第69話 サムライ、聖女と薬草採集へ行く

 エントランスホールで待っていると、メルテル殿が姿を見せた。


 メルテル殿は前と同じく修道女の服を着ていた。長い袖の黄色い服だ。スカートと呼ばれる筒状の衣服が足元までを覆っている。ワンピースとか呼ばれる服らしい。胸にはまた、あの光の三神の首飾りも光っていた。


「おはようございます、皆さん」

「メルちゃん! 熱はもう引いたの?」

「はい」


 リリィの問いかけに、メルテル殿は頷いた。


 ルージュもメルテル殿の顔を覗き込み笑顔になる。


「顔色もだいぶ良くなっていますね。安心しました」

「ご心配おかけしました、ルージュさん。看病してくれた皆さんのお陰で、すっかり元気です」

「当然のことをしたまでだよ」

「ええ、大切な仲間であり友ですからね」


 三人の会話を、受付に立つアルマー殿も微笑ましく眺めていた。


 メルテル殿がこちらに顔を向ける。俺も腰を折り頭を下げた。


「おはよう」

「おはようございます、クロード様」

「……」


 昨日よりも血色が良くなったようで安心した。


 だからだろうか。どことなく、昨日までと様子が違う。


「あれっ、メルちゃん、髪型変えたんだ」


 リリィもメルテル殿の変化に気づく。


 メルテル殿は気恥ずかしそうに自分の髪に触れた。


「ええ、少し。変でしょうか?」

「全然、可愛いと思うよ?」

「ええ、似合っていますよ」


 二人にそう言われると照れくさそうに笑った。


 そうか。髪型が違うのか……。


 今日のメルテル殿は縄のように自分の髪を結い、それで自らの髪の毛を纏めていた。こちらでは特に若い女人にょにんがしているのをよく見かける。

 器用なものだと感心して見ていたが、いつもはただ髪を下ろしているだけのメルテル殿が髪を結っているのは珍しい。


「クロード様。どう、ですか……?」

「え? あ、うむ……。良いんじゃないかな」


 訊かれて、少し詰まりながらそう返した。エントランスから外を見やる。今日は天気も良さそうだ。


「少し暑くなるかもしれんが、今日はメルテル殿も一緒に、久しぶりに薬草採集に出かけよう」

「はい、クロード様」

「たまにはお外に出て運動しないとね~」

「ええ。それに陽の光を浴びるのは大切なことですからね」


 四人で話していると、外から誰かが入ってきた。メルテル殿より少し年上の娘だった。


「あの~、おはようございます」

「そなたは……」

「どうも。裁判では母がお世話になりました」

「いやいや、世話になったのは拙者たちの方だ」


 現れたのは薬屋のベラ殿の娘だった。


「あの、アルマーさん。これうちの母からです。新しい依頼をお願いしたくて……」

「どれどれ……、ハハハ! ちょうど良かった。アンタたち、仕事だよ!」


 受け取った依頼文を読み、アルマー殿が俺たちにそう言った。


「ベラから新しい薬草採集の依頼だ」

「だいぶ暖かくなってきましたから、これから夏にかけて葉をつけるハーブの採集をお願いしたいんです」


 娘が続けてそう言った。


「これがリストです。ハーブ数種と、それから野イチゴもお願いできますでしょうか?」


 俺は娘からリストなる紙を受け取る。薬草の名前が連なっていた。


「麻痺に効く薬と解熱の薬を作る材料になるんです。夏までにたくさん摘んで、一年分を作るんですよ」

「なるほど、了解した。請け負おう」


 さっそく俺たちはギルドを出る。


 薬草採集は東の方でよくおこなっていたが、今度の薬草や野イチゴは西の門を出た森の境界によく自生しているとか。


「!?」


 大通りを抜けて、民家が並ぶ路地に差し掛かったところで後ろを振り返る。建物の影から、こちらへと飛ばされる視線を感じたのだ。


 何者だ……? だが、今度はどうやら、俺をつけているのではないらしい。


 得体のしれない視線のその先にいたのはメルテル殿だった。


 まさか……メルテル殿を?


「フェッフェッフェ!」

「!?」

「あ! ブルガお婆様!」


 独特の笑い声。その声を聞いて、メルテル殿がおばばに駆け寄る。ブルガなるお婆だ。

 キノコの毒に詳しく、裁判でもメルテル殿の濡れ衣を晴らす手助けをしてくれた。


 今日も相変わらず、頭巾を被り網かごを肘にかけて、大きな杖を手にしている。


「おやおや、聖女様」

「ごきげんよう、お婆様。裁判では助けて頂き、本当にありがとうございました」

「フェッフェッフェ! わたしゃ大したことはしてないよ。ちょっと毒の鑑定に協力しただけだからねぇ」


 そう言ってお婆が笑う。


「聖女様にも相手にも肩入れはしちゃいない。ただ正直に本当のことを伝えただけさ。その結果、真実を語る者が勝利しただけさね」


 そう言うと、お婆が手を伸ばしてメルテルの頬に触れる。


「心配していたんだよ……。まだ少しやつれているけど、随分元気そうじゃないか」

「ご心配おかけしました。けれど、もう大丈夫です」

「そうかい。今日はみんなでどこかへお出かけかい?」

「はい。薬草を摘みに」


 メルテル殿がそう言うと、お婆が愉快そうに笑う。


「ならば途中まで一緒に行くとするかね! おばあちゃんもキノコ狩りに行くところさ!」

「ええ、一緒にまいりましょう」


 こうして、ブルガのお婆が仲間に加わった。


 俺はもう一度、通りの奥を見やった。


 ……人ごみに紛れて、気配が消えてしまったか。


 気にはなるものの、俺は前を行く四人を追った。


 西の門から出て街道を進み、そして道を南に外れて丘を下っていく。


 南に広がる領主の森との境──丘の斜面や木々の下草に真っ赤な実がたくさん実っていた。目当ての野イチゴのようだ。


 ブウゥゥ────ン!!


 さて薬草採集を始めようとしていると、頭上から耳障りな音が聞こえてきた。


「これは……!?」


 ルージュとリリィが笑顔を引っ込めて、武器を構える。


「魔物なのか?」


 そう問うと、無言で頷いた。


「お婆ちゃん、メルちゃん! 身を低くして物陰に隠れてて!」

「……」

「な、なんの音でしょうか? 虫?」

「ええ、きっとこの羽音は……」


 それぞれに弓とダガーを構えた二人が木々を見上げ、敵の正体を探る。


 ブブブウゥゥ────ン!!


 ブブブウゥゥ────ン!!


 羽音が重なり合っている。何匹もいるようだ……。


 俺は頭上に目を凝らした。


 耳に覚えのある音だ。ちょうどこの季節くらいから活発になり、刺されれば、その毒により最悪は死に至る……。


 ガサガサ……ッ!!


 葉が揺れ、黄色い大きな影が何匹も飛び出してきた。


 それを見て、思わず言葉を失った。見た目はスズメバチか。だが、その大きさたるや、仔牛ほどはあろうか……。


「これまた、デカい蜂だな……」

「あれは、皇帝蜂カイザーアピス!!」


 リリィがそう言った。ルージュも矢を弓に番えながら続ける。


「皇帝蜂カイザーアピス──お尻から猛毒の針を速射してきます! 皆さんお気をつけて! 刺されたら骨まで溶ける猛毒です!」

「なんと……」


 木々の葉を揺らして、次から次へと空へと舞いあがる。その数、十数匹。


「ここは、遠距離攻撃ができる私が!」


 ルージュが一匹目がけて矢を射放つ。だが、相手は空中でひらりと身を躱し、距離を取った。


 シュシャシャシャッ!!


 数匹が尻から黒い針を飛ばしてきた。


「わっ!」

「ぬっ!」


 俺とリリィ目がけて飛んでくる。俺たちは跳び退って躱した。たった今までいた地面に、無数の毒針が突き刺さっている。


 息つく暇もなく、また別の蜂が針を飛ばしてくる。またしても、俺とリリィが狙われた。


「っ! しつこい!」

「お二人とも大丈夫ですか!?」


 木の幹に隠れるメルテル殿が思わず叫んだ。


「俺とそなただけ狙われるな。何か怒らせるようなことでもしたかな?」

「そうか……。あたしたち二人とも黒い服着てるからだ!」


 俺を見てリリィがそう言った。


「黒い服?」

「蜂は黒い色に対して攻撃する習性があるんだ。あの魔物もきっと同じなんだよ!」

「なるほど」


 まあ、相手が的にしてくれるならばりやすいとも言える。


 空へ向かっての攻撃ならば、遠慮する必要はない。逆巻く風で撃ち落とすも良し、逃げてくれるのならそれも良し。


 鯉口を握る。


 古代龍イスドレイクとの戦いの後、ずっと一人で稽古をしてきた技、試してみるか……。


「行くぞ。風刃ふうじん──!」


 素早く抜きつけ、刃を天に向けて抜刀。逆袈裟に斬り上げる。


 パパパンッッッ!!!!


 鋭い斬撃を飛ばす風刃ふうじん──。


 その突き上げるうな鋭い風をまともに食らった数匹が一瞬で弾け飛んだ。


「おやまあ!!」


 お婆が目を丸くしている。


 近くにいた数匹も、きりきりと舞いながら、空高く吹き飛ばされていく。


 地上にも身体を持ち上げられるような風が逆巻く。森の木々や丘の草が音を立てて大きく揺れた。


「すごい!」

「クロちゃん、いつの間にこんな技を!?」

「これが、クロード様の力なのですね……」


 強い風に目を細めながら、三人も驚いたようにそう言った。


「油断するな」


 すべての皇帝蜂を殺れたわけではない。多くの蜂は風に乗るように避けて、再び目の前に現れる。


 ガジガジガジ!!!!


 大顎を鳴らしはじめた。


 怒ったね。


 こう言う敵は、のではなく側面で方がいいだろう。


 広く薙ぐように叩きつける──別の技を繰り出そうと、刀を構えなおす。


 その時だった。


 シュシャシャシャッ!!


 俺一人に一斉に針が飛んでくる。


「クロード様!!」

「危ない!!」

「ハッ!!」


 薙ぎ払おうとして、動きを止めた。


 ッカカカカカン……ッ!!


「むっ!?」

「え??」

「な、なにが?」

「これは……」


 上空の皇帝蜂から地上の俺たちを守るように、中空に青い透明な障壁が現れたのだ。ひんやりとした冷気のようなものを感じる。


 見ると白く凍り付いたように、針があちこちに落ちていた。


「これは【氷の盾】? リリィさんが?」

「な訳ないよ。あたしは【風属性魔術】しか使えないじゃん」


 二人が俺をまじまじと見る。


「ではソーガ様──」

「──な訳ないもんね」

「う、うむ」

「では、メルテルさんが?」

「い、いえ。わたしも魔術は使えません」


 リリィが何かに気づいたように首を傾げる。


「て言うかさ。さっき誰も呪文、唱えてなくない??」

「そ、そう言えばそうですね。それに、あんな巨大な魔法の盾など見たことがありませんよ」

「……むっ?」


 拙者はあることに気がついた。


 何故なにゆえかは知らぬが、ブルガのお婆が空に向かって杖を掲げているのだ。三人もそれに気づいた。


「「「「……??」」」」


 シュシャシャシャッ!!


「また来たよ!」

「くっ!」

「ハッ!!」


 お婆が手の平を天に突き出し、短く叫ぶ。瞬時にあの【氷の盾】とやらが再び現れた。


 ッカカカカカン……ッ!!


「……?? どえぇぇぇぇっ!?」

「なっ、なんと!? ブルガお婆さんだったのですかっ!?」

「お婆様が?」

「そなた、何者なのだ?」


 驚く俺たちを見てお婆が笑う。


「フェーッフェッフェッフェ! わたしゃ、こう見えて若い時は氷の女王と呼ばれていたんじゃよ!」

「氷の女王……」

「お婆さんが【水属性魔術】の使い手だったとは」

「うん。氷の魔術は水属性の最上級だからね」

「そんなにすごいのか」


 俺が訊くと、リリィが真面目な顔で大きくうなずく。


「そうだよ。しかも、あんなに速く展開出来る人なんてそうそういないよ? それに無詠唱だよ! 無詠唱! マジですごいって!」


 ブブブウゥゥ────ン!!


 埒が明かないと見たのか、蜂どもが降りて来た。


「しつこいな!」

「フェッフェ! そろそろ終わらせようかね、キノコ狩りの時間だよ」


 杖を振る。


 シュ────ッ……。


 皇帝蜂の周囲に白い冷気が纏わりつく。


 そして……。


 キピキピ────ッッ!!


 一瞬にして、すべての蜂が氷漬けになった。ボトボトと地上に落下して動かなくなる。


 俺たちはそれを呆気に取られて見ていた。


「やれやれ、済んだわい」


 パンパンと手をはたいて、俺たちを見る。


「さーて、それじゃあ、わたしゃキノコを狩りに森へと行くよ。フェーッフェッフェッフェ! あ、その蜂の素材なら、あんたらにやるから、自由にしていいからね。フェッフェ!」

「う、うん……」

「あ、ありがとうございます」

「お気をつけて、お婆様……」


 三人は半ば放心状態のまま、手を振って見送るのだった。


 お婆がまさか魔術の達人で氷の女王などと呼ばれていようとは、人は見かけによらぬものだな。


 そう言えば、リベルト伯が勝手に森に入るのを嘆いていたが……、よくよく考えると魔物が跋扈する森に一人でキノコ狩りに出かける時点で、あのお婆も只者ではなかったわけか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る