13・画家と鳥人間

「あれはどこに消えてるんだ? 地下?」 

 エリザが聞いたのは、マトスマデルを目前にして突如消えてしまった、それまで自分たちを肩に乗せて運んできたレグナの行方。

「地下だ。あいつは直接触れた土の構成原子を操る能力を持つ。地下に潜むのはお家芸だよ」 

「凄いな。まるでゴーレムの体を持った魔術師じゃないか」

「”命の書”を守るために、8代目の継承者が、使わない、というその当時の暗黙の誓いをただ一度破ってまで、造り、残してくれた俺たちの守護神だ。守るべき俺たちの方の弱さという弱点さえなければ、ほとんど無敵の存在だよ」

 それがレグナ。“命の書”を守るために、”命の書”によって産み出された唯一の存在。


「ところで、この街にも知り合いがいるか?」

 白いレンガ造りの、教会と呼ばれる、ルメリアでは盛んな方であるミト教という宗教の大きな礼拝所が目立つ通り。突如立ち止まったエリザ。

「いや、心当たりはないけど」

「そうか」

 レイピアの柄を握るエリザ。その緊迫した雰囲気に、ネイサも今おかれている状況を察する。

 時間帯の問題か、信仰心が薄い土地柄なのか、教会の周りも含めて、人は少なく。近くで靴を洗っている人がたてる、ブラシを擦ったり、水道の蛇口ハンドルをひねったりする音すら普通に聞こえるくらいには静か。

「誰かが?」

「ああ、多分2人だ。視線を感じる」

「殺気?」

「違う。どちらかというと好奇心て感じだ。だがかなり警戒もしてる。まだ心当たりなしか?」

「まだね、見当つかない」

 どうやってか、はぐれ魔術師だとバレたのだろうか。

「ドロンには、いろいろな状況を想定した仕掛けをいくつも用意してた。けどここではレグナだけだから」 

「わかってるさ」

 エリザは勘がよく、さらにネイサとそれなりに仲がよいため、互いの事をよく知っている。彼が自分に何を伝えようとしているのか、はっきりいってもらわなくてもわかった。

「安心しろ。私はそれなりには強い、おそらくあの街でのお前くらいには」

「ああ、エリザがいてくれてほんとによかったよ。正直かなりありがたい」

 ドロン以外の場所でかつ、ネイサが1人だった場合は、何者かの襲撃にあった場合に、ネイサが取るべき戦い方はかなり限られる。レグナだけというのはさすがに謙遜が過ぎるが、それでも少しばかり強い敵ならレグナを使わざるをえないだろう。問題はアレが強すぎるがゆえの、人目や、二次被害である。アレはやはり、あくまでも最終手段であり、出来るだけ使うべきではないのだ。

 キーリアはと言えば、あれはおそらく異常だ。彼がドロンで見せた、おそらくは何の準備もせずに使ったような衝撃波。本当に何の準備もせずにあんな事をやっていたのなら、彼はもはや人間なのかも微妙である。まあ人間でないのかもしれないが。そもそもがイザベラだって人間でない訳であるし。人間でなければ魔術師になれない訳でもない。


「来る」

 靴洗いの人はもう自分の家だろう家に帰りいなくなっていた。エリザがそう言って、ある報告に視線を向けた時。

 エリザのその視線の先。数秒後に、さりげなくそこに現れたのは、ハンチングハットがボーイッシュな感じを与える少女と、それほど低い気温でもないのに大きめのマフラーで口元を隠した男性。

「何者?」

 問うエリザ。

「えっと、私はアミィ。画家で、一応魔術師でもあるわ、はぐれだけどね」

 人見知りなのか、少しばかり恥ずかしそうな少女、アミィ。

「俺はシェイジェ。まあ彼女の助手といった所かな」

「ガルーダ?」

 シェイジェと名乗ったマフラー男性を見て、すぐにそうだと気づいたネイサ。

「何て?」とエリザ。

「彼、ガルーダだよ。鳥の亜人あじん

 どういうふうに誕生したのかはわかっていないが、この世界には亜人と呼ばれる、人と獣の特徴を併せ持つ者たちがいる。例によってルメリアでは珍しい彼らは、さらに備えている動物の特徴によって、鳥の亜人ガルーダ、犬の亜人ライカンスロープ、魚の亜人マーメイルまたはマーメイドの三種に大別されている。


「どうして?」

 その即座の見抜きに、かなり相当驚かされた様子のアミィ。

「そのマフラーよく出来てるけど、余計なクリファが混ざってて、それが隙間を生んでしまってる」

「つまりどういう事だ?」

 すぐさま尋ねたのはエリザ。

「彼のマフラーは、魔術によって秘密を守る機能を与えられてるんだ。具体的にはそのマフラーつけてる間は、彼が本来持ってる鳥の、多分ワシ、とにかく鳥の頭と翼は隠されて、他人からはあたかも普通の人間のように見える機能だ」

「だがそれは、なんとやらが過剰なせいで完全ではない、という事か」

 エリザは実にすぐに理解する。我が弟子とは段違いだな、と心底思いネイサは苦笑する。

「まあそういう事だ」 

「簡単に言うわね」

 ネイサを睨むアミィ。

「正直”生命樹せいめいじゅ"の操作には自信があるんだよ。余分なクリファ?」

 ”生命樹”とは10種類ずつのセフィラ、クリファ全てを総称した名称。その直接な相互関係を表した図がちょうど木のように見える事から、そう名付けられている。

「セフィラやクリファの操作には限界がある。普通の魔術師が知れる範囲には」

「あなたは、やっぱり」

「ネイサ」

 アミィと共に、緊張を高めるエリザ。しかしネイサは手で、エリザに任せてほしいと示した。

「ああ、俺はネイサ。”命の書”を継承した魔術師だ」

 それも実にあっさり暴露してしまう。

「いい、のか?」

 エリザにとっては、あまりに意外な流れであった。

「いいさ。ガルーダに、明らかなはぐれ魔術師。どう考えても政府の者じゃないどころか、もしかしたら味方だ」 

「我が一族の事を?」


 亜人の言う一族とは、種ごとの全体である。つまりガルーダであるシェイジェの言う我が一族とは、ガルーダ全体を指している。


「信用できると、先代たちが記録に残してる」

「ああ、君の何代前かは知らないが、我が一族は”命の書”の所有者に恩があってね。何かあれば助けるようにと伝えられている」

 そういう事だった。

「助けか」

 それはまさに今まさに必要としていたもの。

「やっぱり、”命の書”が政府の手に渡ってしまったというのは」

 アミィは、それがどういう事態なのかわかっていないが、ネイサのことを見て、それを察しようとしているようでもあった。

 "命の書"が、ルメリア政府の魔術師の手に渡ってしまった。もうすでにはぐれ魔術師たちの間でも広まっていた噂。

「ああ」

 それからネイサは、ここにはいないイザベラの事も紹介しつつ、ドロンでの事を語った。

 そしてネイサが頼むよりも前に、自分たちで大丈夫なら力になると申し出てくれた。


「でもなんで、俺が”命の書”の魔術師だと思ったんだ?」

 新たな仲間2人に、とりあえず尋ねるネイサ。

「そうね。あなたの持つ常人離れした生命力は、もしかしたらアレ、”命の書”によるものだと思ってね。実際そうなんでしょう?」

「生命力なんて、わかるのか?」

 それがネイサに多く宿っているのは、明らかにレグナがそれを余分にくれすぎたせいだろう。しかしどれくらいの生命力を持ってるか見ただけでわかるなんて、全く未知の能力だった。

「魔術じゃないわ。芸術眼げいじゅつがんよ」

「芸術眼?」

 そんな言葉、ネイサは聞いた事もなかった。

「あらゆる物全ての自然を正確に見る観察眼かんさつがん。つまり物事の状態を察知する能力の1種だな」

「エリザ、知ってるの?」

「観察眼というのは武道においても重要だからな。まあ芸術眼は完全に才能によるものだから、あまり重視されないが」

 エリザは笑みを浮かべ、なかなかに得意げであった。

「ちなみに私は使えん」

 そこはちょっと悔しそうだった。

「俺は使えんどころか、理解すらできないんだけど。自然を正確にってどういう事?」とネイサ。

「真なる芸術も、それを創りだす力も、言葉にするのは難しいものだ」

「緑の森の芸術家レスクルの言葉よ」

 シェイジェが放った言葉の引用元をすかさず暴露するアミィ。

「しかし芸術眼は、誰かの生命力とかを計る技ではなく、もっぱら優れた芸術の特性や、魅力を秘めた題材を察知するものじゃなかったか?」

 芸術眼に関して、生命力がどうこうなどという話を、少なくともエリザは聞いた事がない。

「実は芸術家が見てる生命体の動的な美しさって、生命力なのよ。私は魔術師でもあるからその事に気づけたの。ある時、より正確な美しさを求めて、自分の感じた美しさに”数秘術”の変換をかけてみて気づいたの」

 アミィ自身、それに気づいた時の衝撃は凄かったのだろう。思い出し、興奮した彼女の口はかなり速くなる。

「”数秘術”の変換を抽象的概念にか。まさに芸術家の発想だな」

 正直な所、かなり感心していたネイサ。


 ”数秘術”。

 万物を数字に置き換え、変換を施したり、起源を探ったりする、古代遺跡で発掘されたのではなく、ルメリアで開発された唯一の魔術。その変換は、普通は物理的な量に対して行われるもので、アミィのやり方はかなり斬新なものであった。


「それでネイサ、マトスマデルを出たら、とりあえず俺は別行動をとるよ。どうやら厳しい戦いになりそうだからな。山暮らしの弟に、万が一の場合に備えた一族への伝令を頼んでくる」

「万が一か」

確かにその可能性はある。

「ありがとう」

 今はそれしか言えないネイサ。

「俺、いや俺たちの方こそ、今回の恩を忘れはしないよ」

 まだ”命の書”を取り戻せるかも定かでないから、気は早いだろうが、それでもネイサは強い感謝を覚えずにはいれなかった。微かだと思っていた希望も、もう微かなんかじゃないだろう。


 エリザ、アミィ、シェイジェ。自分たちは決してふたりぼっちじゃない。だからこの世界はきっと……

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