第74話 中庭ランチ
シエンナに引き返す道中、村に立ち寄り泥ゴーレム討伐の旨を百姓たちへ伝える。
領主じきじきのお出ましとあってか、瞬く間に俺たちは村人たちに囲まれた。リベルト伯が馬上から手を振る。
「また魔物が発生したら、いつでも兵士たちに伝えてよ。すぐに駆けつけるからね」
「領主様、ありがとよ」
「騎士の皆さまもありがとう! これで安心して農作業に出られます!」
「流石、我らがシエンナ騎士団だ!」
騎士たちも大いに感謝される。ブルッツ三兄弟も握手を求められたり、世話焼きのお婆から菓子などをもらっていた。
「あんたら、新人騎士かい? 農作業に出られなくて困っていたんだ。ありがとうよ」
「ほら坊や。あのお兄ちゃんたちが、悪い魔物をやっつけてくれたんだよ?」
「わー、カッコいーい。ありがとー」
「まだ若いのによく頑張ったねぇ。さ、お婆の飴ちゃんをお食べ」
「は、はあ、どうも……」
人々に囲まれて、ベラルドが歯切れ悪く答える。
「俺たちなんの活躍もできなかったんだけどね」
「うん。こんなに感謝されるなんてね」
バルトロとルミロンも、どこかむず痒そうにしていた。
「今日のことをよく覚えておくのだ」
そんな三人に、デルツィオが声を掛ける。騎士の周りに集まる村人たちを見やった。
「俺たちが戦う時、我らは常に、ここにいる人々を背にしているのだ。この地、ボールド・シエンナの民をな。魔物、魔族……。あらゆる外敵から民を守る──我らは盾だ。そのシエンナ騎士の誇りと覚悟を胸に、これからも励んでほしい」
「「「はい! デルツィオ騎士長!」」」
「三人とも見事な初陣だったよ」
リベルト伯が横から声を掛けて来て、三人が緊張したように背筋を伸ばした。
「確かに騎士は、領地や領民の盾となり戦う存在だ。けど、剣や槍を振るうだけが騎士道じゃない──今、シエンナに滞在しているリュゼッペくんみたいにね」
そう言うと、笑って三人の肩に手を置く。
「だからまぁ、肩の力は抜いて、無理しない程度に頑張ってね」
「ありがたきお言葉に、返す言葉もございませんっ!」
「頑張ります!」
ベラルドとルミロンが緊張に声を震わせながら答える。
「お、俺は……っ! いつかクロードさんのような立派な騎士になってみせましゅ!?」
バルトロは緊張のあまりに呂律が回らず、変な口調になり、顔を真っ赤にする。それを見てみんなが笑った。
「ああ、楽しみにしている! でも、あんまりクロードの言葉を真に受けすぎて、死に急がないようにね!」
リベルト伯も笑いながらそう返した。
村の者たちに見送られながら、俺たちはシエンナへの帰途についた。
◆◆◆
ガンッ! ガガッ!! ガンッ!
「もういっちょ来ーい!!」
「でりゃーっ!!」
「まだまだーっ!!」
泥ゴーレムの討伐に向かった旅団が帰還する少し前──。
シエンナ領主の館中庭には、騎士たちの掛け声と木剣がぶつかり合う激しい音が響いていた。
「うほーっ! いい! いいですよぉ! 飛び散る汗っ! 若い肉体の躍動っ!」
隅でその様子を興奮気味に描いているのは、旅する画家リュゼッペである。
「皆さーん!」
熱気の籠った騎士たちの声が響く中庭に、よく通る柔らかな声が投げかけられた。
「この声は……」
リュゼッペが近くの扉に顔を向ける。扉の奥から凸凹の影が並んで姿を見せた。普段の稽古場には決して響かない声色に、騎士たちも思わず稽古の手を止める。
「ルージュさん!」
「それにリリィさんも!」
現れたルージュとリリィを見て、騎士たちが笑顔になる。
実はここ数日、ルージュとリリィ、そしてサムライも、ケントたちが破壊した中庭の復旧工事を手伝っていた。
冒険者が騎士たちの稽古場に顔を出すことは普段、滅多にないのだが、晩餐会や裁判の一件で、冒険者ギルドの面々とシエンナ騎士たちはとても親しくなっていた。
「お疲れ様です、騎士の皆様。ランチ休憩にしませんか?」
「お姉さんたちが美味しい物作って来てやったぞ~!」
ルージュとリリィの呼びかけに、険しい顔で稽古をしていた騎士たちの顔が、パッと花が咲いたように明るくなった。我先にと二人の元に集まっていく。
リリィが大きな布製のレジャーシートを広げ、そこにルージュが【アイテムボックス】から食べ物を取り出して並べていく。それを見て、騎士たちがよだれを垂らす。
「うわ、サンドイッチだ、超美味しそう!」
「こっちはホットサンドだ! 俺、大好物なんです!」
「どれもうまそー!」
「ありがて~! 俺、腹ペコだったんだ」
「お二人が作られたのですか?」
騎士の一人が訊く。
「そうだよぉ? お姉さんたちの手作りだから感謝して食べること!」
リリィが腰に手を当てて、騎士たちに人差し指を立てる。
「「「はーい!」」」
騎士たちは笑顔で手を挙げた。
「ふふ、たくさん作って来ましたから、遠慮なく召し上がってくださいね」
「「「いただきまーす!」」」
騎士たちが我先に手を伸ばす。
「う、うめぇ!」
「このサラミ入りのホットサンド、マジ最高っす!」
「こっちのハムとレタスのサンドイッチも、マスタードの絶妙なピリ辛さが癖になる
……!」
美味しそうに食べ物を頬張る騎士たちを見て、ルージュとリリィは顔を見合わせて、思わず笑みを浮かべた。
「ふふふ、こんなに喜んでいただけて、作った甲斐がありますわね」
「そうだね」
「私たちもいただきましょうか?」
「うん! そだね──あれっ!?」
リリィが何かに気づき、言葉を止める。
全身泥にまみれた男たちが、ちょうど中庭に入って来たのだ。
「はぁ~、やっと着いた!」
「ぬかるんだ場所での戦闘は、思ったより体力持ってかれるよな?」
「道場などの整った場で魔物に襲われることなど無いであろう。実戦は決まって場が乱れる。よい経験になったのではないか?」
「確かに。クロード様の言う通りだぜ」
「皆、ご苦労だったな!」
「デルツィオ様も! そしてリベルト様も!」
「ま、全員大したケガもなくてよかったね」
男たちは、それぞれ思い思いに喋っていた。旅団が帰還したのだ。
「おーい!」
リリィが男たちに呼びかける。それで男たちも話を止めた。
「あ! リリィちゃん!」
「それにルージュさんも!」
「ちょ……! お前ら何食べてんだよ!?」
リリィとルージュを囲む騎士たちを見て、泥まみれの騎士が非難の声を上げる。
「ゴーレム討伐ご苦労さーん。俺たちゃ、お先にランチを楽しんでたとこさ」
「お二人の手作りサンドイッチとホットサンドだ。良いだろう?」
「「「なにっ!?」」」
血相を変えて、泥まみれの騎士たちがレジャーシートに詰め寄せた。
「皆様も一緒にお昼にしませんか?」
「あ、だけど君たちは、先に服の汚れを落としてからだよ? しっかりと手も洗ってこないと、バッチイからね?」
リリィに注意されて、泥まみれの騎士たちは思わず自分の身体を見やった。
「早く着替えてこないと、俺たちが全部食べちまうぜ?」
「おいおい、そりゃないだろ?」
「そうだぜ。こっちはな、想像以上に敵の数は多いし、おまけにボス級の巨大ゴーレムまで出現して、大変だったんだからな!?」
言い争う騎士たちに「まあまあ」とルージュが言葉を差し挟んだ。
「慌てなくても、皆さんの分もちゃーんとありますから、安心してください」
「よかったぁ」
「流石、ルージュ姐さんだ」
「お~い、クロちゃーん!」
リリィが離れた場所に立つサムライに手を振った。
「クロちゃんたちも早く来なよ~!」
サムライと、そしてリベルトとデルツィオに向かって呼びかける。リリィの横で、ルージュもまた、サムライを見て手を振った。
「ソーガ様ー! お腹が空いたでしょう? 一緒にお昼にしませんかー?」
「早く、早く~!」
二人の呼びかけにサムライが少し気恥ずかしそうに手を振り返す。
「腹が空いて仕方がなかったんだ。お言葉に甘えて、我々も参加させてもらうとするかね」
「そうですね。せっかくなので頂きましょうか」
リベルト伯とデルツィオが頷き合った。
◆◆◆
昼過ぎてシエンナへと俺たちは帰還した。
中庭ではルージュとリリィが騎士たちと共に、ちょうど
なにやら紋様の入った大きな布を敷いている。
手や顔を洗い、軽く服の汚れを落としてから、俺たちも昼餉とする。
「ほい、クロちゃん、サンドイッチ!」
早速、リリィから三角のパンを渡される。中に色々な食材が挟んであるサンドイッチという名のパンである。
ぱく──。
「どう?」
「うむ。美味い」
「ふっふっふ! でしょでしょ? なんてったって、あたしが作ったサンドイッチだからね」
「ほう」
そんな話をしていると、今度はルージュが俺の横に勢い良く座る。その勢いで、大きな胸がわずかに腕に当たった。
「ソーガ様? 今度は私の作ったホットサンドを食べてくださいな!」
ルージュが両手で差し出してきたのは、波模様の焦げ目のついたパンであった。受け取ると、まだ温かい。
「ほっと、さんど?? それは初めて食べるな。これも、パンか?」
「ええ。美味しいですよ? 召し上がれ」
「頂きます……」
口に運び、齧る。
ザク……ッ!
「美味いっっ!!」
ギョッとして、思わずそのままルージュの顔を見つめた。
そして齧った断面を見る。
このとろりとしているのはチーズなるものだ。挟んであるのは程よく熱せられた卵と薄く切られた玉ねぎと葉野菜。卵には、塩味が付いている。それとマヨネーズなるまろやかな調味油がすべての食材をまとめ上げている。絶妙な塩加減と酸味。それらが一体となって口に広がっていく。
表面はザクザクとして、中はトロトロである。何たる美味……!!
「あ」
夢中で食べていると、ルージュが嬉しそうにこっちを見ていた。俺が手を止めると、くすりと笑う。
「すまない。あまりに美味しかったので」
「いえ、良かったです、喜んでもらえて。たくさん食べてくださいね?」
「うむ」
食べながら騎士たちを見やると、皆、リベルト伯やデルツィオを囲んでくつろいでいた。
「君! ちゃんと食べてる?」と、リリィが突然、バルトロの肩を叩く。
「えっ!? あ、は、はい!」
ビクリと肩を揺らし、バルトロが言葉を返した。
「まだ、たくさんあるから、どんどん食べてね?」
「そうだぞ。ちゃんと食べねぇと大きくなれねぇぞ、バルトロ!」
誰かが冗談ぽくそう言った。
「たくさん食って、背も伸ばせよ! ハハハ」
「分かってますよ!」
少し不機嫌そうにバルトロが返した。パンの欠片を口に放ると、新しいものに手を伸ばす。
「そこのは生ハムとルッコラのサンドイッチ。これがお姉さん激押し! だって、あたしが作ったんだよ?」
バルトロを見て、リリィが胸を張る。
今日はやけに姉御肌を吹かせておるな……。
リリィの様子を見ておかしく思った。
「な、なら、俺はそれを貰います」
「うん! はい、どうぞ?」
リリィがサンドイッチをバルトロに渡す。笑顔を向けられて、バルトロは顔を赤くしてそれを受け取っていた。
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