The 13thバトル ~海と幼女とスクール水着②~
生麻紗妃。25才。
色白できめ細やかな肌。仕事をしているときとは違い、地味に後ろで一つに束ねた黒髪と麦わら帽子。可愛らしい水着を隠すよう羽織ったパーカー。
一人でいると地元の高校生にナンパされるほど幼い容姿をしているが、立派な一児の母である。
「ロリコンがこれ一緒に食べていいって!」
「そう。ちゃんとお礼言った?」
「あ……」
「食べる前にきちんとお礼言わなきゃダメよ」
「――ロ、ロリコン! これ、ありがと!!」
母に言われると弱いのか、いつも以上に素直な愛姫が逸馬へと叫ぶ。
「お母さん、さっきのロリコン見てた? 私が言った通りに騙されてね、海に飛び込んじゃって」
「ちゃんと見てたわよ。ちょっと笑っちゃったわ」
「この前なんかね――」
紗妃へと満面の笑みで語りかける愛姫は、海に来たからという以上に、紗妃と来ることが出来て嬉しそうだった。
秋人たち友人の前では恥ずかしいのか鳴りを潜めるが、二人になると途端に息つく間もなく喋りかけている。
「それで、ロリコンがお店の人に怒られて」
「ふふ、松井さんらしいわね」
「おい、クソガキ親子。人の話を肴にしてんじゃねぇよ」
「あー、ビール飲んでるー」
「ふざけろ。帰りも運転なんだからノンアルに決まってんだろ」
夏期休暇を利用した海水浴に、逸馬は半ば強引に紗妃を引っ張りだした。
休みの一日ぐらい取れるだろうと、無理やり仕事を休ませたのだ。
そのため、レンタカーで借りたワゴン車は定員ギリギリだった。
「愛姫ちゃーん、秋人くんがゴムボート乗ろうってー!」
「今行くー! それじゃお母さん、ちょっと行って来るね!」
「あんまり深いところには行かないようにね」
「うん!」
小夏に呼ばれた愛姫が波打ち際へと駆けていく。
忙しないなと逸馬が呆れながらに笑った。
「お前は運転ないし、せっかくだから何か飲むか?」
「いえ、私そもそもお酒そんなに好きじゃないので」
「まぁガキがいるのに前みたいに酔っ払ってもあれだしな」
「あ、あの時の話はしないで下さい」
紗妃が頬を染めながらそっぽを向く。彼女は酔いが回るのは異常に早いが、記憶を無くしたりするようなタイプではなかった。
そのまま二人でシートに並んで、ボートから落とし合いをしたり、ひっくり返る子供たちを遠目に眺める。
「お前は行かないのか? せっかくなんだからクソガキと遊んでくればいいじゃねえか」
「……私は、どう遊んでいいか分かりませんから。海来るの、初めてなんです」
「はぁ? マジで?」
「海を見ることはあっても、こんな風に来ることはありませんでした」
「よく水着持ってたな」
「プールなら若い頃に行ったことありますから」
「若い頃ってまだ十分若いだろ。いくつぐらいのこと言ってんだよ」
「愛姫が生まれる前なんで、中学生の頃だったと思います」
「……え、それ中学生の時のもんなのか?」
そう問われた紗妃が無言で顔を真っ赤にし、パーカーに膝を入れて縮こまる。
逸馬は何故だかは分からないが謎の犯罪臭を感じていた。
「お前さ、娘のこともそうだけど、もっと自分も含めて遊んだ方がいいぞ。大変なのは分かるけど、自分から楽しいこともちゃんと作らないと疲れてく一方だろ」
「それは、そうなんですけど……」
「この前言ってた、クソガキを独りにしたくないってやつか」
逸馬の言葉に無言のままこくりと頷く。
その横顔は、夏の海に似つかわしくないものだった。
「気持ちは分かるけど、あんまり焦るなよ。お前なら子持ちだろうがその内いい男見つかるって」
「他人事だからそう言えるんです。何の根拠もないじゃないですか」
「若い、見た目がいい、馬鹿だけど一生懸命。女の魅力の根拠なんざそんなもんで十分だろ」
「もしかして口説いてますか……?」
「ふざけんな」
別に下心があって言ってるわけではなく、特にそういう感情を抱いているわけでもない。
ただ逸馬は贔屓目を抜きにして客観的に見ても、紗妃は良い男にもらわれておかしくない人間だと思っていた。
「けど、今まで私にそういう言葉をかけてくる人って」
「そんなんだからダメ男しか引っ掛けねぇんだよ。一回頭冷やしやがれ」
そう言うと、問答無用で紗妃のパーカーの首根っこを掴み、海の方へと引きずっていく。
「ちょ、ちょっとどこに向かっ、――きゃあっ!!」
そして、動揺しながら抵抗しようとする紗妃を、そのまま放り投げた。
細く小さな身体が宙に浮き、そのまま海面を叩いて水飛沫が舞う。
「けほっ、けほっ! ひ、ひどいです!! 何するんですか!」
「ふははははっ!」
沈むやいなや、立ち上がった紗妃が憤慨した。
乱れた髪や海水にむせ込むその様子を見て、逸馬も海に入りながら笑って答える。
「遊び方なんてのは考えながらやるもんじゃねぇだろ。楽しいかどうかが大事なんだから、取り合えず遊んでみろよ」
「私、水浸しになっただけなんですけど」
「男のことしか考えてない脳みそも、それでちょっとは冷えただろ?」
紗妃がムッとした顔で僅かに頬を膨らます。
しかし、すぐ何かに気付いたような素振りを見せ、逸馬がそれを見て背後の方へ振り向きかける。
紗妃がそれを遮るよう、すぐそばに浮いていた麦わら帽子を手に取り、海水を汲んで逸馬の顔へと帽子ごと投げ付けた。
「ぶっは!! てめぇ、なにしやが――」
「ドーン!」
かけられた海水にむせ込んでいると、不意に真後ろから衝撃を受け逸馬がそのまま海面へと倒れ込んだ。
小夏たちが乗っていたゴムボートである。
水辺に二人の姿を見付けた一向は、迂回するようにして逸馬の背後に回り、5人でボートを漕いだり押したりしながら全速力でぶつかったのだ。
「愛姫の母ちゃん、ナイスサポート!」
「あははは、ロリコンそのままひいちゃった」
「あれ? おじさん浮いて来ないよ?」
「え?」
一瞬の間が空いた後、ボートの端が勢い良く持ち上げられた。
乗っていた女子三人がバランスを失い水の中へと落ちる。
別に逸馬は落とすことを狙っていたわけではない。
倒れた直後に立ち上がろうとした逸馬は、自身の上へ滑りこんできたボートに邪魔されて水面に出れず溺れかけたのだ。
「殺す気か!! 危うくニュース沙汰だ!」
逸馬が子供たちに必死な形相で怒鳴り付ける。その顔面は鼻や口から海水がたれ流しであった。
その様子を見て、紗妃がクスクスと可笑しそうに笑う。
「おっさん、死にかけじゃん」
「あは、あはははははは!」
愛姫たちもまた、そんな紗妃と逸馬を見て心底楽しそうに笑った。
逸馬はまんざらでもない気持ちで鼻を鳴らして海水を抜くと、手近にいた秋人の両脇を掴みジャイアントスイングさながらに放り投げた。
「覚悟しろよ、てめぇら!!」
そのまま、逸馬も紗妃も日が暮れるまで子供達に混ざって遊んだ。
二日後、数年ぶりの筋肉痛が逸馬を襲うのは言うまでもなかった。
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