第拾壱幕 騒擾

「何かの冗談だと思いたいですが……」


 当主の間に通された俺は、車を見つけてからベッドに戻すまでの経緯を螢に説明していた。


 バルコニーから車を見つけ、瑠偉に鍵を渡して家の連中を呼び、その間に拓真と協力して冷たい遺体を雪の中から救い出した。その時になって初めて、車の背中に突き立てられたナイフに気付いた。


「これが……背中に突き立てられていたナイフ……ではなく、三十年式銃剣です」


 螢にも見えるように、俺は彼の手前にその銃剣を差し出した。螢はモノクルを付けると銃剣を持ち上げてしげしげと刀身と鍔を眺めてから言った。


「よくこれが銃剣だとわかりましたな」


「たった今、あなたが注目されたことと同じですよ」


 三十年式銃剣というのは、大日本帝国陸軍で使われていたものだ。刀身が日本刀を模した片刃の時点で気付いたし、刀身に黒錆染めの処理が施されているのは一九四0年以降のものだともわかった。もちろんまだ細かいこと、鍔とか溝とか色々あるが、それはもうどうでもいい。


「室内の状況と隣の部屋にいた劇団員の発言からして、彼が何者かに襲われたのは二十二時の消灯から三時までと判断しました。また、彼はBB弾を四方八方にバラまいていましたが、窓の外や窓ガラスに刻まれたいくつもの罅、室内に向けて転がっていた窓の破片があったことで、襲撃者の侵入ルートは外だと判明しています」


 あの夜、自室にいた車は窓の外にいた襲撃者に気付いてエアガンとサバイバルナイフで応戦。襲撃者は窓を壊して室内に侵入し、車を窓から突き落として殺した。或は殺した後に窓から突き落としたのかもしれない。突き落とされた、或は逃げようとして外へ飛び出したのかはわからないが、右足首が折れていたことは確かだ。


「以上です。素人の判断なので……正確がどうかはわかりません。綾波の行方がわからないため、同一犯かどうかもわかりませんが……大淀の殺しは確実に敵意を持った存在による殺人です」


 捜査報告を終え、俺は膝の上に置いていた両手を白くなるほど握り締めた。


 どうすれば人をあそこまで滅多刺しに出来るのだろうか……。


 車の身体には、骨折以外にも身体のあちこちを切り刻まれていた。折れていた右足首はアキレス腱を切られていたし、背中にはいくつもの刺し傷があった。惨たらしくて、検死の真似事をした時に俺も拓真も朝食をぶちまけてしまったほどだ。


 幼なじみを嬲り殺しにされた憎しみで、ヒステリーを起こして喚き散らしたかったが、今回も辛うじてそれを抑えた。今自分が壊れてしまったら、残された四人は道を失ってしまう。


「なるほど……素人と卑下することはありませんよ。なかなかのものです」


 俺を見下ろしながら説明を聞いていた螢は銃剣を傍らに置くと、嘲笑ではなさそうな笑みを浮かべながら静かに上品に拍手をしたが、鋭い目は相変わらず微塵も笑っていない。


「京堂さん、大淀さんへの滅多刺しから考えて……犯人はあなた方へ相当の憎しみを抱かれているようだ。もしかすると……その某はあなた方を殺そうとしてここまで後を追って来ていたのでは? それか……本当にあなた方の中に殺人鬼が混じっていて、こんな機会を待っていた……とも考えられますな」


 あの中に殺人鬼がいる……。


 その現実が信じられず、今でも犯人は外部、または家の連中だと思いたい気持ちがあった。だが、螢から直接それを否定されたうえ、死刑宣告に等しい言葉を浴びせられてしまった。ぐうの音も出ない自分に憤りを感じながら、次の言葉を待った。


「しかし……厄介ですね。あなた方だけではなく、こちら側にまで行方不明者が出るなんて……」


 螢はやれやれとかぶりをふった。


 彼が言う行方不明者とは、主治医の十文字誠也のことだ。昨夜の夕食後から姿が見えなくなり、家人が屋敷内を捜索したが、外に出た痕跡はなく、綾香と同じように行方不明になってしまったらしい。ただ、不可解なことに彼の自室には、彼が消える前に着ていた服が散乱していたという。


「役を放棄したか……まったく」


 十文字が着ていた服は回収されてこの部屋に置かれている。綺麗に畳まれて置いてある服に向かってそう吐き捨てた螢はやおら立ち上がると、飾られている人形に近付いた。


「ところで京堂さん……あなた、人形に心得があるようですな」


「は?」


 思いもしない問いかけに俺は目を瞬いた。まさかこの状況でお人形の歴史講座でも繰り出すんだろうか。


「では……あなたは美しいものは好きですか?」


「美しいもの……?」


「ええ、あなたの基準の美しいものですよ? 感性は人それぞれ……自らの感性での美しさを他人に強要するつもりはありませんので」


 美しいもの……。そう訊かれて、いの一番に思い浮かぶものは一つだ。


「美しいものは好きです。自分よりも……」


 俺がそう言うと、螢は満足げに頷き、人形の頬を撫でた。それは俺からでもわかるほど、愛おしげな雰囲気を放つ。


「それでは……失うことは怖いですか?」


 失うこと……。それは議論する必要はない。


「はい、現に幼なじみを失い……元恋人も失いました。父も母も亡くなりましたし……良くしてくれた祖父母も……」


 父は俺が十歳の時に病気で死んだ。それから母は家計のために家を空けるしかなくなり、必然的に俺の面倒を見てくれたのは父方の祖父母だった。二人の助けもあり、俺はなんとか中学を卒業し高校にも入学出来たが、その直後に二人は交通事故で死んでしまった。アルバイトをしながら高校に通い、無事に高校を卒業した年に母が死んだ。その後は叔父とプロの助けもあって今に至る。可愛い劇団員や幼なじみ、恋人……別れたとはいえ、綾香への想いは変わっていない。失いたくない存在ばかりだ。


「失うことは怖いです……ましてや、可愛い劇団員たちの中に殺人鬼がいるなんてことも……信じたくありません」


 慟哭にも似た訴え。俺の答えを黙って聞いていた螢は。モノクルを外すと小さく息を吐いた。


「どうやら……あなたは私に良く似ているようだ。話しましょうか……お互いの役割を」


「……役?」


 その言葉の意味がわからず、俺は螢を見上げた。


「そうです。私たちの役と……会わせたい人がいます――」

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