第2話  10月12日

10月12日(火)


おはよう

まだ生きてるわ、あたい。

今日は、パパも病院で会社休むんだって。

パパは、14年前に脳出血で倒れて、左半身麻痺なんだ。足も引きずりながら会社行ってるみたい。今日は、その定期検診日。

パパ行ってらっしゃい。


ママが、 あたいにかけたタオルの中に手を入れて、あたいを触ってくる。

あたいが死んでないか、確かめてるのね。

ごめん、まだ体温あるし、生きてるわ。お迎えは来なかったみたい。ママ、もうちょっと面倒みてちょうだい。ウンコもオシッコもしてるみたい。処理してね。あっ、それはパパか。


お尻を拭かれて、またオシッコ出ちゃった。ごめんなさい。赤いわね。お腹の中もどこかやばいのね。やっぱり死ぬかもね。


 パパは、午前中で病院が終わって帰って来た。

パパお帰り。

午後からスマホを新しくしに行くんだって。それが終わったら、3時頃、犬猫病院で待ち合わせ。ママとそう言ってた。また、あたいを病院へ連れてってくれるのね。無駄かもしれないのに、ごめんね、ママ。


病院へ行く前にママが顔をガーゼで拭いてくれた。でも、やっぱり左はよく見えない。目も潰れてるのかな? ママどうなってる? なんかあたいの顔見て怖がってる。どんな顔になってるのかしら? お岩さん? ママはっきり教えて。

 

ママとおうちを出て、犬猫病院の駐車場で診察を待っている時、パパがやって来た。

スマホ新しくなったのね。段ボール箱に入っているあたいを撮影しているけど、使い方よく分からないと言ってる。今日もいい天気。あったかくてあたいにはラッキーだわ。


  こんにちは。また来たわよ、おじいちゃん先生。まだあたい生きてる。先生の処置、間違ってなかったみたいね。ありがとう。

先生は、2種類の目薬をさして、目ヤニを取ってくれた。なんだ、目ヤニでまぶたがくっついていただけか。よく見えるようになったわ、先生。ママは、ガーゼで拭いてて、ゾンビみたいに白目になって、びっくりしたって言ってる。だからあんな怖がった顔したんだね。

先生、やるじゃない。それにしても、おじいちゃんだね。よく見えるわ。

 先生は、また注射をして、点滴もしてくれた。あたいが、水と猫ミルクをスポイトから飲んだ事をママが伝えている。それを聞いて、先生が回復期と書いてある猫の餌の缶詰を持って来た。親指の先くらいに小分けして、あたいの口の上顎に、つけてやればいいと言っている。食べない時は顎を挟んで、口を開けさせて、付けてやれと言っている。いやん、そんな口を無理矢理開けられるなんて、嫌だわ。大丈夫よ、ママ。あたい、なんとか口開けるからちゃんと食べさせてね。


家に帰ってきた。


ママは、回復期のゼリー状の缶詰を先生に言われたように小分けしている。食べれるかな?


ママがアイスクリームのスプーンに餌を載せて目の前に持って来てくれるけど、なんか動かない。食べられるような気もするんだけど。


何、何すんのよ。痛いって。


ママが無理矢理、あたいのあごを両側から挟んで口を開けさせて、餌を上顎にくっ付けてきた。


なんだ、なんか良い味。美味しいじゃん。食べれるわ。もうちょっとちょうだい。


あたい、もう一塊、食べちゃった。ごちそうさま。もう死ぬかなと思ってたのに、こんな美味しいもの食べれて、あたいのニャン生、まだ捨てたもんじゃないかもね。


パパは、あたいが跳ねられた辺りの家に聞き込みしてくると出かけた。

どこの馬の骨か分からないけど、可愛いあたい、猫だしね。もし、飼い主がいたら捜しているだろうと、先ず、すぐ側のあかねちゃんちと少し離れた学童保育の久美子先生んち。でもどちらも飼ってないし、近所でも黒猫を飼ってるところは知らないだって。あかねちゃんのお父さんは、この辺りは、捨て猫が多いから捨て猫の可能性高いけど、近所の会合さんの時にでもみんなに尋ねてみると言ってくれたってさ。手掛かりあったら連絡してくれるって。

やっぱり、捨てられたのかな、あたい。こんなに目パッチッリで可愛いのに。でも、もうこんな重度身体障害になるかもしれないあたいなんて、誰ももらってくれないわね。

 ママもこんな助かるかどうかも分からない、命が助かったとしても重度の障害が残るかもしれない、どこの馬の骨、いや、猫とも分からないあたいを助けて良かったのかとずっと悩んでる。ママ、悩ましてごめんね。

パパは、「いちばん大事なのは、命だから」と言ってる。パパは、自分自身が重度身体障害者になったから猫のあたいのことでもそう思ってくれてるんだよね。

ありがとう、パパ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る