第一章 一日目

第壱幕 俯瞰

 東京を離れること、約二時間。数多の山と森を切り拓いて延ばされた人類の道を進み、場所は北関東の群馬県。関東山地の一つでもある機巧山によって囲まれ、人形峠を越えた先に〝瑠璃島市るりしまし〟と呼ばれる何の変哲もない地方都市が存在する。


 人口は普通、特産品も無し、市外と他県に誇れる観光名所も存在しない。もはや風前の灯にしか見えない光景が浮かぶかもしれないが、この瑠璃島市は全国――を通り越して、世界中にその名を轟かす御稜威みいつの神輿が存在する。それは毎年十二月の十二月、第二土曜日から日曜日の二十一時まで盛大に催される市全体の祭り――〝雛曵祭ひなひきさい〟である。


 雛曵祭。その変わった名の由来は、遡ること戦後の混乱期、玉音に打ち沈む瑠璃島の世相を危惧した人物による行為が由来だと言う郷土史家たちの考証が妥当と信じられている。その人物とは、機巧山の中腹に位置する〝機巧神社からくりじんじゃ〟の宮司である。


 機巧神社。それは元々難所であった今の人形峠を行き来する人々の安全を祈ることを担っていた神社であった。


 峠は古来より恐ろしい神が住まう場所であり、手向けをせずに通ることまかりならん、として人々は神へ勾玉や紙ヌサを手向けていたというのだから、信じない人からすれば酷く滑稽に見えるのだろう。その手向けを代行したり、山に住まう神々への祈りを捧げていたりした機巧神社であったが、機巧山と人形峠の由来を齎した〝とある人形師〟が峠に住み着いたことが全ての始まりであった。

 

 その人形師は失敗した機巧人形たちを峠に破棄する悪癖があり、それを見咎めた宮司は破棄された機巧人形を拾い集めては神社の中で供養していた。その噂を聞きつけた人々は人形供養をしてくれる神社として一方的に人形たちを押し付けた。そうして次々と集まる人形たちと人形師の破棄も相まって神社はいつからか機巧神社と呼ばれ、そう名乗るようにもなったというわけである。


 そうして機巧神社は日本中から集う膨大な人形の供養に悩まされるようになってしまったわけである。その宮司に声をかけたのが、当時はまだ地方の寒村に等しかった瑠璃島を支配していた〝高神家こうじんけ〟であった。


 高神家。地侍から始まった名主の家系である。もちろん、そこへ至るまで様々な苦労はあったが、高神の血は閉鎖感の強い寒村にも関わらず情勢に機敏であった。分家や他家からの人間を都に送っては情報を集め、幕末には即座に倒幕派へ傾き、明治維新の暁には寒村から一気に町へと瑠璃島を変貌させた。さらに日清戦争、日露戦争時には送り込んだ分家などを通して軍部と繋がり、大東亜戦争時には疎開者を受け入れ、食料などを求めて家宝や骨董品などを持ち込んで来た人々と関わりを持ち、人脈や財力をこれでもかと蓄えていった。


 そんな高神家は、終戦後も続く人形供養に悩まされる機巧神社と瑠璃島の状態を憂い、数多の人形を供養しつつ活気を呼ぶ為の祭りを生み出すことになった。それが雛曵祭である。多少の変遷はあれども、現在は機巧神社から出発した山車が市内を巡り、供養を望む観衆が山車に人形を納めるという祭事になった。これは瑠璃島に絶大な収益をもたらしているが、それ以外には自慢出来るようなものはなく、早急なてこ入れが市の目下の課題であるという。


 そんな瑠璃島の雛曵祭を堪能した機巧人形たちを乗せた車が、逢魔時を迎え入れた機巧山を走っていた……。

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