第22話
翌日、平日だったが、仕事がなかったので、生まれて初めて登記所というところに行って、登記簿というものをコピーしてきた。登記簿なるものを見たのも初めてだった。そしてその同じ日に、時田に登記簿の見方を教えてもらいに時田の家に行くことになった。
時田から以前聞いていた住所を頼りに、時田の家を探すと、すぐに見つけることができた。
「時田の家、立派なのでびっくりしたよ。なんで大学やめなきゃならなかったのかって思うよ」
「私立の医学部だったから、学費が信じられないくらいの額だったんだ。父は家を売ってでも大学を卒業させようと思ってたようだけど、両親が老後を借家で暮らしていくことを、考えたらとても大学を続けようとは思わなかったよ。自己退職にしてもある程度は退職金が出るし、それで家のローンの残りを払えば、両親の年金と俺の派遣での給与で、細々とやっていけばどうにかやっていけると思ったのさ」
「時田は今大学の通信教育で、教員免許を取って、採用試験を受けるんでしょう」
「でも、それは選択肢の一つに過ぎないから。必ずそれしかないというものではないから。去年は新型コロナウイルの問題など影も形もなかったから、通学生は普通に授業があったし、通信制はスクーリングというものがあった。スクーリングの時の授業で教育現場のことをいろいろ聞かされたんだけど、学校の先生って大変そうだなと思えて。それに今教員免許って更新制があるんだね。折角、免許を取っても10年ごとに講習を受けて更新しなくてはならないんじゃ大変だなと思って」
「他に何かやりたいことがあるの?」
「ゲノム、DNA、ウイルスに興味があるから、この方面の研究をしている研究所でも施設でもいいから、そこで働いてみたいと思っているんだ。もちろん研究者としては無理だし、そんなこと思ってもいないよ。何か技術員か事務の手伝いでいいんだ」
「時田のような能力のある人がもったいないな」
「それを言ったら、横川だって同じことだよ」
いつもののように仕事が終わってから、時田と雑談をしたが、その日は最後に、私が登記所でコピーしてきた登記簿の見方を時田に説明してもらった。私が持ってきた登記簿を使って登記簿の見方の説明を時田はしてくれたので、私が高二の時まで住んでいた土地建物の登記簿の内容は大体内容がわかった。
登記簿の内容を見てわかったことは、普通ありえない不可解なことがあったことであった。タイムスリップする前の我が家の大変な状況の記憶が私の脳にははっきりと残っており、その記憶に照らし合わせた場合、その不可解さがありありと実感できるのであった。
登記簿を説明してくれた時田は、意外なことにほとんど気に留めている様子もない。単に間違っただけで、それに気がついてないだけじゃないか、とあっさり言って、結論付けている。
これは、私と時田の状況が一見似ているようでも、実際にはかなり違っているのかもしれないと思った。時田は父の失業の件で、家のローンなどの面で父の事務的な手伝いをかなりしたことで、いろいろ覚えた。時田の父は鬱になってしまったということもあったが、仕事を辞めてからすぐに治ったということもあって、財政面での決断は父ができた。しかし、私に財政面を含めてのあらゆることが降りかかってきたのは、両親が亡くなってからであった。親がいるかいないかは、決定的な違いであった。結局のところ時田は両親が健全であるので切実感というものが私とは全く違っていたのであった。私はこの次元での話はやめようと思った。今日はとりあえず家でゆっくり考えてみようと思った。
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