第48話 万能の転移魔法(欠陥だらけです)
「上手くいく保証は?」
「お前が魔力を枯渇しない限り、女神様はお力を貸して下さる」
いやに自信満々な父親だった。
カトリーナは一抹の不安に襲われる。
「神託があった?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、ここにいる全員が、喜んで手を貸すはずがない」
そう言い、大神官は一同を見渡した。
王太子派、聖女派、成り行きを見守りたい派。
いろいろな派閥の人間がここには座している。
「大した統率力ですこと。宝珠がないのに」
「人は共に過ごした時間の長い方を信用するものさ」
当たり前だ、と大神官はにやりとした。
そのあなたを一番信用していないのが、娘の私なのだけれど。と、その本音を語ることは、いまは止めておく。
「一番、不安で恐怖に際悩まされているのは信徒でしょうから。いつからかかりますか?」
「明日の朝、だ。今夜は寝る暇がないぞ」
「心します」
そう言ったときだった。
ズダンっ、と明らかに硬くない物。
肉体とか水とかそういったあるていどの柔らかさのある何かが、どこかにぶつかり、そしてずるっと床に滑り落ちてくる。
「あーあ‥‥‥来ちゃったのね‥‥‥可哀想」
それは六人ほどの軽装に身を包み、抜き身の剣を片手に携えた――不法侵入者。
獣人たちだった。
「なんだこれは!」
と、神官の一人が驚きのあまり叫び声を上げる。
「最近、信徒たちを襲っていた‥‥‥害虫ですわ、皆様」
テーブルの奥あたりに積み重なった重症の武装した男たちを捕縛しようと、居合わせた神殿騎士たちがそこに殺到した。
もちろん、その中には聖騎士の姿もあり、全身の骨がおそらくは折れているだろう被害者たちは、捕縛され魔力封じの手錠をかけられて、大人しく連行されていった。
事態が一段落したのを見て、ルーファスはテーブル越しに語り掛ける。
「……まさか、これを予期されて?」
いえいえ、まさか! とカトリーナは慌てて両手を振ってそれを否定した。
「どうやったのですか、聖女様。あれらは神殿騎士でも捕縛に困難な転移魔法を使って逃げ回っていたやから‥‥‥」
騎士団長の一人が怪訝な顔でそう問うてくる。
カトリーナは第二、三の刺客がこないのを確認してから、自分が展開していた結界を解いた。
「結界というか‥‥‥転移魔法を拒絶する魔法。というのかしら。フレンヌがよく語っていたから、転移魔法なら行き先を指定することも、こちらになにかの装置を仕掛けることもなく、瞬時に移動できる。でも、向かった先に、同じ魔法の波長を拒絶する壁」
とまで説明して、誰もが疑問符を顔に浮かべているのを再確認。
もうすこし分かりやすく? と頭を捻って別の答えを探した。
「だから、波長の同じの波が続いていると、海でも河でもモノは運ばれていくでしょう? でもすこしおおきな波に出くわすと、あっけなく水中に没することもあるじゃない」
「では、その波に横から襲われた対策をしていなければ、ああなる、と‥‥‥?」
ルーファスが補足した。
「まあ、そういうことね。でも普通は移動魔法ならそれくらい対策するものだから」
「では、どうやって?」
「移動している彼らを守る防御魔法を破壊するような衝撃を。ぶつかったら倍返しくらいの波長を叩きつけたら‥‥‥壊れるでしょう?」
騎士団長がごくり、とつばを飲み込んだ。
それは多分、理論上は可能だが、相手がどんな波長の種類の魔法を使ってやってくるのかは未知数だ。
「どれほどの研鑽を?」
信徒でもあり宮廷魔導師でもある、そんな理由から役職を辞し、聖女一行に同行してきた中年の男性が、さぞや努力なされたでしょう、と褒め称えた。
いえいえ、思いついたのはつい、昨日の深夜なのだけれど。とは言えずカトリーナは「あはは」と笑ってごまかした。
見えなかった脅威への対処法が明らかになったことから、その場は緊迫した雰囲気から解放された。
そうこうしているうちに、重症の獣人たちから何かを聞きだしたか、何かを見つけたのか。
数名の神殿騎士が入ってきて、大神官になにやら耳打ちする。
ジョゼフはやれやれと肩を竦め、目を半分ほどに細めると、ふうと大きく息を吐いた。
「さ、襲撃者の撃退方法は聖女様に教わってくれ。それ以外の全員で、信徒たちを旧第二壁前に集めるんだ。時間はあまりない、急いでくれよ」
手を叩き、声を張り上げて、大神官は彼らを急がせた。
室内は慌ただしくなり、人々はあらかじめ割り振られていたのだろう。書類を片手に各々、行き先が違うように見えた。
「呼ばれた理由は、単なる確認ですか」
「そうだが? 最高責任者の決済が無いと、組織とは動かないものなんでな」
と、彼はカトリーナのおかげで全快した元気そうな顔に、しかしそれでも、睡眠不足の疲労感までは満たされないのか、春の斜陽に照らされてふわあっと、大きなあくびをする。
「さっきの報告は?」
あくびがやんだ。
その横顔に、父親でもない、大神官でもない、見知らぬ誰かの怒りの表情を見てしまい、カトリーナは息を呑む。
ジョセフの顔に合ったのは、まだ見知らぬ、武人のような戦い決意した男の顔だった。
「……ジジイの部下だったそうだ」
「へえ」
「悔しくないのか?」
意外な聖女の反応に、大神官は面食らう。
「怒っていますよ。とても。大事な私の信徒をないがしろにされ、傷つけられたんだから。まあ、それに関しては後日。そうしましょう。いまは信徒を逃がすことが先決」
「ふん。お前らしくないな」
「気のせいです」
これまでにないくらい、慎ましくお淑やかにカトリーナはそう言った。
「じゃあ、取りかかってくれ。朝は早いぞ」
「はい、それでは」
部屋を退出するまでの間、カトリーナは父親が見えない闇の底をじっと見つめているような気がして、なんだか恐ろしかった。
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