85、外の空気



「準備は良いですか?」


 朝の日差しが眩しい。

 俺とトシゾウは日が昇ると、早々に祠の外に出ていた。

 時折り吹く風が心地よい。


「‥‥‥拙者、覚悟は出来てるでござるよ」


 神妙な顔で俺を見るトシゾウ。


「それは良かった。じゃあ、さっさと始めましょうか」


 目をつむり、深呼吸するトシゾウ。

 

「‥‥‥よし。拙者ここで死んでも後悔はないでござる! かかって来いでござる!」


 俺を見据える開かれた瞳に、強い意志を感じる。

 

「良い意気込みですね。では行きましょうか! ちゃんとついてきてくださいね」


 ゆっくりと走り出す俺。


「‥‥‥あれ? どこに行くでござるか?」


 慌てて走り出し、ついてくるトシゾウ。


「どこってあの山の辺りまで」


 森の向こう、遥か先に見える山を指差す。


「‥‥‥なんか予想と違うでござる」


「つべこべ言ってないで走りますよ。痩せるには有酸素運動が一番なんです」


「ユウサンソ? なんでござるか?」


「死ぬ気でついてきて下さいね」


 俺は走るスピードをあげた。


「あ、待ってくれでござる!」


 トシゾウの声が少し遠のいたのを感じながら、山に向かって走る。


 ──やっぱり、外の空気は気持ち良い。


 俺のテンションは高い。

 人は外に出て太陽を浴びないとダメになる。

 そんな気がした。






「びゅはーっ‥‥‥びゅはーっ、し、死ぬで‥‥‥ござる‥‥‥」


「死ぬ気で頑張るんでしょ?」


「‥‥‥びゅはーっ‥‥‥本当に‥‥死んじゃうで‥‥‥びゅはーっ、ござる‥‥‥」


 地面に転がりピクピクしてるトシゾウ。


「‥‥‥トシゾウさん、まだ全然進んでませんよ」


 トシゾウは絶望的に体力がなかった。


「走るのは‥‥苦手でござる」


「部屋に籠りっぱなしだから、そんな不健康になるんです。もう少しゆっくり走るんで、早く立ってください」


「ひぃ‥‥‥」





「トシゾウさん、やる気あります?」


「‥‥‥びゅはーっ‥‥‥びゅはーっ、これが‥‥‥拙者の本気で‥‥‥ござ‥‥‥る」


 トシゾウのペースに合わせて、ゆっくりと歩く俺。

 はっきり言って歩くより遅い。


「そんな事じゃ、アリスさんに愛は伝わりませんよ」


「‥‥‥拙者、頑張るで‥‥‥ござる!」


 トシゾウの心に火がついた。

 走るペースが上がる。


「おお! トシゾウさん、やればできるじゃないですか!」


「アリス殿の‥‥‥びゅはーっ‥‥‥為なら‥‥‥拙者は‥‥‥びゅはーっ、びゅはーっ」



 ドサリッ!



 トシゾウはそのまま、前のめりに倒れ込み動かなくなった。


「グゴォー‥‥‥グゴゴゴォーー! グゴゴゴォーー!」


「嘘だろ?!」


 うつ伏せで倒れてるトシゾウを転がし、仰向けにして確認する。

 

「グゴォー! グゴゴゴーッ!」


「寝てる‥‥‥」


 気持ちよさそうに大の字で寝てらっしゃる。

 ‥‥‥駄目だこの人。


「ダ〜〜リ〜ン!」


 呆然と立ち尽くす俺を呼ぶ声。

 振り返ると、祠から出て来て日向ぼっこしてるイレイザが、こちらに投げキッスをしてるのが見えた。

 そう、まだ祠は目と鼻の先なのだ。


 ──50メートルも進めなかっただと?!


「昼からはウォーキングかな‥‥‥」



 ‥‥‥先は長そうだ。

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