第二四部「繭の影」第2話 (修正版)
『 株式会社
それが
名前の由来は、
誰からも反対はない。
株主は
社員は代表取締役の
もちろん
その〝
登記上の会社の住所もここになる。
──……
なぜか、
相談所の場所は以前と同じ場所。繁華街からは少し外れた二階建ての古いテナントビル。一階のコンビニもまだ無事に経営を続けていた。そんなことですら
当然、色々なことを思い出す場所でもある。
ビルを見るだけ。
ドアを見るだけ。
ドアを開けるだけ。
それだけで、否応なしに
嫌ではなかった。
それでいいと思った。
未だに
だからこそ、そのことを忘れたくなかった。
総て受け入れるべきだと感じていた。
だからこそ、入り口を入ってすぐの場所に自分と
そこにいて欲しかった。
相談所自体は以前とはだいぶ雰囲気を変えた。以前は入口横にあった受付のカウンターは無い。オフィスの中心に小さなカフェテーブル。そのテーブルを挟んでソファーが二つあるのも変わらないが、やはりその位置と周囲の装飾はだいぶ変化していた。昔の面影は薄い。以前ほどの派手さは落ち着いていた。
──……
いつも
この夜も、やはりそれは変わらない。
ソファーの一つには
「
代わりに返ってきたのは
「私はビール」
「あるわけないでしょ」
即答した
「もう深夜なんですけど」
「残念。ここは仕事場です」
やげて全員の前にコーヒーが並んだ。
最初に口を開いたのは
「つまり、母親もこの
その
「しかもそれは昔から伝わってきたものだったってことか…………」
「
「あれは間違いなく
不思議な夢だった。
目が覚めてから
〝 助けて下さい……
救わなくてはなりません
救わなくてはならない人々が
まだ……………… 〟
間違いなく見せられたと
それは別の形で夢を見た
「まあ、私も久しぶりに夢で見た……
「まあね。お金にはなったでしょ」
そして、僅かな振動。
外の階段を登る足音。決して真新しい階段ではない。雨ざらしの
やがて開かれたドアから入ってきたのは、険しい表情の
そして顔を上げる三人にも構わず、左手に水晶────〝水の玉〟を絡めた。
ソファーの横で膝を曲げ、
「……探してたのは…………この人で間違いないのね?」
「そう思うよ」
「
「それは
その
「さっき
今回、
「……また…………深いことになりそうね…………」
その
一瞬で何かが変わる。
返すのは
「だから
そして
「しかも仕事を途中で切り上げて……」
「
「最近はガソリン代も高いのよねえ……」
その流れを
「そのネタ掘り返すの何度目よ。
「ま、なんとなくそうなるかなって」
「分かってたならさっさと仕事しなさいよ」
「怖い経営者様ですこと」
そこで、再び空気が変わる。
「…………これ…………」
その、呟きのような
「……かなり前から養子が続いて……どういうこと…………どうして…………」
そして、
☆
明治五年。
西暦にして一八七二年。
新しい時代の到来と、騒乱から生まれる不安が蔓延していた時代。
武家の多くは階級というものを奪われ、武士から
元々
そんな
何代にも渡る
この日、
娘のセツは現在二五才。一人娘だった為に
それが相談の内容だった。
広い座敷の真ん中で、やはり並んで座るフネとセツの表情は重い。
その二人を前に、
「……養子を……御取りになる御つもりは御座いませんか?」
そんな
「…………養子……ですか……」
反射的に言葉を返したのはセツだった。養子を迎えるとすれば、自分がその母になる。家の跡取りとはいえ一番の責任を課せられる立場。多少の覚悟があったとは言っても、具体的に言葉にされるとそれはやはり重責でしかない。
しかしそれは当主の妻であるフネにとっても同様と言える。
そのフネが口を開いた。
「……しかし先生、養子では我が
「しかし……いや……実は当医院では養子の
「確かに
その日、
不妊治療が難しいかどうかではなく、その技術そのものが確立されていない時代。
しかし三ヶ月後、
「やはり……養子を御取りになるしかないかと…………」
向かい合うフネとセツもすぐには言葉を返せない。気持ちのどこかで諦めのようなものがあったのだろう。
そのフネが小さく。
「……外国からの薬は…………もう無いのですか……?」
それに
「ありません……薬は…………しかし、興味深い学説を手に入れました」
「……それは────」
「血を入れ替えます」
「血を⁉︎」
僅かにフネが前のめりになった。
セツが目を見開く。
「まだ赤ん坊の養子を取り……セツ様の血と入れ替えます。セツ様には輸血をすれば問題ないでしょう」
「そんなことが…………」
思わず返したセツの声が震える。
「可能です。しかし事例は外国で数例のみ。失敗もあると聞いています」
それでも
「…………しかし……それなら…………」
「はい…………血は絶たれない…………〝全血交換〟をすれば…………」
フネは、ただ高揚していた。
セツは不安を膨らませるだけ。
それから何世代もの間、同じ事が繰り返される事となった。
しかし何故か、必要な時には女の子の養子しか見付からない。
そして
☆
「…………全血交換…………」
そのままソファーに体を深く沈める。
しばらく静寂が漂った。まるで想像していなかった答え。
しかもそこに〝呪い〟の影を感じていたのは
何かは分からなくても、何かを感じたまま。
そして
「……こんなこと…………ホントなの……?」
「聞いたことがない……ホントに出来るの?
「ネットで調べられる?」
「分かった。全血……交換?」
その光景に
「……あくまでネットの情報だけど、正式には全血輸血とか交換輸血とか言うみたい。実際にあることはある。でもよほど大量の失血時とか……新生児の時に先天的な障害の治療を目的としてはあるようだけど…………」
「血筋のためだからって、そこまでする?」
「しかも明治でしょ? あの時代にそんな技術なんて…………裏のネットワークで調べてみるか…………」
「お願い」
微かに息が荒い。
すぐに
「大丈夫?」
「……ごめん……ダイレクトに干渉しすぎたね……」
「何か、見えたの?」
「分からない…………でもあのフネって母親……本当の母親の姉だ。母親と名乗ってただけ…………どうして? どうして母親は死んだの…………?」
「やっぱり何か見えたのね…………」
「そうかもしれない……でも最後まで……やっと見付けたから…………後は娘さんに会うしかなさそうだ…………」
その
「
「そうだね、分かった」
数時間後。
最初に目を覚ましたのは
まだ
そのモニター横の小さな時計の針は昼を少しだけ回っている。
「……大丈夫? ずっとやってたの?」
「うん……面白い情報仕入れたからさ……」
そう応えた
「少し休んで」
「まとめたらね…………行くんでしょ?
「まあね……
「私はもう少し……これをまとめないと……さすがに専門用語が多くて難しくてさ」
そう返す
不安気にその横顔を見つめた。
「いつもごめんね……面倒な仕事ばっかりさせて…………」
「そんなことないよ。これが私の仕事……みんなのためなら頑張れる。
片手を
そして顔を近付けた。
「────ちょっ、ちょっと」
慌てた
「……私は……そういうのは…………」
その小さくなる声に、
「キスもダメなの?」
「え?」
「キスだけだよ」
「ホント? それ以上は────」
離れた唇に、お互いが少しだけ寂しさを感じた時、先にその口を開いたのは
「……今はね」
「……今は………………って、しないからね…………」
「────
さすがの大声に、
「あれ? どうした? 顔が真っ赤」
半分寝ぼけたような
「してないから!」
さらに
「耳まで」
「気のせいだから!」
そしてその騒ぎに、ずっと横になったままの
無意識に口元を手で隠す
状況を飲み込めずに呆然とする
「昨日はいきなりだったから……初めまして、ですよね。
「え? ええ……たぶん…………えっと…………」
頭の整理が出来ていないであろう
「
「……
「はい。どうしても直接会わなければなりません」
──……
──…………
──………………そんなこと……分かってる…………けど…………
少し間を開け、
「……みなさんは…………なんなんですか…………」
元々〝呪い〟を退けたくて
しかし具体的に何かを見せられるわけではない。目に見えない形で頭の中を探られるだけ。普通の人間に理解の及ぶものではなかった。
「……
☆
西暦にして一四八〇年。
最初の
スズと
生死も分からないまま。
「……
純粋な気持ちだった。
なぜこんな場所に
ただ、生存者を見付けることが出来た喜びと、
幼名をウタと名付けられた。
すでに
一六年後、ウタは養子であることを知らぬままに嫁に行く。
名は
嫁いだ先も武家。
そこは、
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二四部「繭の影」第3話(第二四部最終話)へつづく 〜
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