第43話 襲撃(犯人はバレバレです)

「神官が泥棒に身をやつしたんじゃ、女神様への申し訳が立たないわ。冗談じゃない」


 カトリーナはそう言い、無理無理、と顔の前で手を振り拒絶をしめす。

 聖女が犯罪者になるなんてそれこそ、自分を捕まえたがっている教皇や王国側の思うつぼ。

 こんなバカみたいな提案はさっさと却下するに限る。


「やらないのか? 五千枚どころか二十万枚は軽くあるところだぞ?」

「どうしてそんな数を知っているの」

「先々月の財政会議で子細な数が報告されていた。冬の終わりだし、一年も変わる年度末だ、来年の予算だって考えなきゃいけない」

「……神殿に課される税金について、安くするように値切りにいったとは、聞きましたけど」

「なんだそれは! 人聞きが悪い! 交渉に及んだまでだ。大金貨二千枚を出せと言いだした、口論になった時にだなー」


 まさか、女神様の神託があった? あるはずがない、都合よく。だが、可能性は否定できない。


「女神様の御神託、とか?」

 台神官は顔を明るくする。

「そうだ! このままではお前の負担も大きくなると言われてな」

「……は?」


 意味深い言葉が飛び出してきた。

 真意を確かめようとしたとき、ちょうどよく、呼びつけていたエミリーが室内に入ろうと部屋をノックしたのだった。


「誰かしら」

「聖女様? エミリーです」

「どうぞ」


 誰何の声とともに、返事がして、扉が開かれた。

 エミリーは十人ほどの神殿騎士‥‥‥それも誰もが軽く汗をかき、その顔には小さなんいざこざでもあったのだろうか、眉間に大きな皺がよせられていた。


「何があったの、エミリー」


 こんにちは、大神官様、とジョセフに一礼すると、エミリーは騎士たちを、室内へと招き入れ、壁際にたたせた。

 朱にすこし緑の筋が入っているローブを着ている彼らは、王都の大神殿からついて来てくれた腹心の部下たちだった。


 幾人かは毎朝の礼拝で顔を見知った者もいる。

 よくよく見ると彼らが普段は抜くことがないように剣を鞘に固定している止め鐘が、勢いよく抜かれたためだろう、いくつか退いてしまっていることにカトリーナは気づいた。


 ローブや顔、肩や胸などに返り血のようなものも見受けられるし、ところどころ、自身の怪我からくる裂傷なども見て取れる。

 どうやら重症者は個別に治癒として、ある程度動ける者は、カトリーナの元に連れて行った方が早いと、エミリーは判断したらしい。


「とりあえず、動かないで。いい?」


 宝珠がないから能力の解放ができず、いつもの半分ほどにしかならない、回復魔法や治癒魔法、毒や呪いなどの効果も考えて、解呪のできる神聖魔法を唱え、負傷者の傷を癒してやる。


 神殿騎士たちはまたたく間に血色を取り戻し「おお」とか「さすが聖女様!」とか「ありがとうございます」とか、それぞれに感想を述べていた。


 その代わりにカトリーナはさきほど食べた食事以上のカロリーを消費して、小さくお腹をならして赤面した。

 場をごまかすように、

「それで、どこが攻めてきたの。王国、教皇様、どこかの領主?」

 矢継ぎ早に質問を繰り出すが、誰もそれにははい、と答えない。


「その姫様の馬車を複数人の獣人たちが襲ってまいりました」

「そうです、二十以上の武装した獣人たちが、突然‥‥‥のことで対応が間に合わず、いくつかの馬車を奪われてしまいました」

「それで?」

「信徒たちの守りを優先とし、騎馬で追える者が後を追跡していました。が‥‥‥」

「移動しながら、逃げた? それとも、一度、止まってから消えた?」

「は? あ、それは――移動しながら、忽然と姿を消しました」


 申し訳なさそうに、悔しそうに騎士は報告する。


「死者は何人出た? 重症者は?」


 固唾を守っていた大神官が問いかける。

 騎士たちのリーダー格とおぼしき青年は、「治癒魔法で回復できない者はおりません」と返事を述べた。

 聖女一行の面目躍如というところか。


 これで死人がでていたら、本当にあの聖女様は、奇跡を起こせるのか? と中央でねちねちと嫌味につかわれそうだったからだ。


「ご苦労様。でも、意外ね。獣人だったんだ‥‥‥」


 ふうん、と意外と言いながらカトリーナはどこか落ち着いていた。足らなくなった食事を追加するように、分神殿の侍女たちに伝える。

 今度は可哀想だから、大神官の分も上乗せしてやった。


「どんな馬車? 何を盗まれたの?」

「いえ、それが‥‥‥」


 と、怪我と体力が回復したことで気分的に落ち着きを取り戻したのだろう、彼はしきりに頭を捻りながら、「荷馬車なのです」と答えた。


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