新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―

美風慶伍@旋風のルスト/新・旋風のルスト

新・旋風のルスト ―序―

序Ⅰ ルスト、目覚める

 10月も末、秋が終わり冬が始まろうとする頃、私は自分が生まれ育った邸宅の1室で眠りの中にあった。


 歴史ある国フェンデリオル、その中央首都オルレアの、南部にある高級住宅地の中でも一二を争う規模の大邸宅がある。

 巨大な正門をくぐった先は広大な庭園であり、馬車で走っても正門から正面玄関まで数分の時間を要する。

 広大な敷地の中の白亜の邸宅。総二階建てで本館と別館があり、その他にも複数の別棟の建物もある。

 建物の周囲は四季折々の花々が咲き乱れる庭園となっており、その中でも建物に隣接する場所には天蓋付のティーテーブルが設けられ、親しい人を招いてお茶会を開くこともできる。

 邸宅の中の部屋の数は数十室を越え、それを支える使用人の数に至っては100名をゆうに超えるだろう。

 それらの人々に支えられて、私はその屋敷で暮らしていた。


 そう〝かつては〟そうだったのだ――


 白亜の邸宅の本邸、その南側に面した2階の一番日差しの良い場所に私の私室はあった。壁一面の大きな窓が何枚もあり、その向こうにはバルコニーもある。

 カーテンは分厚く華麗な刺繍模様で彩られている。しかし今はまだカーテンが閉められているので部屋の中に外の明かりは差し込んでこない。


 まだ薄暗い部屋の中には、いくつかの家具や調度品とともに、白いレース地の天蓋が四方から下げられた天蓋付きベッドが据えられている。


 その上で心地よく眠りについているのがルストだ。

 身にまとっているのは透き通るような薄桃色のシルクのネグリジェで、羽毛入りのかけ布団の中にその身を横たえていた。軽やかに寝息を立てていたが、そんな私が眠りについている私室にノックもせずにそっと扉を開けて入ってくる女性の姿があった。


 上下揃いのエプロンドレス姿の彼女は、ノックなしに入って来れるほどの身分の格上の使用人だ。凛とした姿勢のまま部屋の中を横切ると窓際にたどり着き分厚いカーテンを開いていく。冬だというのにすでにふりそそぐ太陽のおかげで部屋は暖かく満たされていた。

 カーテンを全て開けて家の中は光で満たすと彼女はベッドの上の私の方へと歩み寄ってくる。


 そして彼女はそっと声をかけてくる。


「ルストお嬢様、お目覚めの時間です」

「ん、おはようメイラ」

「昨夜は遅くまで来賓歓迎会の接待でしたので、いつもより長めにお休みいただきました」

「そう――」


 私に話しかけてくる女性使用人の名前はメイラと言う。私が信頼を置いている優秀な小間使役だ。

 薄目を開けた先には、ベッドサイドに置かれたサイドボードの上にはガラスケース使用の高級卓上時計が置かれている。その時計の針は8時を示していた。


「あ、もうこんな時間!」


 私は慌てて飛び起きようとする。


「ええと今日の予定は――」


 焦り気味に考えを巡らす私に、私専属の小間使い役であるメイラは私を諭すように声をかけてきた。


「お嬢様落ち着いてくださいませ。今日はまだお休みでらっしゃいますよ? 仕事が始まるのは明日からです」

「ああ、そうか――」


 私は、大きくため息をつきながら自分の銀色の髪を右手で撫でつけながら呟いた。


「三日間の休暇だったんだ」

「ええ、頭からお仕事のことが離れきらないのは分からないでもありませんけど」


 私の慌てぶりに彼女は苦笑していた。


「そうね、特に昨日は南の同盟国であるパルフィア王国からの来賓の接待があったからね。半分プライベート、半分仕事みたいなものだったから」

「ふふ、それは奥様もおっしゃっていらっしゃいました」

「あ、やっぱり?」

「はい」


 私たちは親しげにそんなふうに言葉を交わしていた。


「それでは、朝のお召し替えになられますか?」

「そうね。でもその前に汗を流したいわ」

「はい、承知いたしました」


 私がそう答えると小間使い役侍女のメイラは、ベッドサイドボードにあったちいさなハンドベルを鳴らした


――チリリン――


 心地よい音が鳴り部屋の扉が開いて数人の侍女が姿を現した。その手には私の着替えが一式携えられていた。私はベッドから降りて部屋の中へと歩き出す。

 メイラが中心となって私の着替えを始めようとしていた――


 私の名前はエルスト・ターナーと言う。表向きの仕事をするときと、特に親しい侍女であるメイラとの間ではこの名前で呼んでもらっている。だが、それとは別にもう1つ本当の名前も持っている。


「エライアお嬢様が朝の湯浴みをご希望よ。ガウンに着替えを」


 メイラの言葉と同時に侍女たちが集まり私の着替えを始める。

 エライア、それは私のもうひとつの名前だった。

 この巨大な邸宅の所有者の家族としての名前だ。

 この国で最も身分の高い十三の上流階級、その1つモーデンハイム家の当主の家族なのだ。

 この身分として振舞う時は『エライア・フォン・モーデンハイム』と名乗ることになる。


 姿見の鏡の前で着替えを始める。

 ナイトキャップを外し、ネグリジェの襟元の紐をほどき、2人がかりでネグリジェを脱がす。私は寝てる間は胸元を締め付けない主義なので当然胸元の下着はなく、腰回りのパンタレットだけだ。その私の胸元にシルク製のブラレットを付け、さらにその上にガウンを着せてくれる。

 寝乱れた髪をブラシで軽く梳いて乱れを整えて出来上がりだ。

 鏡に映るのは白い素肌にプラチナブロンドヘアに翠眼の女性、私の視線に他の人々は何よりも強い意志を感じるという。


「さ、それではバスルームへ」

「ええ」


 こうして私の1日がまた始まったのだった。

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