第十二部「幻の舟」第1話 (修正版)
何が起きていたのか
真実は誰にも分からなかった
目の前に見えているものが
本当のことか
間違ったことなのか
☆
二人は決して似たタイプではない。どちらかというと気が強いタイプの
涼しげな美人タイプの
そんな経験の中から自分が精神的に屈折してしまっていたことに気が付いたのは、今回の
卒業と同時に同じ高齢者用グループホームで勤め始めてからも、長くても三ヶ月、早ければ一ヶ月程度で恋人を変えていく
もちろん
「一週間くらい休んだら?」
夕陽が大きな窓から入り込む。引っ越したばかりの
──……また、彼氏できたのかな…………
──…………また秘密なんだ……………………
最初の頃と違い、
──……別に、いいけど…………
「…………そうだね……少し休むよ…………」
窓から涼しげな風が入り込んだ。
「涼しくなったね…………」
空気の湿度が下がり始め、少しずつ過ごしやすい季節に変わっていく頃。
どこにも明るい未来が見えない。
自分で自分が見えていなかった。
翌日から
休んでいる間に特に何かをしたわけではない。今までのことを考えながら、むしろネガティブな感情が
決して従業員が主体とされている職場ではない。復帰後すぐに、改めて
そして、それはやっと
一年先輩の
付き合って半年程。
そして結婚から三ヶ月ほどした頃。
そんな時、施設内でトラブルが起き始める。
それは施設利用者の家族からの訴えが始まりだった。
しかもそれは決して喜ばしいものではない。
その訴えは明確に施設内での虐待を現すもの。
そして職員の間で懐疑的な噂が広がり始める。
しかも施設としては完全にそれを否定出来ない現実があった。法律スレスレの運営の中で、叩けばいくらでも埃は出る。事実、それは職員の誰もが感じていた。
利用者を〝人〟ではなく〝物〟として扱っている現実。
いつかこうなるであろうことは、全員が想像していたことでもある。
そして、
ある日、仕事中に施設長に呼び出されたのは
「虐待が疑われる時間って……
施設長は、まるで用意していたかのような言葉を
身に覚えの無い〝嫌疑〟に、
記憶のどこにも存在などしない、
施設長は尚も続ける。
「ウチも悪い噂とか出ると困るんだよね…………」
──…………〝嘘の噂〟はいいの……?
「ご家族は改善案を出して示談金さえ出してくれたら訴えは取り下げると言ってくれてるんだけど…………」
「……明日まで…………」
無意識の内に、
「…………考えさせてください……………………」
説明はどうせ無駄────
──……どうせ、私の話なんか聞くはずがない…………
だから
──……もっと早く転職してれば…………
そんな後悔が浮かぶまま、
「…………
帰り際に更衣室でそう話しかけてきたのは、働き始めてまだ半年程の職員。
「私見ましたよ…………〝
その言葉を聞いても、
そして〝
──……
──…………信じられるの……………………?
「
そう即答したのは夫の
「お前の親友じゃないか」
その上での発言だと思いたかった。
「お前…………ホントに何もしてないのか?」
「……ちょっと……なんでそんな…………」
「────
触れてほしくない過去。
例えそれが夫の言葉でも、そこを掘り返してほしくはなかった。
「ストレスも溜まってたんだろ?」
──……やめてよ…………
人間関係というものは、簡単に崩れていく。
そんな想いを抱えながら、
その後、更衣室のロッカーで荷物を鞄に詰めていく。他の従業員は仕事中。
そして、その更衣室を訪れたのは
「別れるの?
背後からの
──…………どうしてそれを…………?
そのまま
「この世界って狭いからね…………同業の妻が〝虐待〟で退職なんて…………
確かに、昨夜の内にその話は出ていた。交わることのないままの平行線の会話だった。
「こうなったら…………もう最後だし、言っちゃってもいいよね…………」
その
「
三日後に市役所に離婚届を出した時、
☆
それは
小さな雑誌社で記者として働いていたが、芸能人のゴシップネタを追いかけるだけの毎日に嫌気を感じて退職。もちろん後押しになったのは今までの仕事で作り上げた人脈が大きい。
元々
それは戦場カメラマンをやっていた父親の影響も大きい。
そのためか、
九〇年台のシリアの内戦で行方不明になった父親が残したのは愛用のカメラバッグだけ。その中にあった一眼レフのカメラは、今でも
まだ幼かった
しかし成長と共に学んだ歴史の中に父親の存在を感じた。
「いきなりでちょっと面倒な仕事なんだがねえ」
雑然とした広い雑誌社のオフィスで、今回の件で
「宗教絡みだからな…………手を出さないって決めた雑誌もあるみたいだ」
するとすぐに振り返り、腰を浮かしかけて声を上げる。
「おい! あの病院の資料どこ行った⁉︎」
昔ながらの出版社のオフィスは未だにアナログだ。常に騒々しく誰かの声と足音。そして縦横無尽に職員が走り回る。
決して
「まだ使ってるのか? 今までは聞かなかったけど…………親父さんのだろ?」
「……あ……ええ…………形見なんで…………」
少し遠慮がちに
「親父さんが戦地から送ってくる写真は大したもんだったよ。あの頃はまだフィルムの時代だろ? 空港のX線でフィルムがダメにならないように専用のケースがあってな…………分厚いケースで…………それが届く度に興奮して現像に回したもんだ…………あんたが娘だって知った時は驚いたよ」
すると若い社員が紙の束を
「遅いぞオイ」
一見すると荒い印象の言葉のやりとり。しかしそれはよくある雑誌社のオフィスの光景。
「あまりお勧めの仕事じゃないが……どうする?」
そこに
「お前さんも若いって言ったって過去の宗教絡みの事件は知ってるだろ? ウチも誰もやりたがらなくてな…………それでも世間の関心は高いときた…………」
もっともと言えばもっともだ。
宗教絡みは神経を使う。新興宗教と言っても様々だ。勢力を拡大しようとする所もあれば小規模のままの所もある。
そんな中でテロ組織と化してしまった新興宗教団代の起こした事件のせいで、宗教に対して怪しい印象を抱く人間が未だに多いのも事実。しかしほとんどの団体は堅実な活動を続けているのが現状。それでも世間一般のイメージというものは簡単に覆るものではなかった。
事件だと思って先入観で取材をしたことで訴訟に発展したことも事実としてあった。
だから仕事としては避けられる。誰も責任を取りたくない。
結果的に、いつでも切り捨てられる〝フリーの記者〟に仕事が回ってくる。
そして
しかも宿泊費や交通費等の諸経費は領収書を持ってきてくれてもいいという。
お互いの利害は一致していた。
「地味な取材になるし……無理にとは言わないが…………」
「いえ……やらせていただきます」
☆
新興宗教団体────〝
患者の一人────
ホスピスとは終末期医療のための病院。不治の病となる難病や、余命宣告された患者がほとんどだ。回復して退院することはほとんどない。当然通常の病院よりも死亡率は高い。
しかし
患者が悪魔に取り
当然
今後の流れは母体である宗教団体の実像と、誰が
協力者はいない。
他のマスコミの報道を見る限り、まだ団体の代表まではどこも辿り着いていない。信者や病院の職員の声も聞けてはいない。出てくる情報は元信者や元職員のものばかり。その口から出てくる情報が偏っていない保証はない。
情報が偏っているならば、そこには必ず〝嘘〟がある。
何かを隠すために情報は偏っていく。
もしくは情報が偏ることで何かが隠されていく。
そして何かが見えなくなっていく。
そして、それは簡単なことではないだろう。
切り口が欲しかった。
その団体の本部に当たる部分は病院の施設内にある。病院がメインとは言っても同時に宗教団体の総本山。
「駐車場の領収書もいいのかなあ…………」
そして病院の従業員入り口は常に他のマスコミ関係者が張り付いていた。
「いいよねえ…………あの人たちは交代要員がいるから」
車の中でそんな愚痴をこぼしながら、
そこは宗教団体の信者が使用しているドア。同じ建物なので分かりにくいが、明らかに毎日そこから出入りしている女性が一名。病院関係者ならばそこを使用する理由はない。少なくとも
その日も夜の八時頃にその女性が外へ。
近くのマスコミはその出入口の存在に気が付いてさえいない。
季節は秋。
だいぶ外は暗くなっている。
エンジンを切ったままの車内では涼しく感じる頃。
すぐにバッテリーをOFFにしてキーを抜くと、そのまま車を降り、少し離れて女性を尾け始める。
まだ息が白くなるほどの寒さはない。擦り切れてだいぶ色落ちした黒いデニムに履き疲れたスニーカー。上には古着屋で買ったダークブラウンの革ジャン。和柄がワンポイントのキャスケットを被り、その後ろからは肩までのショートカットを無理に一つに結んでいた。革ジャンのポケットの中にはスマートフォンだけ。こういう時にいつも
まだだいぶ目の前を行く女性は、決して若い女性には見えない。服装的には大人の匂いのする暗い色のワンピース。落ち着いた緑に見えた。いつもの小さなショルダーのハンドバッグを肩からかけてはいるが、それも子供っぽくはない。
しばらく歩いたところで女性はコンビニに立ち寄る。その後、小さなレジ袋を手に、人通りの少ない細い道を何度も曲がりながら向かったのはマンションの入り口。
──……警戒してる?
──部屋に入られたら押しかけにくいな…………
階段を上がろうとしていた女性は驚いて足を止める。
「ごめんなさい…………言えることだけで結構です」
「…………すいません────」
女性は顔を伏せて階段を登ろうとするが、その手に
「……あなたのことを知ってるのは私だけです…………他には漏らしません…………あなたのことももちろん匿名で…………」
周囲に人影がないかを気にしていた。
そして小さく口を開く。
「……ご近所の誰かに見つかる前に…………行きましょ…………」
二人はしばらく歩き、人通りのある通りで小さな喫茶店に入った。
「あなたの存在に気が付いたのは私だけみたいです…………他の連中は従業員用の出入口しか張ってませんよ…………だから安心してください」
俯いたままの女性は、
「……疲れたお顔ですよ…………眠れてますか?」
──……私はわざと心配したようなことを言ってる…………
──………………嫌な仕事だ………………
「ちゃんとご飯は────」
「────食べてます…………お聞きになりたいこととはなんですか⁉︎」
女性の、少し強い口調が返ってきた。
「……すいません…………まあ…………最近話題のあそこのことなんですけどね…………」
すると、俯いたままの女性の声が震え始める。
「…………私たちが…………何をしたんですか…………
──……
──…………代表の
「でも……実際に告訴の動きがあります。その前に〝御家族〟の側がマスコミにリークしたことで騒ぎになってるようですが…………」
「…………私たちは…………何も…………」
しだいに小さくなる女性の声に、
「核心の部分を聞かせてください…………噂になってる〝
「────ありません…………団体はホスピスを作るために
「あなたは────」
「────経理をしています…………だから分かるんです…………
〝教祖〟ではなく〝
〝
〝周りからの援助〟。
確かに
新興宗教団体────正確には宗教法人。
──……何か…………変だ……………………
「
代表に話を聞きたい────純粋な気持ちだった。
しかし女性の応えは、
「……すいません…………私もしばらく会えていません…………自宅のアパートにもマスコミの人たちがいて……外に出られないんです…………」
「では、あなたと同じドアから出入りした女性がもう一人いたと思うんですが────」
「あの方は…………法人の相談役の女性です…………神社の方で…………色々と最初から援助して頂いてて…………私の一存では…………」
結局、
そして疑問が膨れ上がる。
☆
というより、足掛かりは他になかった。
以前に一度遠くから見かけただけ。
昨夜の女性は詳細を教えてはくれなかった。
もはや張り込みを続けるしかない。直接団体に電話をするも、当然のように取材は断られた。他のマスコミ各社と同じことをしたところで意味がないことは分かっていた。少し自分の中に焦りがあることを感じながら、苛立ちが募る。
フリーになって最初の仕事。雑誌社からの依頼とはいっても所詮はフリー。どこからもバックアップは無い。フリーになって最初としては大き過ぎる仕事だった。
行き詰まった感覚が
お昼を過ぎた頃、少し前に寄ったコンビニで買った温かったコーヒーもだいぶ冷めてきた。
そんな時、大きく溜息を
同業者かと顔を上げると、そこには見知らぬ長い黒髪の女性。
「あなたね。話は聞きました…………」
あちこちにレースの施された黒い服のその女性は、
「教団のことでしたら…………私が真実をお話しします」
それは、ツバの広い帽子を深く被った〝
──…………あの人だ……………………
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十二部「幻の舟」第2話へつづく 〜
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