第1想定 第11話
「うっ……」
投げ飛ばされた俺は近くにあったパイプ椅子にぶつかり、甚大なダメージを負っていた。
「ねぇ宗太郎、どうしてボクに銃を向けたのかなぁ?」
姉ちゃんが恐ろしい笑顔をしながら近づいてきた。
「く、来るな。こっちに来るな!」
俺は周囲に落ちているものを手当り次第に投げつける。元吹奏楽部のプライドなんて、いまはどうだっていい。
譜面台、チューナー、USP、雑巾、楽器ケース、ミュート。
それでも姉ちゃんは近づいてくる。
「俺に近寄るなああぁぁぁぁぁぁ!」
タクティカルベストからマガジンを取り出して投げつける。
だけど恐怖に支配されていて全然命中しない。
ちくしょう!
絶望と恐怖に支配されていると、聞きなれた声がした。
「そうたろう……を」
「舞香!」
フラフラになりながらも包丁を手にして立ていた。
舞香は姉ちゃんを鋭い目つきで睨みつけている。
「宗太郎を……離し…て!」
舞香はすでに満身創痍だ。しかし俺のことを助けようと必死に姉ちゃんに立ち向かう。
「舞香! やめろ!」
俺を助けようとしてくれるのはありがたい。
だけど舞香がマトモに戦えるはずはない。姉ちゃんは包丁を持ったヤンデレと格闘する訓練をしているのだ。どう見ても勝ち目はない。
だから大人しくしていてくれ。
舞香がやられたらこの任務は失敗になるんだよ。
しかし俺の思いは伝わらない。
「宗太郎を離せええぇぇぇぇぇ!」
舞香は包丁を持って姉ちゃんに襲いかかる。狙いは横っ腹らしい。
しかし姉ちゃんは包丁を半身になってかわすと手首をがっちりと掴み、体の向きを変えたかと思うとあっさりと舞香を転ばした。
さらには彼女の頭部を勢い良くひねり、頚椎を破壊して絶命させる。
「………………」
「宗太郎、これで二人っきり」
嘘だ……。
俺のせいで……。舞香は俺を助けてくれたのに、俺は舞香を守れなかった……。
『宗太郎!』
姪乃浜の切羽詰った声がイヤホンから聞こえてくる。
『ヤンデレワールドの崩壊が始まったぞ! もう長くは持たない! 任務は失敗になってしまうぞ! 今すぐに射殺しろ!』
「……だめだ」
『何を言ってる!?』
「銃をなくした」
撃ちたくても撃てないさ。
格闘で頚椎を破壊するにしても勝ち目はない。
くそぅ。
俺がしっかりしていれば彼女たちは死なずに済んだのに!
ひなたに栗野。そして舞香……俺があのとき撃っていれば、彼女たちはみんな……あれ?
なんだこの違和感。
まるで忘れ物に気づかずに登校しているようだ。そんな日は必ず何か忘れ物をしている。この違和感は無視することはできない。
俺は一体何を忘れているんだ。
作戦の記憶を必死で漁る。
音楽室に突入後、熱中症になっていた舞香へ駆け寄って水を飲ませた。姉ちゃんがヤンデレ化してひなたを始末していた。そして舞香をめぐった戦いになり、俺は格闘戦に負け、地雷を踏み――なにか引っかかるけどこの場面じゃない気がする。
もっと最近か?
最後の生き返りをしたあと、弾切れに気づかず格闘戦に負けて追い込まれた。姉ちゃんが恐ろしい笑みを浮かべて迫ってきた。俺は近くにあった物を投げまくった。この状況をどうにかするヒントにはなりそうにない。
『宗太郎! なんとかしろ!』
時間がない。この作戦でなにがあった?
おい俺の脳みそ。早く思い出せ。
屋上に降下して校内の捜索を始めた。発見されて生指部に連行された。俺を助けるために姉ちゃんが突入し――あの近くにいた人は全員始末された。
これじゃない。
移動中に姪乃浜から無線が入った。ヤンデレが暴れだし、一人の生体反応が消滅したという内容だった。そして外出していて難を逃れた風紀委員長に発見されそうになり――姉ちゃんが始末した。死体もきちんと
これも違う。
無線で指示された通り音楽室にやってきた。中にはヤンデレ化したひなた、熱中症になった舞香、手遅れの栗野と――。
へへっ、まだ残ってるじゃん。
俺はふらりと立ち上がり、姉ちゃんに正対する。
「姉ちゃん、まだ坂本を殺してないぞ」
「坂本?」
「俺がこの教室からまっさきに逃がした女子がいただろ! そいつが坂本だ!」
舞香は俺のことが好きだから殺された。
ひなたも俺のことが好きだから殺された。
それならば坂本も殺されるべきだ。なぜなら――
「あいつも俺のことが好きなんだよ!」
「……じゃあ殺さないとね」
ヤンデレワールドは殺害対象を全て殺害したときに崩壊が始まる。
ならば殺意を焚きつけてやればいい。新たな殺害対象を与えればいいのだ。
ヤンデレワールドの崩壊を食い止める――つまり作戦の失敗を阻止するにはこの方法しかない。
坂本、悪いけど殺されてくれ。
だけど俺が守るから。
『宗太郎、おまえってやつは……』
「なんだ?」
『………………なんでもない』
どうやら俺の
誰がどう見ても作戦失敗に終わる状況。あれをひっくり返すのは奇跡にも近い。
その奇跡を起こした俺は当然のことながら、俺の才能を見抜いてスカウトした姪乃浜もかなりのものだ。
俺は最後の力を振り絞って立ち上がる。
奇跡が起こって作戦は延長戦にはいった。だけどもうこれが最後、奇跡は起こらない。何度も起こらないから奇跡というんだ。
それにこの延長戦は時間制限付き。
俺がやられてしまったら当然だが、あまりに時間をかけていたら大分SSTが到着して姉ちゃんが射殺されてしまう。愛情保安庁にとっては作戦成功かもしれないが、俺にとっては失敗なのだ。
残り10分。
この最後のチャンスは絶対に逃さない。
お互いに臨戦態勢のこの状態。
俺技を誘ったり、返してきた技を返したりなんて高度なことはできない。
できるのは基本的なことだけ。
俺はその基本的な技を先に仕掛けた。少しタイミングをずらして。
目標は襟首。放り投げて――いやせめて体勢を崩して行動を封じ、話をこっちのペースに持ち込むんだ。
繰り出した手はまっすぐと姉ちゃんの襟首に伸びて――あっ!
到着するまえに掴まれた。
最後のチャンスをつかむことができなかった。
そして親指の方向へとねじられる。さっき俺が使った小手返しだ。
あのとき姉ちゃんは蹴りを入れて技を止めたが、俺はそれができなかった。
蹴れなかったのではない。技が早すぎて蹴りを繰り出す時間がなかったのだ。
そのまま仰向けに倒される。そして腕に脚を絡められて軽々とうつぶせにひっくり返される。肘の逆関節を決められて抵抗することさえままならない。
「姉ちゃん、なんで……」
「?」
「なんで俺にこだわるんだよ!」
「だって……だってボクには宗太郎しかいないんだもん」
何が「宗太郎しかいない」だ。そんなわけないだろ。
「嘘つけよ。サバゲーの連中がいるじゃないか!」
「違う!」
「!」
姉ちゃんはひときわ大きい声でそれを否定した。そして音楽室の床に崩れ落ちる。
「あの人たちが……」
俺の質問が姉ちゃんの心のデリケートな部分に触れたらしい。
「サバゲーで知り合いができるまで……、ボクには宗太郎しかいなかったのっ!」
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