瑞光-2

 文字通り小賢しい優男を始末するのは失敗したが、右肩を撃ち抜くことは出来たから、大それた抵抗なんか出来ないだろう。私はかつて迷い込んだ自衛隊が遺した九ミリ拳銃を片手で構えたまま霧島桜――葛城佳奈へ近付いた。


「現世においては十年振り? 久しぶりね、葛城佳奈さん。傷物でもずいぶんと綺麗になったじゃない。また会えて嬉しいわ」


 クスクスとお上品でいようと思ったけど、こうして葛城を――高神家の生き残りを見下ろすと気分が高揚するし、全身が滾ってしょうがない。チロチロと唇を慰めながら、葛城の全身を見据える。


 思えば……これだけ楽しい出来事なんて自分の人生にはなかった気がする。


 思い返せば……産まれた直後から私にとってこの世界はずいぶんとくだらなかった。阿呆な神様からの余計な贈り物だった超能力――他者の心に浮かぶ陳腐な欲望や思考を読んで嘲笑いながら生きるなんて文字通りだ。特に私を生んだ高神家はくだらなさと愚かさの塊だった。


 寒村のくせに大昔から脈々と続いた高神の血は戦後辺りから壊れてきたんだろう。瑠璃島の発展と共に癒着だ賄賂だ分家同士の睨み合いだ計略だと共食いが続き、私が産まれた時にはもう零落の名残として首の皮一枚になっているような有様だった。そんな有様だというのに、未だに高神の威光に集まる蠅の相手は疲れた。


 暇さえあれば本家を乗っ取ろう、それとも一人娘様に取り入って本家を頂戴しようか、欲望剥き出しの計略さには失笑したけど、結局はその計略は成功した。砂上の楼閣を継ぐなんて悪い冗談としか思えなかった私は早々に家を出た。いや、出ようとしたんだ。すると、それを聞きつけた分家の連中が、事故に見せかけて私を殺そうとした。どうあっても私が邪魔だったようだ。


 くだらない集まりに顔を出していた私は、睡眠薬みたいなものが入れられていた飲み物を迂闊にも飲んでしまい、私はそのまま分家のシンパによる運転で人形峠に棄てられた。ガソリンだか灯油だか知らないけど、それを満載にした車を人形峠に突き落とし、そのまま私を焼き殺したわけだ。


 だけど、それでも、私は死ななかった。燃え盛る自分の身体を雪に押し付け、そのまま意識を失った。その後で気付いた時にはもう自分の身体が酷く壊れていた。身体に感覚はなく、普通なら死んでいるような重傷にも関わらず私が動けた。道路に戻り、贈り物な車で高神の屋敷へ戻った。


 その日の夜は瑠璃島市に深い霧が出ていた。贈り物を乗り捨すてて徒歩で家に帰ると、都合よく門の前で煙草を吸っている件の運転手を見つけた。私はさっそく霧の中に溶けて、贈り物の中から持って来た鋭利な破片を背後から首に突き刺してあげた。すると、ソイツは噴水と化した首を必死に押さえつつ目をグルリと回転させて頽れると、ピクン、ビクン、とそそる痙攣を披露しながら、最終的には本当のマグロになった。その光景がとにもかくも可愛くて、愛しくて、私はそのマグロに口づけしてあげた。今思い出してもこの光景はそそるんだから、きっとあの運転手は私に感謝しているに違いない。


 マグロになった屑とのデートに飽きた後は、屋敷の中に戻って包帯で全身を覆った。そしたら名前も知らないどっかの使用人が着替え中なのに入って来たから殺しておいた。


 その後は、幕末、日清、日露、大東亜という戦争で繋がりを得た陸軍からもらったという本物の軍刀とまだ稼動状態であった九四式拳銃とやらを秘密の蔵から持ち出し、殺した使用人からもらった女羽織を纏ってパーティの始まりを告げた。


 それからはもう紳士淑女が集う社交パーティ会場だ。私が放った炎は瞬く間に屋敷中を呑み込み、踊れる者には共にワルツを披露し、ろくにダンスも出来ない者は床へ引き倒した。その中を私は淑女で歩き、見かけた分家には個人的な御礼をたっぷりしてあげた。そんな中で、私は葛城と出会した。


 小動物みたいに怯える情けない小物に私は興醒めだったけど、逃げ惑うその姿に猛烈な興奮を抱いたから殺すことにした。だけど、予想外なことに炎が葛城の味方をした。真横の座敷から飛び出して来た炎が私の身体を突き飛ばし、炎の壁を築いて一線を引いた。


 結局、それを最後に私は屋敷を出て、これからの動きを考えながら人形峠を抜けようとした時、ここへ巻き込まれた。その結果がこれだ。高神ありすという名前を捨て、三文芝居を演じるリュシテン・奏として生きていた。それがようやく終わる。


 生意気にも睨みつけてくる葛城の眼光を一蹴し、私は九四式拳銃よりも遥かに優れている九ミリ拳銃の銃口を葛城の頭へ定めた。


「そのつらに刻まれた穢れも消えていないわね。どんな人生を送り、機巧人形になったのかを知りたいから……おしゃべりしましょう? あなたが幼い頃は面倒をみてあげたこともあるのよ? 毎年……ね」


 視線を上から下へと舐める。反抗的な瞳を向けてくることには苛立つが、まだ撃ち抜きはしない。


「でも、大きくなってからはなかったから……もう少しお互いを知り合わない? 私のことなんて何一つ知らないんで――」


 バン!


 銃声――それを頭で理解した瞬間、頭と右目に衝撃が走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る