Ⅶ 通りすがりの魔術師(3)

「……あ、はーい! どうぞ〜ぅ!」


 不意の来客に少しばかり驚いて口を閉ざすマルクの傍ら、サウロがそう返事をすると、ギシギシ立てつけの悪いドアを強引に開けながら、三人の人物が連れ立って入ってきた。


 村長のニコロースと司祭のパーネス・モンテ、そして、ドゥルジアーネだ。


「おお! これはドゥルジ姫。わざわざ見舞いに来てくだされたか。なんという光栄の至り!」


「騎士さま! お目覚めになられたのですね! …グスン……よかった……」


 彼女の姿を目にすると、いつもの騎士道ぶった挨拶を口にするキホルテスに、無事であることを確認したドゥルジアーネも思わずその瞳を潤ませる。


「ゴホン…! 動けるようになったのであれば、すぐにこの村から出て行ってもらえるかの? これ以上、巨人の怒りを買ってはかなわぬのでな」


 一方、二人の間に割って入るかの如く、村長ニコロースは咳払いをすると、キホルテス達に村からの立ち退きを勧告する。


「ああいや、しかしまだ巨人は健在であるし、それがしはドゥルジ姫を守らねば…」


「まだ言われるか! あなたのおかげで我らは三倍の貢物を差し出さねばならなくなったのですぞ! それなのにまだ迷惑をかけたりないと申すのか!? 頼むからもう我らには関わらないでいただきたい!」


 無論、そのようなことは受け入れられず、拒もうと口を開くキホルテスであったが、言い終わらぬ内に村長は激昂し、真っ赤な顔で狭い屋内に怒号を響き渡らせる。


「ちょっと待ってください! それじゃあ、どうあってもドゥルジアーネさんを人身御供にするおつもりですか!? そんなの、彼女に対してあんまりだと思わないんですか!?」


「フン! わかったようなことを。この村にはこの村の事情というものがある。他人にとやかく言われる筋合いはない!」


 今度は主人になり代わり、サウロも参戦して意見をぶつけるのであったが、やはり村長はどこ吹く風である。


「もちろん我らだって辛い。だが、これは村を守るために皆で決めたことなのだ。ドゥルジアーネ本人も納得して、その覚悟を決めている……そうだな? ドゥルジアーネ?」


「……はい……騎士さま、わたしのことはお忘れになって、どうぞ…グスン……早々にこの村をお立ちください……うぅっ…!」


 そして、ドゥルジアーネに同意を求めると、彼女は明らかに無理矢理言わされてる感漂う素振りで、自らの意志とは裏腹な言葉を口に泣きながら小屋を飛び出して行ってしまう。


「本人もああ言っていることです。貴殿の騎士道も立派なものだが、ここは彼女の自己犠牲の精神を尊重してやろうではありませぬか。それが神の教えに則った正しき選択というものでございましょう」


 さらに駄目押しとばかりに、パーネス司祭までもが神の教えをダシに彼女の犠牲を肯定しようとする。


「いや、どう見ても泣いていたではござらぬか! 泣いている婦女子を見捨てるなど、騎士道に反するばかりか神の意志に従うものとも思えぬ! 弱者を助くるが神の教えというものにござろう! それでも、司祭殿は神に仕える者として、これが本当に正しき選択だとお思いか!?」


 彼らのあまりにも理不尽な物言いに、痛々しい姿のキホルテスもさすがに堪えきれず、その湧き上がる義憤から思わず声を荒げるのであったが。


「我らとて、最初は巨人と闘おうとした……だが、勇敢にも闘いを挑んだ者達は無惨に殺され、ご領主に助けを求めようとした者までが非業の死を遂げた……」


 司祭は厳しい表情のまま、どこか悲哀を帯びた声で静かに訥々と反論する。


「私はこの村の司祭として、村の平穏を守らねばなりませぬ……これ以上の抵抗は無駄に犠牲者を増やすだけのこと。あの恐ろしい巨人を倒せぬとなれば、我らに残された道はもうこれしかないのです……」


「し、しかし、だからといって彼女を犠牲にするのは…」


「現に騎士殿とて、そうして巨人に殺されかけたではございませぬか」


「…!」


 それでも納得いかず、なおも意見しようとするキホルテスであったが、彼の傷を抉るようなその言葉にはさすがに押し黙ってしまう。


「旦那さま……」


 それには、サウロも言葉を失ってしまう……この完膚なきまでの敗北が騎士である主人にとってどれほどショックであったことか、従者である彼にも痛いほどよくわかるのだ。


「あの巨人を倒せる者など誰もおらぬのです……この村のことを思ってくださるのであれば、どうぞこれ以上はお関わりになりませぬようお願い申しあげます」


「さ、そういうわけだからさっさと出てってくれ。三倍も貢物をとられたんじゃ、もう村はカツカツだ。これ以上増やされた日には、それこそみんなで首を括るしかねえからな!」 


 黙りこくるキホルテスに、司祭と村長はこの機を逃さんとばかりにさらに畳みかけてくる。


「まあまあ、二人には僕からもよーく言い聞かせておきますんで。でも、村を出て行くにしてもまだこんな容態ですからね。医者としては無理に出歩くことを許可できません。旅ができるようになるまでもうしばらく置いてやってくださいな」


 そこで、言い返すことのできない主従を見かね、包帯姿のキホルテスを指し示しながらマルクが助け船を出した。


「フン! 明後日までは待ってやる! それまでにはちゃんと出てってくれ! また妙な真似をしようとしたらこちらにも考えがあるからな!」


「お医者殿、巨人を刺激しないよう、念のためにあなたもです。では、あなた方にも神のご加護がありますよう……」


 怪我人を前にしては無理も言えず、村長と司祭はそう言い残すと、まだ言い足りない様子ながらも小屋を後にしていった。

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