ルストとドルス語らい合う ―赤い髪の女について―

 クリスタルプレートの念話装置をベルトポーチにしまい込み、私は建物の外へと出る。するとそこには歩哨役を終えたドルスがたまたま佇んでいた。


「隊長? どうした? こんな朝早くから」

「あら、ドルス。昨日の戦いの後を確かめてたの」


 私はあのことを口にする。


「今回の組織の首領が女性でしょ? しかも思ったよりも若かった。私と同い年くらいじゃないかしら」

「ああ、あの赤い髪の女か」

「彼女、どうしてる?」

「そうだな、自分を支えていたものを全部むしり取られてすっかりしょげてるよ。とても国家機密を犯すような大それた人間には見えないな」


 私は小さくため息をついた。


「残念ね。これだけの組織を率いていたのだから、その力と努力を違う方に向けられれば」


 私はそう思わずにはいられなかった。ドルスもつぶやく。


「まぁ、分からないでもないがな」

「それで彼女の世話は?」

「俺の部隊のクレスコにやらせてる。こう言うのは同性でないと問題が起きるからな。激しく抵抗するかと思ったが思ったよりも素直に言うこと聞いてるよ」

「着衣は? あの戦闘装束のままと言うわけにはいかないでしょう?」

「それも抜かりはない。クレスコが上手く説得して、急いで用意させた女性用囚人服に着替えさせた。ド派手なメイクもクレスコが説得して落とさせてる。もう誰も威嚇する必要ないって言ってな」

「女性犯罪者は取り扱いが難しいからね。精神的にも取り乱しやすいし。私以外にも女性が一人居て助かったわ」


 ドルスは頭を掻いていた。


「それでな、軍本部からの情報提供で首領の素性が割れた」

「教えて」


 私の求めに彼は語り始めた。


「名前〝パリス・シューア・ライゼヒルト〟現在18歳、ルストお前と同い年だ」

「やっぱり。年の頃は近いんじゃないかと思ってた」

「パリスは元候族のご令嬢で詐欺師集団に実家を乗っ取られて、娼館に売り飛ばされたあげく、搾取されてこき使われ、それに耐えかねて娼館を脱走して窃盗集団に身を寄せたそうだ」

「そしてそこから密輸組織につながるわけね」

「相当苦労したらしいがな。調査記録では堕胎の事実が2度あるそうだ」

「堕胎――」


 私は思わず声を失う。娼館に売り飛ばされたと言うからそのときの事だろう。


「ご家族は?」


 私がそう問えば、ドルスは辛そうに答えた。


「離散した。父親は自死し、母親は娼婦として売り飛ばされて感染症を患ったとされている。現在では消息不明だそうだ。親族も一切絶縁して無関係を装ってる。助けようとしたやつは誰もいないってよ」


 まるで不幸を不幸で塗り固めたようなそんな人生だった。


「動機については?」

「政府や役人への復讐だな。金儲けはどうでも良かったらしい。ただただ、正規軍と政府役人への恨みつらみばかりだ。乗っ取りが行われた際にあらゆる訴えが無視されたそうだからな。ただ俺個人としては流石に同情するよ」

「当時の警察は何をやったのかしら?」

「何もしていない。と言うより事件の首謀者はとある上級候族で、被害者家族が訴えてくることを最初から想定して対策を打っていた」


 彼の言葉に私はある確信を抱いた。


「それで軍警察にも裁判所にも紋章管理局にもどこに訴えても受け付けてくれなかった?」

「そうだ。万策尽きて彼女の家族は離散して今に至るというわけだ」

「ひどい話ね。それで今回の事件の遠い原因だった乗っ取り事件はどうなったの?」


 その問いかけにドルスは言いにくそうにしていたが思い切って教えてくれた。


「それが最近になりようやく関係者が特定されて逮捕拘束されていた。その中の一人にルスト、お前の元父親が関与していたんだ」

「〝あの〟男が?」

「ああ、詐欺師集団の由来や素性も、推して知るべきってところだな」

「その乗っ取り事件さえなければ、彼女も今頃は幸せだったんでしょうね」


 私は図らずも彼女に対して罪悪感を感じていた。

 私の父親はひどい人物だった。やりたい放題やって他人を踏みつけにして、今では檻の中で自由を奪われている。

 私の元父親は権力に取り憑かれ、横暴を極めた挙句、国を売り飛ばすような行為を働いて、祖国を危機に陥れた。結果、企みは失敗して一族からは追放されて今では居なかったことになっている。

 風の便りに精神系のサナトリウムに幽閉されていると聞いた。もう何年も顔を見ていない。

 彼の被害者と思しき人が私の目の前を通り過ぎるとてつもなくやるせない気持ちになる。そんな私を慰めるようにドルスは言った。


「でも同情はできない。彼女はこの国に生きる者として超えてはならない一線を超えてしまったからな」


 ドルスは真剣だった。


「軍事的重要機密の国外漏洩、それだけでも十分に刑場送りだ。助命の余地はない」

「ええ、そうね」


 それが現実だ。人は自分自身が起こした行動のその結果を甘んじて受け入れねばならないのだから。私はさらに言葉を続けた。


「そもそも、精術武具の密売は以前からありました。ですが今回改めてはっきりしましたが高級品の盗難や転売ではなく普及品の密輸出が増えています」

「ああ、非常に危険だ」

「これまでに判明した密輸ルートは大まかに二つ、今回のように東の国境を越えてフィッサールの領域を目指すルートと、南の山岳地帯を越えてパルフィアを目指すルートです」

「ああ、そしておそらく密輸出先は――」

砂モグラトルネデアス


――トルネデアス帝国――


 長い歴史を持つ砂漠の大帝国で、私たちフェンデリオルとは1000年以上の長い歴史の中で対立を続けてきた不倶戴天の敵だ。


「彼らに精術武具が渡ることだけは阻止しなければなりません」

「ああ、軍事バランスが傾きかねない」

「その通りです。だからこそたとえ小さな組織でも密輸が割に合わない仕事だということを天下に示さなければならないのですから」

「そうだ。お前の言う通りだ」


 私たちは頷きあう。そして私は彼に言った。


「行きましょう。野営地で朝食の準備が始まってるわ。そのあと少し仮眠をとるといいわ」

「ああ、そうさせてもらう。色々細かい仕事もやったからほとんど寝てねえんだ」

「ふふ。お疲れ様」

「じゃあ行こうか」

「ええ」


 こうして密輸組織の制圧作戦は成功裏に終わった。

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