも苦笑いである。

 あたしだって、まさか同性に惚れるとは思わなかったよ。


 って言うか、別にこれはラブじゃなくてライクの方だし。

 別に全然ときめいてねーし。

 てか誰に言い訳してるんだあたしは!


「これで少しはアリーも丸くなるかにゃ?」

「余計なお世話だこんちくしょう!」


 そんなやりとりの中、一人帰った陰険にーちゃんは深い傷を負っていて。


「どうしたルディ、その傷は!」

「なんでもねーよ。擦り傷だ。少しヘマ打っただけだ。休めば治る」

「それでもその傷じゃ今後の任務に差し支えるだろ? お前のプライドはいいから見てもらえ。回復するかどうかはそこの嬢ちゃん次第だ」

「なんだ? 拾ったモノでも食べて毒でも受けたか?」

「そんなわけあるか。ただな、エリアタランチュラの巣に足を入れてしまっただけだ」

「エリアタランチュラ!? なぜこんな人里に近いところに」


 エリアタランチュラ。

 ここら辺の森には生息してない上位存在だ。


 討伐難易度は個体差にもよるがC相当。

 つまり、内街の連中に割り振られる仕事である。

 Dでも受注はできるが、リスクに対して報酬が割に合わないことで有名だ。


 何しろ巣を張っがその場所を中心に半径十数キロがその魔物の生息域になるからだ。

 産み落とす卵の量も多く、一匹見かけたら十数匹はいると思えと呼ばれる魔物である。


 ただでさえ長生きしたアーマードベアが群を作っている中、さらに厄介な敵が現れてあたしたちは息を呑む。


「よし、俺達はここで撤退だ。これ以上の捜索は命に関わると判断する」

「まだたった二種類だぞ? ここで引き返せば笑い物だ」

「勘違いするなよ、ルディ。今回の任務は討伐ではなく事前調査だ。それに、ここから先の戦いに地域住民の彼女達は連れていけない。ランクだって見合わないだろ。それとも彼女達の尊い犠牲も添えて上司に連絡をつけるか?」


 ギデロンが責めるように陰険にーちゃん、もといルディへ詰め寄った。


「……いや、無理を言った。このチームのリーダーはお前だ。気を逸らせすぎた」

「解ればいい。お前らも付き合わせて悪いな」

「いや、足手纏いなのは理解してるから早期撤退には賛成だ。そっちのにーちゃんの怪我はなんとかするから。パイセンは報酬だけは忘れんなよな?」

「おう!」


 いい返事で、約束を取り付ける。


 思いのほか気の良いにーちゃんでよかった。

 陰険にーちゃんの傷の方は複数の毒と麻痺、石化が混じって有り体に行って重症だった。


 何が休めば治るだ。余計な心配かけやがって。

 あたしの祈りに呼応するように、淡い光がにーちゃんの体を包み込んだ。

 苦しそうにうめいていたにーちゃんの呼吸が落ち着いてくる。

 汗だくの額は今じゃスッキリとしていて、どうやら峠は越えたようだ。


「すごいね、石化まで治しちまうのかい。嬢ちゃんの祈りは」

「そんな大したことでも……」


 言いかけ、教会で治せば軽く金貨が十数枚飛ぶことを思い出す。

 癒しの光は教会のシスターぐらいでもできる。

 毒の解除や麻痺の解除もだ。

 だが石化クラスともなると必要魔力がとんでもなく跳ね上がる。

 扱えるのは高位シスターになってからだと思い出し、急速に言葉を言い換えた。


「……あるかな? あはははははー」

「やっぱりあんた聖女様じゃ無いのかい? ここまでの癒し手、ウチらのランクでもそう見ないよ?」

「んな訳あるかい! 流石に結界までは張れねーぞ!?」

「冗談だって。そんなに熱くならないでよ。それくらいすごいって意味で言ってるんだよ。ね、ルディ? あんたもそう思うだろ?」

「……さっきは、失礼な言葉を吐いて悪かった。さっきの祈りには助けられた。少しばかりお前のことを勘違いしていたようだ。また、口だけは達者な神官の紛い物だと思っていたんだ。すまないな」

「よくわかんねーけど、良いよ。お前もそれで痛い目見たクチだろ? お互い助け合って行こーぜ?」

「フッ」


 これはうまく誤魔化し通せたか?

 三人の上級冒険者をギルドの外で見送った後、あたしは安堵の息を吐いた。


 ◆


「その情報は本当なのね?」

「ええ、あたしとルディがその癒しを受けて、多くの教会が匙を投げた不治の病を完全に浄化し切りました」

「その方のお名前は?」

「アリーと名乗っていました」

「アリー……アリーシャお姉様が考えつきそうな偽名だわ。確定ね。うふふ、今夜は久しぶりに楽しい夜を過ごせそう」


 上司への連絡を終え、ギデロン達は部屋を退室する。

 一人残された室内では、少女が薄い笑みを浮かべて何かに打ち込むように物思いに耽っていた。

 何か楽しいことでも思いついたのか、楽しげな声も時折聞こえて。


 ◆

 

「──ぶえっくし!」

「あらやだ流行り病? 移さないでよね」

「アホ。病は気からって言うだろ? 後あたしがそんな軟弱に見えるか?」


 ズズっと鼻を啜って、運ばれてきた料理にフォークを突き刺す。続いて舌鼓を打つあたしに、ファルとイーシャがエンガチョしながら距離を取る。


 対してミーニャは上半身を乗り出して脳内お花畑モードだ。

 発情期か? 最近やたらとその話題をふっかけてきやがる。


「きっと誰かが噂してるにゃ。あの時助けたおにーさんかも知れないにゃ。アリーはモテモテにゃね」

「それだけは100%ねーな。お前はなんでも色恋に絡めて語るが、肝心のお前はどうなんだよ。えぇ?」

「良いのにゃ、ミーは故郷にお婿さんがいるから。その前に冒険者として成功する必要があるだけにゃ。愛だけじゃ食べていくことはできないのにゃ!」

「そーかよ。ま、真相はどうであれ」

「にゃー! 人を嘘つき呼ばわりするなにゃ! 全くアリーはいつまで経っても子供なんにゃから」

「オメーにだけは言われたくねーよ、寸胴!」

「んにゃー、人の嫌がる言葉は言っちゃダメって教わらなかったのかにゃ!? 極悪シスター」

「上等だよ、お子ちゃま魔法使い。今日という今日は決着つけてやる!」

「望むところにゃ! 目にもの見せてやるにゃ!」


 こうして日常の一部になりつつある喧騒が始まる。

 つってもお互いに素手の攻撃力が弱いので、子供の喧嘩だ。

 言ってて悲しくなるけどな。

 あとミーニャ。爪で攻撃するのは反則だぞ?

 癒せるけど痛いのは痛いからな?

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