Ⅹ 雪辱の騎士(2)

「四つ腕の巨人よ! このドン・キホルテス、今ここに先日の借りを返しに参った! 我が愛しきドゥルジ姫のため、そして、天に召された我が愛馬のため、今日こそきさまの首を討ち取ってみせようぞ!」


 馬は無くとも徒士かちにて突撃を試みながら、キホルテスは眼前の巨人に対して朗々と口上を述べる。


「き、騎士さまぁあああ~っ! どうか、どうかお助けをぉぉぉ〜っ!」


 朝霧に響く大音声に再びの〝白馬の騎士〟登場を知り、ドゥルジアーネは素直な気持ちをついには吐露すると、安堵と恐怖のない混ぜになった声でキホルテスに助けを求める。


「ナンダ? マタウルサイハエカ? セッカクイノチビロイシタトイウニ、コリナイオロカモノメガ……」


 かたや同じく闖入者に気づいた巨人は、赤く爛々と光る眼でキホルテスを睨みつけながら、早々、先日と同じように四本の巨大な腕で殴りかかってくる。


「コンドコソ、ナグリツブシテクレルハ!」


「ドゥルジ姫、今助けるにござる! ……悪魔サブノックよ! 我が剣に堅固なる要塞化の力をおっ! フンっ…!」


 襲いかかる巨岩の如き拳に、突進するキホルテスも手にしたブロードソードを大きく振り上げると、宿る悪魔の名の叫びながら迫る拳にその刃を叩きつける。


 すると、刃根元に刻まれた悪魔の印章シジルが妖しく赤色に輝き、蒼白い光に包まれたその刀身は激しく火花を散らしながら巨人の拳を斬り払って左側へと逸らす……打撃の向きを変えたことにより、キホルテスは見事、殴り飛ばされることを避けたのだ。


「ガハハ…イチドグライサケラレタトテ、コノマエトオナジコトヨ……」


 だが、巨人は微塵も気にかけることなく、やはり先日同様、残り三本の腕で続け様にまた殴りかかってくる。


 一撃目の右上腕に続き、左上腕、右下腕、さらに左下腕と、巨人の拳が間髪入れずにキホルテスへと襲いかかる……。


「…フン! ……ハァっ! ……セイっ…!」


 しかし、その強烈な連打をいともなく、時に斬り払い、時に擦り上げ、キホルテスは連続してすべてを避けきってみせる。


「なんと! 刃れ一つしてはおらぬ……うむ。これならばいける! せっかく直した盾をまたボコボコにせずとも済みそうだ……」


 しかも、これほど激しく打ち合っているというのに、刀身を見れば新品の如く無傷であり、前の対戦時のように折れる気配など微塵もない。


 やはり、堕落の侯爵サブノックの要塞化を施した〝擬似魔法剣〟は、本物・・に及ばぬといえども伊達じゃあなかったようだ。


「コシャクナ……ダガ、イツマデタエラレルカナ? ウォオオオオォー…!」


 攻撃をすべてキホルテスに避けられ、多少なりと頭に血が上ったのか? 咆哮をあげた巨人は前にも増して素早い動きで、四つの腕を振り回しながら連続の拳打を浴びせかけてくる。


「…ハァッ! ……フン! ……セヤっ! ……ていっ! ……この剣、ただ硬いばかりではない……愛刀ということもあるが、なんとも手に馴染む……せりゃっ! ……とうっ…!」


 だが、雨霰の如く降り注ぐ巨大な拳を、やはりキホルテスはその剣技で悠々とすべて退けてみせる……さすがに細い片手剣なので刀身に左手を添えて受け止めることもあるが、巨岩の如き拳に対しても、この小さなブロードソードで対等以上にやり合っているのである。


「ソ、ソンナバカナ……オノレ、ハエゴトキガアァァァッ…!」


「…フン! ……ハァッ! ……セヤっ! ……とうっ…!」


 四つの腕で間断なく打ち込まれる巨大な拳を、なおもキホルテスは剣一本で次々に軽々と捌いてゆく……けして折れることのない疑似魔法剣を手にした歴戦の騎士ドン・キホルテスは、たとえ巨人といえど簡単に倒せるような相手ではないのだ。


 ……いや、それどころではない。これまで幾度となく拳を繰り出してきた巨人の動きは、鷹の如きキホルテスの眼を前にして、最早、完全に読まれてしまっていた。


「コノクソガァァァァーッ…!」


「……! 見切った! セヤァアアアアーっ…!」


 またも怒りに任せて殴りかかる巨人ではあるが、キホルテスはカッ! と眼を見開くと、ついには攻撃へと転じる……迫る巨拳に身を翻すとその手首に剣を振り下ろし、一撃でその太い腕を一刀両断にしたのだ。


「…ハァッ! ……セイッ! ……セイヤッ…!」


 それも一本だけではなく、素早く剣を振り上げ、振り下ろし、殴りかかるその刹那、立て続けに巨人の腕を四本、まるでバターを斬るかの如く軽々と斬り飛ばしてしまったのである。


「ウギャアアアアアーッ…!」


 一瞬にして四つの拳を手首からもがれ、さすがの巨人も断末魔の叫び声を深い霧の中に轟かせる。


「あれほど堅固であった巨人の身体を……なんという斬れ味なのだ……」


 対して斬ったキホルテスの方にしても、自身の擬似魔法剣の鋭さにそのどんぐり眼を見張り、蒼白く輝く美しい刃を驚きを以ってまじまじと見つめていた。


「……オノレ……オノレ、ハエゴトキガヨクモオォォォォーッ…!」


 それでも、拳を失った四つの腕をやたらめったら振り回し、巨人はなおも怒りに任せてキホルテスに殴りかかってくる……ちなみに斬られた手首からは、なぜか血の一滴も流れ出してはいない。


「…フン! ……血も出てはおらぬし、巨人は痛みを感じぬでござるか!? ならば、一気に留めを刺すまでにござる……ハァっ…!」


 襲いかかる拳のない腕に、一旦、背後へと飛び退いたキホルテスはそのタフさに驚きつつも、右手の剣を構え直して再び巨人へと突撃してゆく。


「…とりぁっ! ……その首、もらったでござる! セヤアッ…!」


 そして、迫る腕の一本に抱きつくとそれが振り上げられる動きを利用し、高々と巨人の頭上まで放り投げられた彼はそこから巨人の首目がけて思いっきり剣を振り下ろした。


「ウグァアアアァァァーッ…!」


 再び断末魔の叫び声をあげながら、岩のように巨大な頭がドスン…! と低い音を立てて地面へと転がり落ちる。


「勝負あったでごさるな……」


 同じく地面に着地したキホルテスは、転がったその首の方を振り返ってみるのだったが。


「……チキショウ……ヨクモオレノクビヲ!……ユルサン…ユルサンゾォオオオオーッ!」


 横になった古代風の紡錘型兜を被る巨大な頭は、赤い眼を爛々と輝かせながら恨み言を口にしている。


「まだ生きてるでござるか!? ほんとに巨人は不死身か……」


「グゾオォォォ…! クビガトレテネライガサダマラネエェェェーッ…!」


 また、やはり首の切口からも血は溢れ出しておらず、身体の方も四つの腕はいまだ宙を滅茶苦茶に掻き回している。


「……まあ、さすがにこれでは悪事も働けまいが、少々うざったいでござるな……危ないゆえ、もう少し腕を斬り落としておくでござるか……」


 常識外れなその生命力に唖然とするキホルテスだが、喚き散らすデカい頭と四つの暴れる腕を眺めながら、迷惑そうに眉根をひそめて誰に言うとでもなくそう呟いた――。


(El Caballero Anticuado Y El Escudero ~時代遅れの騎士…と、その従者~ つづく)

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