第28話

 瞼が微かな痙攣を感じた。瞼を開けようとすると強烈な純白の光を感じたので、しばらく薄めの状態でいた。純白の光の眩しさに慣れてきたので、少しずつ瞼を開いていった。純白の光を浴びて、無数の色の光が輝いて私を取り囲んでいた。無数の光を反射させていたのは、見覚えのある光景であった。壁一面を覆っている超薄型の大画面のテレビ。テレビで見た高級マンションよりも遥かに高級そうに見える部屋。

 この記憶は私のタイムスリップに関する記憶の中にある。私の記憶が確かであれば、ここは50年後の2070年である。私の意志は50年後の身体、77歳の身体に移ったのか。

 私は衝動的に77歳の私の顔を見たいと思い、部屋を見まわそうとした時、心地良い鐘のような音がした。テレビには、私が17歳の頃まで住んでいた家の外観がアップで画面全体に映っていた。その画面の左下に鏡のようなものが映し出された。その鏡のように見えるものに白髪の男の顔が映っていた。それは2070年の世界に存在している私の身体の顔であることがすぐにわかった。

 今日の日付を確認しようと新聞が部屋にないか探そうと思った瞬間、心地良い鐘の音のような響きが、テレビの方から聞こえてきた。私の顔を映していた鏡の背景となっていた家の外観の風景の代わりに、新聞の一面が背景として映し出された。新聞の日付が表示される欄には2070年5月11日と表示されていた。

 私がこれまで経験したタイムスリップは、夢ではないかと思ったりもしたが、現実だったのか。でも私になぜこのようなタイムスリップの現象が起こるのだろうか。このタイムスリップの現象には何か意味があるのだろうか。

 私の意志は、2020年の現在の世界に存在していた。その現在の世界の10年前の2010年の過去の世界と50年後の2070年の未来の世界に、私の意志は行ったり来たりしているのか。

 なぜこのような現象が私に起こるのだろうか。テレビで『私の街の風景』を見ている時に、このような現象が起こることが多かったように思える。『私の街の風景』と私が経験してきたタイムスリップの間には何か関連性があるのだろうか。

 私はなぜ50年後にこのような高級なマンションに住んでいるのだろうか。この部屋の壁一面を覆っている、超薄型の大画面のテレビは何だろうか。音声認識のテレビならばわかる。私の意志が存在する現在の世界の2020年では、家電店で見かけたことがある。今2070年の世界で、私の前にある大画面のテレビは、私が心の中で思っていることを読み取っているかのようだ。こんな信じられないことがあるのだろうか。この大画面のテレビとタイムスリップとは何かの関係があるのだろうか。タイムスリップの現象に比べれば、人の心を読み取る現象など取るに足りないことなのかもしれない。

 2070年の世界において、このテレビによる現象に驚いている一方、私の心の中では、先ほどの2020年の世界で経験したことが気がかりであった。

 私が17歳の頃まで、住んでいた家を調べるために、県道を隔てて斜向かいにあるコンビニに入った。コンビニでおにぎりとペットボトルのお茶を買って、窓際のカウンター席に座って、家を観察していた。

 あの同じ女性が、家の玄関前まで来た。鍵を取り出し、玄関の扉を開け中に入っていった。私はコンビニを出て、県道を横切って、家の玄関前に来た。ボタンを2度押したが、何の反応もなかった。表札の名前が確かに、父と母との姓であることを確認していたので、中に入っていった。

 家中見たけれど、彼女の影も形もなかった。家の中のほとんどすべてが、私が17歳の時に住んでいた時とほとんど同じであった。

 家を取り囲んでいる広大な畑の一部には、叔父叔母たちの家が建っていたはずなのに。広大な畑には何ら建物が建っていなかった。広大な畑はよく手入れされていた。両親が亡くなってかららの10年間、誰がこの家と広大な畑を管理していたのだろうか。

 登記所でコピーした登記簿をみると、依然として家と畑は父の所有になっている。両親は亡くなっているのに、なぜまだ土地建物の所有権が、父にあるのだろうか。亡くなっている人になぜ所有権が存在しているのであろうか。

 テレビの大画面の中央に、叔母の一人の写真が、父の妹の一人が映し出された。その叔母は結婚して東京の団地に住むことになった。夫は会社員であった。

 私は何か奇妙な感覚に襲われた。私の意志が彼らの、叔父と叔母の記憶の中を自由にさまよっているような感覚だ。彼らの過去の中を自由に移動しているようにも感じてしまう。

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