第24話

 50メートルくらい離れたとこらから、私はじっと17歳の頃まで住んでいた家を見ていた。『私の街の風景』に出てくる家の外観であった。この家を父はいつ建てたのか、いつ購入したのか私の中にははっきりとした記憶はない。今回登記簿を見てそれが、私が小学校低学年の頃であることが分かった。

 私は私が17歳まで住んでいた家の周辺を、しばらく歩いた。私の記憶との違いに愕然とした。私の家の周辺が広大な農地であった。よく綺麗に手入れされた農地であった。

 私の記憶の中では、この広大な農地の一部には家が建っているはずである。父の弟二人にはこの家から歩いて行けるくらいのところに祖父は土地と家を与えた。一番下の弟は、街中の一等地に土地と店を構えていた。これももちろん祖父が購入してあげたものだ。父の妹の一人も結婚した時ここから歩いて行けるくらいのところに、これは農地の一部であったが、祖父が家を建てあげた。また他の父の二人の妹は、結婚した時、東京に居を構えた。一人は団地に住み、もう一人は店を構えた。これももちろん祖父が購入してあげたものだ。

 団地に入った父の妹の夫は、会社勤めであったが、仕事が原因であっただろうが、絶えず胃痛を訴えていた。それでついに会社を退職して、父のところに泣き寝入りして、父の家の蔵を改造して住むこととなった。程なく近くに住んでいた父の妹夫婦は新築することとなった。それで今まで住んでいた古い家を、父の家の鯉が泳いでいた池を埋めて、その上に引っ張ってきた。もう一人の東京にいた妹夫婦、彼らは店を構えていたのであるが、やはり店がうまくいかずに父のところに泣き寝入りしてきた。祖父が街の一等地に立てていたアパートがあった。そのアパートには空き部屋があってそこに入ることになった。もちろん家賃を払うことなしに。この妹夫婦もやがて、祖父が亡くなった時、遺産相続として分割してもらった農地の一部に家を建てて移り住むことになった。街の一等地に店を構えていた弟は、多額の借金をして店を建て替えた。しかしそれは騙されたようなもので、店は赤字になり多額の借金を返すことができずに、そこを売り払って別の所に中古の家を購入して移り住んだ。そこにいても結局借金を払うことができずに、父のところへ泣き寝入りしてきた。父のその弟の言動は今振り返ってみると強盗まがいのものだったと思う。果樹園だった畑の果樹を、ブルドーザで引っこ抜き、調整区域であるのに建築許可なしで家を建ててしまったのである。多重債務の中でなぜ家を建てることができたのかと思うのであるが、おそらく今でも建築費を払っていないのかもれない。

 私が17歳まで住んでいた家の周辺は、私の記憶と全く違っていた。周辺には父の弟妹、つまり私の叔父叔母のが家あるはずなのに、一軒もないのである。

 私が17歳まで住んでいた家の玄関先まで来た。表札には父と母の名前が書いてあった。私の名前はなかった。

 家の前にある県道は以前のままだった。その県道を隔てて斜向かいにコンビニがあった。私の記憶の中にはないものであった。

 コンビニでおにぎりとペットボトルのお茶を買うと、窓際のカウンター席に座った。私が住んでいた家の玄関を観察しながら、おにぎりを食べていた。おにぎりを食べ終えて、ペットボトルのお茶を飲み干した後、私が住んでいた家に近づいて行く人影が見えた。

 その人影は、身を凝らして見ていると、二十代くらいの女性であることがわかった。その女性は鍵を取り出して、玄関扉を開けて、中に入っていくのがわかった。

 コンビニからすぐに出て行って、県道を横切って、私の住んでいた家の玄関前まで行く。インターンホーンを押して、中に入っていった女性と話して、聞きたいことをすべて聞き出す。この行動パターンが私の頭の中に真っ先に浮かんだ。しかしそれを行動に移すことができなかった。

 私にとってあまりにも不可解であるこの状況をすべてに明らかにしたいという好奇心にも似た感情よりも、状況が明らかになることにより私に訪れるかもしれないショックが恐かったのかもしれない。

 死んだはずの父と母が生きている。多額の借金のゆえに競売にかけられて売られているはずの家の表札には父と母の名前が書かれている。登記所でコピーした登記簿に書かれている現在の所有者の名前は父の名前である。所有権が父から他の人に移りまた父の元に戻ったのでもない。家を購入したのが父でありそれ以後の変更の記録はないのである。抵当権を設定した記録もない。一戸建ての家を現金で建てたというのだろうか。家は農家で、その家を建て替えたものである。旧家屋を解体してこの家を新築したのであるが、解体費用も含めてこの家だとかなりの費用がかかったと思う。それを現金で買うことができたという。そのお金はどうしたのだろうか。

 家の鍵を開けて入っていったあの女性は誰なのであろうか。私の両親とどんな関係があるのだろうか。

 私は混乱したので、とにかくその日は自分のアパートに帰り、このことを部屋でじっくりと考えることにした。

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