追放聖女はグッドエンドを諦めない

双葉鳴🐟

女神ノーデンスの章

第1話 聖女様、野に放たれる

 私の名はアリーシャ。

 貴族の生まれではないのでただのアリーシャです。

 夜も明けぬうちからベッドから起き出し祈祷、未だ眠るシスターの皆様の分まで祈祷を済ませ、本来ならば下女の仕事である水汲み、炊き出しの準備をします。


 何故か私の下女は気位の高いお貴族様。

 平民である私の下につくのは不快であると告げられて、何故か私がその仕事を一任されて、今に至る。


 意思が弱いのは認めています。

 しかし本当にこれが真の聖女になるための訓練とは思えません。

 ですが『従順であれ』と遣わせてくれた教主様の為にも彼女に気を使う毎日です。


 その後も祈祷の合間に家事、洗濯、その上なんの連絡もよこさずやってくる貴族たちのアフターサービスと一日てんてこまい。


 あんまりにもあんまりな、本当にこれが聖女の仕事なのかと疑問に思うこともあるけれど。そう言われ続けてここに8年。


 きっと今に白馬の王子様が現れて私をお救いくださるはずです。そして最後には……そこまで考えてかぶりを振るう。

 あまり妄想を膨らませるのは良くありませんわね。

 私は聖女なのですから。

 国民の皆様のお手本とならなくてはいけませんので。


 たった二時間しかない睡眠時間こそが唯一の救い。

 その後祈祷中に教主様のセクハラ紛いのボディタッチも、おっ立てた硬いものをお尻に擦り付ける行為も、全て寛容な心で受け流さなくてはならないのです。



 …………


 ………


 ……



 こんな無駄な考えは忘れましょう。

 それよりも睡眠です。

 睡眠をしましょう。


 教主の憎たらしい顔を思い出していたらマジ頭かち割りたい衝動に駆られてしまうもの。

 ホントマジ、ふざけんなっつーの。

 歯磨きしてんのかって疑わしくなるほどくっせー息吐きやがって。

 殺す気か? 殺すつもりで接してやがんのか?


 あれぜってー隠れて自分だけ肉やら酒やら飲んでるぜ?

 そういうのわかるから。

 ホント、マジあいつ死なねーかなって今日一日中そんなこと考えながら祈ってたわ。


 はーつっかえ。

 真面目に祈ってんのがバカらしくなるほどクズしかいねーわこの国。

 ホントなんなの? 滅びればいいのに。

 国民の血税をなんだと思ってんのかね?

 祈ってまで救う価値あるの? 

 ないよね?


 それと下女とは名ばかりの貴族上がりのお嬢さんはよー。

 お前自分の立場分かってんのかってほど高圧的で、平民を舐め腐ってるんだよね、アイツ。

 いや、アイツだけじゃねー。教主も、婚約者である王子様もだよ!

 一度も婚約者らしい対応してもらったことねーぜ?

 あれだろ? 肩書き目当ての結婚。

 演技が聖女として一端のものに見えたから、取り敢えず保留にしておいてやるってやつだ。それが立場をがんじがらめにしやがる。

 ハゲればいいのに。そしていっそ浮気でもして自由の身にしてくれ!

 あーーーーーーーーイライラする!!!!!


 くそ、あっという間に時間は過ぎ去りやがるぜ。

 鬱憤を吐いてる内に祈祷の時間だわ。

 あー今日も一日セクハラに耐えながら教主と貴族の顔色伺って暮らすのか。

 ダっる。このまま消えてなくなりたいわー。


 ガバリと起き出し、掛け布団を投げ捨てた。

 勢いだけはある。それを失ったら終わりだ。


 唯一の調度品である姿見の前で居住まいを正す。聖女としてあてがわれたローブ。

 顔だけは整っているので化粧とかはしなくても済むので生まれてこの方洗面ぐらいしかしていない。浄化の魔法を施したタオルをこれまた聖水で浸し、顔、身体の順に拭いて最後に髪を清める。


 嘘か誠か生まれ持った銀の髪が聖女の証だそうだ。

 本当かどうか疑わしいが、確かに周りにはいなかった。

 国の生まれの問題じゃねーのかってツッコミは無しだ。

 この国では上が黒と言ったら国民が白くても黒いって言わなきゃならない暴論が罷り通ってる。

 ホント世の中クソ。


「アリーシャ、遅刻よ時計の針が10秒も進んでいるわ。聖女としてあるまじき愚かな行為だと思わない?」

「申し訳ございませんオフィーリア様」

「貴女って謝ればそれでいいと思ってるわよね? 心からの反省が見えないもの。これは懲罰が必要よ。そうよね?」

「おやめください!」

「嫌よ、やるわ!」

「あぁ!」


 バシッ!

 手の形がくっきり映るほどの平手打ち。

 腰の捻りに腕の勢い。全てを加味した暴力が白磁のように透明な肌に打ち付けられた!


 紅葉腫れというやつだ。そこに涙を垂らせば懲罰完了。

 自分よりも下であることを教え込んでこの女はストレスを発散させているわけだ。

 こっちに味方が誰もいない事を誰よりも知ってるクズ女である。


 その上自分の仕事までこっちにやらせる始末。

 これが下女として遣わされたこの女の本性だ。

 貴族ってみんなこんななの?

 これじゃあ命をかけてまで救いたくなくなっちまうよ。

 あーほっぺ痛い。ジーンとする。涙出そう。

 まぁ放っておけば祈りの余波で治るんだけどさ。痛いのは痛いよ、うん。


「今日はその程度で許してやるわ。さぁ、時間は待ってくれないわよ。今日のモーニングは何かしら?」


 うるせー、水でも飲んでろボケ!

 喉まで出かけた言葉を飲み込み、笑顔を浮かべていつもの身支度を済ませる。

 祈祷中、オフィーリアの身に不幸が起こりますようにと必死に祈った。

 無我夢中で、5時間くらいかけて。

 魔力も10万くらい込めた。

 ちょっと結界に回す分が減ったが、それでも十分。

 国のお偉い方は聖女結界なんてなくてもこの国は平和だと思ってるからな。


 なんなら結界の張り忘れで不幸な目に遭えば少しは気が晴れる……いや、出張サービスが増えて忙しさが増すのは目に見えてる。

 国の連中は聖女を道具としか見てないから。

 それもこれも生まれが平民だからだ。


 一体こっちが何したっていうんだよ!

 ちょっと魔力が人の百倍くらい多くて銀の髪をもって生まれただけじゃんかよ!!

 確かに、神に向けて祈ったその日は平穏無事でいられたけどよ、不幸になれと祈ったって、身近なアイツらは憎たらしいほど元気でいじめてくる始末。


 もう一生このままなのかね。

 誰にも愛されないまま、この地で見窄らしく、搾取されて一生を終えるのか……


 そう思っていた矢先、なんの遠慮も配慮もなく、それこそ祈祷中に来客があった。

 肩書きだけの聖女に相応しい、肩書きだけの王子様である。

 威風堂々と、こちらには一切気にかけず、侍らせた女性をこっちから守るように、宣言した。


「今、なんと?」


 肩が震える。

 聞き間違いではないかとなんでも言われた言葉を反芻する。

 肩書き王子は変化した態度に少し不服そうに片眉を上げ、もう一度、一字一句変わらず言葉を連ねた。


「よもや我が言葉をその耳に素通りさせるなど嘆かわしいぞ? もう一度言う。聖女アリーシャ、この十年国に仕えて来たことは褒めて遣わす。だが貴様は平民の出。王子である私の婚約者に相応しくない。よってその任を解き、婚約者としても破棄させてもらう。後続は公爵家の息女である彼女ロザリンヌを充てがう事にした。異存はないな? 即刻荷をまとめてこの国から出ていくが良い!」


「マジで!? おっしゃあ!!!!!!!」


 ついうっかり、今まで周囲に隠していた本音が漏れた。

 それほどまでの雄叫び。そしてガッツポーズである。


 聖女の立場が女神からの使いである銀の神を持つ純血の乙女であることや、最低でも魔力が50万必要であることなど確認する必要もなく、ただこの生き地獄から救いの手を差し伸べてくれた婚約者に、生まれて初めて感謝したのだけは間違いなかった。


「ケイン様、最後におひとつよろしいでしょうか?」

「なんだ? 聖女でも婚約者でもないただのアリーシャよ」

「そちらのロザリンヌ様と末長く結ばれるように神にお祈りさせてくださいませんか? 最後の聖女の務めとして」

「うむ、もう貴様は聖女ではないが、元聖女としてその祈り、聞き届けてやろう」


 なんぞ文句でも言ってくるかと思ったのか、変に身構えていた王子は肩透かしを喰らったような顔をしながら最後の聖女としての願いを聞き届けてくれた。

 そんなことくらいならいくらでも、と言ったところだ。


「ロザリンヌ様、貴女こそ女神様が使わせてくれた天使であると、今日この時をもって深く感謝いたします」

「今までの大任ご苦労様でした。あとは私にお任せなさい? ただお祈りしているだけでいいのでしょう? それくらい魔力の少ない私にだって出来ますわ」


 あっ……この人貴族ってだけで抜擢されてるっぽい。

 まじかー、詰んだわこの国。聖女結界維持できねーじゃん。

 でもこっちは追放された身だし、しーらね。

 喉元まで出かけた言葉を懸命に押し留める。


「何かありまして?」

「いいえ、ロザリンヌ様の祈りが無事に女神様の元へ届くように引き継ぎをしていましたの。急に祈り手が変わったら女神様もびっくりされてしまうでしょう?」

「そう、ありがとう。アリーシャ様も言葉の通じぬ地での暮らしは大変でしょう。ケイン様、せめて最後に手切れ金をお渡ししてはいかがかしら。今までこの国をお守りしてくださったお方だもの。このまま追放するのは可哀想だわ」


 あまり反論せずに心からの祈りだったのが功を奏したのか、オフィーリアのクソ女と違いロザリンヌ様はその清らかな心で持って最後の施しを与えてくれるように隣にいるデクの坊に提言した。


 あれ、この人普通にいい人じゃね?

 ちょっとばかし良心が痛み出す。

 でもあの場所には絶対に戻りたくないし、下女のオフィーリアもセクハラ教主も公爵家の令嬢にまで横暴は働かねーだろ。


 自分の中で満足する答えを導き出し、そして王子がイヤイヤ差し出す金貨袋を丁重に受け取った。


「ロザリンヌ様と次期国王ケイン様に神のご加護を」

「最後まで聖女であろうとしたアリーシャよ、大任であった。退がるが良い」

「はっ。今日中に身支度を整え出ていきます」

「ああ、私の視界に入らなければそれで良い」

「ケイン様、お言葉がすぎますわよ?」

「しかしロザリー」

「最後のお別れくらい、棘は隠しておくものですわ、次期国王様?」

「うむ……」


 しっかり尻に敷かれて二人の関係性がわかってしまう。

 そしてロザリンヌの心の内も。


 それはともかく無罪放免だ。

 自室に戻るなり、十年間着込んだ聖女のローブを乱雑に脱ぎ捨て、孤児院から教会に移ってきた時に来ていた服に袖を通す。


 あれから十年も経つと言うのに、悲しいくらいぴったりだ。

 孤児院の暮らしより貧しいと誰が思うであろうか?

 あんな食事でもギリギリ栄養は取れてたのか体が動くのだけが救いだな。


 そして今日中どころか宣告されて1時間も立たぬ内、教会を抜け出して孤児院に帰らず、そのまま隣国に向かう馬車に乗り込んだ。


 平穏な日常を捨て去り、いざ、新しい冒険の舞台へ!

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