第十部「鬼と悪魔の爪」第3話 (修正版)
山の
細くはあるが、舗装された道路が続いていた。
おそらくは旧
しかし現代に於いてその立場は時代に飲まれたものでしかない。その家の人間を見たこともないという者がほとんどだ。
戦後、高度経済成長期の昭和四〇年代に村の吸収合併と同時に土地は細分化されて行政が再配分するという形を取ったが、元々地場産業である林業を束ねていた
二七代目に当たるのは
「滅多に外部の人と会うことはないのですが、少しならと承諾してもらいました」
外の塀が真新しいことから想像はしていたが、お屋敷といってもここ何年かで新しく改装された所がほとんどらしい。和風建築ではあったが、古い歴史を感じさせる建物ではない。
「数本の大黒柱はそのまま残したそうですが、床下から天井まで、ほとんど新築のようなものですよ」
途中、数人の使用人とすれ違うが、いずれも感じのいい人たちだ。年配の使用人が多いような印象だったが、屋敷自体と同じく嫌なものは感じない。
通された広い座敷はまだ畳も新しく見える。廊下から感じていたが、床暖房も設置されているのだろう。僅かに下から熱を感じる。熱過ぎない程度が丁度いい。
障子を開け放った大きなガラス窓からは広い中庭も見えた。午前中に粉雪を舞わせていた雲ももう無く、今はその中庭に陽が差し込んでいた。
「もうすぐ来るかと思います」
服装は一般的なワンピースだったが、
「
「はい…………お恥ずかしながら、私は外を知らずに育ってきたようなものですので…………婿養子として
「女性だけで繋ぐというのも大変ですね…………」
「そうですね…………ですが、父や祖父もこの家にとっては大事に扱われてきたと聞いております…………」
「
「そうですね…………あくまで一般的なものかと思います…………ただ、婿養子を迎えて婚姻をすると、必ず継承する事柄があるとは聞いていました。残念ながらその中身はまだ…………」
「ご結婚の前に私たちのところにお話を持ってきて頂いて、こちらとしては感謝しています」
「そう…………なのですか?」
笑顔の
「さっき、
「…………それは……………………」
曇りガラスの向こうの廊下に使用人の姿が見えた。その使用人が膝を落としてガラスを開けると、そこから入ってきたのは二人の女性。
フネと
フネは七五才と聞いていたが、とてもそうは見えないくらいに背筋の伸びた
その娘の
そして
「お待たせ致しました。二七代目当主…………
深々と頭を下げながら続ける。
「隣は二六代目当主…………フネです」
隣のフネが頭を下げるが、
──……女当主か……分かりやすい…………
そう思った
「
視線を落としたままのフネの顔が僅かに上がる。
対照的に
「そうですね…………あの呪いは我が
堂々とした口調。
しかし、ある確信を見ていた
「つまり……鬼を退治したことによる鬼の呪いだと…………娘さんもだいぶ心配されているようですが…………」
「そうですね……私たちもその不安は確かにあります…………」
「鬼を退治したのは〝
「いえ……それに関しては私も疑問に感じたことはありますが、
「なるほど…………では呪いそのものに関してですが…………産まれた男児は一才を迎える前に…………というのは────失礼ながら戸籍も調べさせて頂きました。事実のようですね」
「確かに…………」
そう言って挟まったのは、
その低い声が続く。
「……その呪いが終わると…………もっと恐ろしい呪いが降りかかると…………そう伝わっておりますよ…………」
「終わる?」
そう口を開いて挟まったのは
その
「終わるんですか? 終わらせる、と…………じゃなくてですか?」
すると、
「あの
しかし、突然その
──…………まずい!
そう思った
慌てて声を上げるのは
「どうなさいました⁉︎ 救急車を────」
「いえ」
それをすぐに制した
「──ご心配なく────私たちにはよくあることですよ。病院では治りませんので…………」
──……
すると、
「〝……鬼に振り回された……悪魔どもめ…………〟」
次の瞬間────。
振り返った
そこに立っているのは黒いゴスロリ衣装────
「待ってた────」
その
その背後で呟いていたのは
「もう……強引なんだから…………」
そして
「…………お前は……誰だ…………!」
しかし次の瞬間、
その左手に、
──……早い…………
そう
「
「……私は…………あなたを守るためにここにいる…………」
傷を覆う
そして
「お前は…………誰だ…………!」
「〝…………殺せ〟」
「〝……殺せ…………生かしておくな…………〟」
──……水晶が……熱い…………
そう感じた
「こんな水晶など!」
「────やめて‼︎」
叫んでいたのは
次の瞬間、
そして、
少し遅れて、全員の気持ちも緩む。
「────突然申し訳ありませんでした」
見ると
そのフネが小さく応える。
「……なかなか面白いものを見させて頂きました…………失礼ながら、普通の方々ではありませんね…………みなさんは…………私たちにかけられた呪いを解いて頂くためにここに…………?」
「そのつもりです────そのためにここに来ました」
そう応えたのは顔を上げた
フネは真剣な表情のまま、何も返さない。
その時、
傷などどこにも無い。あるのは
──……何を見せられた…………誰に…………
「……大変……失礼しました…………」
「……明日…………改めさせて頂きます…………」
意識を失いかけたままの
怖かった。
少しずつ、
「ごめんね…………遅くなって…………」
そういう
「何言ってるのよ……私が無理言ったんだから…………あんまりいいタイミングだったから狙ったのかと思ったわ」
「なんかまずいよ……嫌な予感がするから急いで!」
そして、その
「一応伝承の話も調べてきたし、簡単には
「やっぱり来てもらって良かった…………」
そして
「
「……ごめん…………最近、
「見えたよ…………あれは悪魔じゃない。
「…………一体…………何者なの…………」
そう返す
その
「今回の件…………最後まで関わらせて…………ギャラはいらない…………呪いを作り出してるのは〝あの家〟そのものだ…………終わらせないと……」
そこに挟まる声は
「
それに
「発端の〝鬼の伝承〟部分から…………総てに於いて
「……お願い……」
それに目を通した
「…………そういう……ことなんですか…………?」
「そこはまだ私の予想の範囲…………だから裏が欲しい…………頼める?」
「明日のお昼までには…………」
「じゃあ明日の午後イチで
「分かりました……動きます」
そう言って
「……ごめんなさい…………気付かなかったけど、
「メール? いつ?」
「たぶん
すると
そして
ロックを解除した直後に画面に現れたのは
「
──……そうか…………
「みっちゃん、ごめん。こっちの部屋に来れる?」
☆
横で
──…………心配……かけたんだろうな…………
寒くはない。少しヒンヤリとする程度。
僅かに明るくなった空が見えるが、湯船の周りの柵に遮られて遠くの景色までは見えない。湯船に浸かると、考えていた以上に体の芯が冷えていたことを感じる。
昼間のことは、覚えているようで記憶はあやふやなまま。
──……また、呼ばれたね…………
背後でガラスの開く音がする。
溜息と共に聞こえるのは
「……おかえり…………」
そして
「…………ただいま」
そのまま、その口を
二人の唇が離れてすぐ、先に口を開いたのは
「……明日は…………邪魔させない……」
「…………誰なの? ……私も
見えない怖さがいつの間にか浸透していた。
そして、
「…………〝お母さん〟……………………ここにいるよ…………」
直後、目を見開いた
いつの間にか背後まで近付いていた
その体を支えた
「まったく…………手間のかかるカップルね」
そして
「よっ、久しぶり」
「何が久しぶりよ…………さっさと服着て。
浴衣に着替えた
「
「まさか」
それを左手にぶら下げ、
「確証が無かったけど…………やっぱりそうだったみたい…………」
「…………そっか……」
直後、
そして、
口を開いたのは
「……おかえり……」
「…………ただいま」
すると、再び
「…………ホントに困ったカップルだよ」
部屋に夕食の
「二七代目当主の
日本酒をお
「昔はコンピュータソフト会社って呼んでたみたいですけど。今でも会社はそれなりの大きさみたいですよ。従業員も現在は五〇名を越えてます…………もう一つの件は明日まで待ってください。警察の知り合いに頼んで来ました」
それにすぐに応えたのは
「分かった。ありがとう…………明日もお願いね────」
「それもいいけど…………」
そう言って
「それより…………あなたたちでしょ…………」
そう言いながら
「
そう返したのは
「二人の中に……それぞれ
視線を振られた
そして、ゆっくりと応えた。
「……安っぽい言葉って嫌いだから…………運命なんて言いたくはないけど…………」
そこに、隣で柔らかく煮込まれた豚肉を箸で切った
「…………
「みんなそうだよね…………でも、
その
「…………私も」
「でも…………」
そう言って挟まった
「
その言葉に一瞬全員の動きが止まる。
やがて
「……みんなの目の前のお刺身…………
☆
翌日、昼過ぎ。
広い座敷。
その目の前の左には手前から
向かい合う形でフネの前に
そして、最初に
「改めてお集まり頂きまして……ありがとうございます」
そこに最初に返すのはフネ。
「……
そう言いながらも、フネは目線を上げない。
「……この村…………というより…………この家の〝呪い〟を終わらせるために来ました…………」
「何のために…………」
「…………呼ばれたからです…………私たちはここに呼ばれました…………それには必ず意味があります…………そして…………私たちでなければ解決は出来ないでしょう」
「…………ほう……」
「すでにご存知かと思いますが…………私たちはまともな人間ではありません…………特殊な能力があります…………私は、人の過去を見ることが出来る…………」
そして
初めて顔を上げたフネと目が合った。
「…………皆さん……」
そう言って正座のまま目の前の畳に左手をついた
「畳に片手をお願いします」
直後、畳を通じて
大量の水が流れ込むように押し寄せた。
溢れそうになるところで、
やがて、
途端に
一瞬、二人の時が止まる。
そして、隣の
──……たぶん…………大丈夫…………
少しの間を開け、口を開いたのは
「……そもそも…………〝鬼〟なんかいなかった…………」
バラバラに畳から手を離し、体を上げた六人が、一斉に
「……いたとすれば…………〝悪魔〟だ…………」
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十部「鬼と悪魔の爪」第4話へつづく 〜
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