第25話 もう1つの約束②
「今日の実況担当の高崎です。今日の4試合目だけの特別ゲストの解説、プロ野球選手の東奈光選手にお越しいただいています。」
「こんにちは。今日解説の東奈光です。よろしくお願いします。」
「東奈さんはこの甲子園で大活躍しましたが、母校の城西高校とライバルだった花蓮女学院を見てどう思われますか?」
「そうですね。個人的な感情でいえば母校の城西に勝ってもらいたいですが、花蓮の前橋さんと中里さんを攻略できないと城西に勝利の目はないですね。」
「花蓮女学院の方はどうですかね?」
「投手力でいえば花蓮は全国トップですが、打撃力が少し足りてないかもしれないですね。とにかく花蓮はロースコアのゲームで進めていく事が重要ですね。」
光は天見さんの必ず見てくださいという言葉を有言実行しに来ていた。
まさか解説として見に来るとは思っていなかっただろうが。
1回表の城西の攻撃。
相手の先発投手は、当たり前というか必然なのか前橋さんがマウンドへ上がった。
前橋さんはこの3年間で公式戦で負けがついたのは1度しかない。
去年の夏の甲子園決勝で2失点で黒星がついただけで、それ以外で自分が投げた時、降板する時に絶対に負けていないということだ。
前橋さんは1回から快調に飛ばしていた。
1.2番の2年外野コンビをストレートで空振り三振に抑えていた。
「3番レフト、西郷照さん。」
中学時代九州No1スラッガーと呼ばれるほどの強打者。
実際はその評価でも過小評価されていると言わざるを得ない。
中学校の時にチームがそこまで強くなく、全国大会などに無縁だったから九州No1に留まっていたが、全国で出られることがあれば、多分日本屈指のスラッガーと呼ばれただろう。
花蓮や舞鶴の特待を断り、城西に入学したと同時にレギュラーに抜擢された。
ブンッ!!
「ストライク!ストライクツー!」
「うっ…。本当に130km/hなん?これ。」
直球を得意にしている西郷さんでも、前橋さんのストレートに掠りもしない。
遊び球なしの三球勝負で低めのスライダーを選択してきた。
カキィーン!!
「だめか。」
完全にストレートを狙っていた西郷さんだったが、低めの厳しいスライダーに反応して後2mでホームランという位置までボールを飛ばした。
「あの1年、うちにスカウトされるだけあってヤバそうだね。」
1回は西郷さんの惜しい打球があったが、先制点を取ることが出来なかった。
1回裏。
2年エースの棚道さんのことを知らない観客達がかなりザワザワとどよめいている。
棚道さんのピッチングフォームは、2年前のマウンドに上がっていた、天才東奈光瓜二つのピッチングフォームだった。
「よーし!締まっていくぞ!」
「「よーし!!」」
1回の守備は棚道さんが前橋さんに負けないくらいの調子の良さで、3人を内野ゴロと外野フライ2つであっさりと打ち取った。
それでも流石の花蓮上位打線だった。
バッターが凄くしぶとく、食らいついてきて初回17球の球数を投げさせられた。
『球数が多い。うちはエースピッチャーと2番手3番手の実力が少し離れているから、できるだけ長いイニングを投げてもらわないといけないけど…。』
天見さんもこの試合の鍵はどれだけ点を取るんじゃなく、どれだけ点を取られないかが重要だと思っていた。
「よしっ!ホームラン打ってきますわ!」
城西の4番はエースで4番に拘っていた棚町さんだった。
プレースタイルも、エースなのも、打順も光と一緒だからこそモチベーションが高いし、打撃もいいから別に4番でも問題ないと監督が判断して4番でエースに置いている。
「ストライク!バッターアウト!」
前橋さんのストレートにみんなバットにボールを当てることすら出来ない。
ここまで4人に対して3つの三振で、全てストレート。
棚道さんの今日の最高球速126km/h。
今日前橋さんの平均球速も129km/hくらい。
そこまで大きな差はないが、根本的にスピードの速さがどうのではなく、ストレートの球質が全く違うのだろう。
「5番キャッチャー、天見香織さん。」
天見さんはじっとピッチャーマウンドを見ていて、前橋さんも横目で天見さんの方を見ていた。
「東奈さん、この2人はキャプテン同士ですけど、どんな対決になりそうですかね?」
「うーん。そうですねぇ、2人の実力でいえば前橋さんの方が何枚か上手でしょうけど、野球の上手さだけで結果が決まるわけではないので、いい対決を期待したいですね。」
天見さんはゆっくりとバットを構えてバッターボックスへ。
2人の対決は、1打数0安打。
いい当たりだったが、ゲッツーでサヨナラのチャンスを潰した。
キィン!
初球からストレートをスイング。
打球はバックネット方向にファールになった。
これまでバットに当たらなかったストレートを1球目からファールにした。
タイミングはバッチリで、ここまでの打者よりもストレートについていけている。
『凄いストレート…。けど、私の目には光さんのストレートが焼き付いてるんだ。』
そして2球目。
インコースへ132km/hのストレート。
その球を狙っていたのか、天見さんはフルスイング。
「やばっ!」
レフト方向に打球は高々と舞い上がり、レフトはボールを必死に追う。
天見さんは打球を見ずに全力で次の塁を狙って走っている。
「やったーー!!!」
ベンチから一際大きな声が聞こえてきた。
甲子園のここ一番で、天見さんのレフトスタンドへの先制ソロホームランを放った。
途中まで全力疾走だった天見さんもスピードを落として、右手を突き上げてベンチにアピールしていた。
「香織!ナイスバッチ!!」
「キャプテンナイスバッチです!!」
ベンチも大盛り上がりで、ホームインしてベンチに戻ると同級生、下級生関係なく手荒い歓迎を受けた。
続く6.7番はツーシームだろうか?
動くストレート系のボールを打たされ、後続が続くことが出来なかった。
2回裏。
4.5.6のきつい打順だったが、ストレートとナックルカーブとフォークを巧みに使って内野ゴロ3つ取ってチェンジ。
この回は特に5番の前橋さんが嫌らしい打撃に徹していた。
この回に打つというよりも、相手の球筋を確認しているような感じだった。
8球粘られてちょっと強烈な打球を打たれたが、何とか抑えられた。
この回も19球も投げさせられた。
棚道さんは特にハードトレーニングをやってスタミナには自信がある。
それでもこの大舞台で、相手も日本で最も強い高校の1つなのだ。
プレッシャーも感じるし、今日は気合いの入りすぎなのか飛ばしすぎているとボールを受けていた天見さんは感じていた。
3回の表は8番の川越さんがヒットを打ったが、続く9番が前橋さんのツーシームを打たされてゲッツー。
その裏も先頭バッターにヒットを打たれたが、ランナーを2塁に進めるのがやっとだった。
3回も花蓮は粘り強く、19球粘って3回終了の時点で55球を投げさせられている。
棚道さんは後半に調子を更にあげてくる投手なので、球数自体は気にならなかったが、3回終了までひとつも三振を取れなかった。
「棚道、球数増えてきたけど大丈夫?」
「はい?全く問題ないっすよ!後20回くらいは投げられそうですよ!ははは!」
まだまだ冗談も言う元気があるなら大丈夫だろう。
それにしても、花蓮はかなりしぶとい。
1回戦の試合はストライクが来るとガンガン強打してきたが、今日はボールをよく見て来るし、軽打ばかりで中々打ち取ることが出来ない。
「今のところ1-0で城西がリードしていますが、このままリードを守れるでしょうか?」
「どうですかね?ここまで棚道さんは結果的抑えてはいますが、どれだけこれから踏ん張れるかでしょうね。」
4回表。
2番からの攻撃だったが、初球を打って内野フライ。
続く3番の西郷さんは粘って、さっき打ち損じた9球目のスライダーを完璧に捉えてセンター前ヒット。
「うぉっしゃぁ!!」
4番の棚道さんが気合いの入った、雄叫びを発しながら打った打球はフラフラと上がって、ライト前にぽとりと落ちるライト前のヒットになった。
ワンアウト1.2塁のチャンスで、1打席目ホームランを放った天見さんがバッターボックスに。
1球目はアウトコース低めギリギリのストレートでストライク。
振ってもヒットにならないくらいの厳しい球を見逃した。
『次もストレートが来るかも。』
天見さんは2球目のストレート一点狙いで振りに行く。
バッテリーは天見さんのストレート狙いを読んで、スライダーを選択。
完全にタイミングを外されて、バットとボールが大分離れての空振り。
バッテリーにはストレート狙いが完全にバレたが、天見さんはストレート狙いを変えないようだ。
3球目と4球目は低めのスライダー、高めの釣り球のストレートを投げてきて連続でボール。
カウント2-2。
『きたっ!ストレート!!』
ブンッ!!
「ストライク!バッターアウト!!」
1打席目にホームランにした球とほぼ同じボールを投げ込んできたが、バットがボールの下を振ってしまっていた。
『133km/h?あのストレート140以上出てると思うんだけど…。』
初回と1km/h変わらないストレートに、ここまで差し込まれると思っていなかった。
ツーアウト1.2塁のチャンスは変わらず続いていたが、続く6番のセカンドの西さんが打席に入った。
3年生達は滅法ストレートに強かった。
前に光のストレートを打つ練習を何回かやっていた。
みんなの目に光のストレートが焼き付いて、それを想定した素振りを繰り返しているうちに、ストレートの基準が光になっていたらしい。
「ストライク!バッターアウト!!」
「くそっ!ストレートって分かってるのに…。」
西さんもストレートに食いつきながらもファールにしかならず、最後の最後にフォークを投げられて空振り三振した。
「まだ勝ってる!気合い入れて守っていこう!!」
「「おおーー!」」
だが、4回裏。
2番バッターがここも軽打を繰り返し、遂にこの試合初めての四球を出してしまった。
続く3番バッターには際どい球を見極められ、3-1からストライクを取りに行ったストレートを上手く流されてライト前ヒット。
ライトの強肩の2年生の鋭い送球で、一塁ランナーが三塁に行くのを阻止してノーアウト1.2塁のピンチ。
『やばい。この回棚道はいい所に来てるけど、審判がかなり厳しい…。』
変化球はストライクを取れないし、完全にストレートを狙われていると感じていた。
「うーん。城西はこの回に逆転されるとこの後の展開きついかもしれないですね。」
「と、いいますと?」
「そろそろ球数も増えてきましたし、もし逆転された時に踏ん張れるならいいですけど、強いチームというのは、そういう所に一気につけ込んできますからね。」
4番は手堅くバントしてきた。
4番でも何番でも点を取る為なら、きっちりとバントしてくるのが花蓮のやり方だ。
花蓮の凄いところは、バントを要所要所で使ってくるがほぼ失敗をしない。
ここもきっちりと送りバントを1球で成功させて、ワンアウトランナー2.3塁のチャンスを広げてきた。
「タイムお願いします!」
「タイム!」
天見さんはタイムをかけ、それにつられて内野陣もマウンドに集まってきた。
「棚道、甲子園のマウンドで緊張して少し疲れた?」
「全然まだまだ行けますよ!!試合はこれからでしょ?」
「香織、監督からの指示は内野前進だけど大丈夫かね?」
「とりあえず、内野前進で西と川越は飛んできたらバックホーム。できるだけ同点を防ごう。」
「それと、棚道は厳しいコースを狙いすぎなくてもいいよ?力のある球多いから自信もって投げてきて!」
「うぃす!信じて投げ込んでいきます!」
方針は決まった。
1点もやらない為にかなり前目の前進守備を敷くことにした。
「決まった?ここで1点返させてもらうよ。」
「ふんっ。簡単に打てるとは思わないでね。」
天見さんは少しムッとしながらも、少し言い返してマスクを被り直し、サインをすぐに出し始めた。
外野フライを打ちづらく、前進守備の内野ゴロを打たせたかった。
『ナックルカーブで引っ掛けさせるか、空振りが欲しい。』
棚道さんが投げたナックルカーブは、真ん中から低めのポールまで落ちる最高のボールを投げてきた。
これは打ってもヒットにはできない。
カキィィン!!
「なっ!」
こんなに厳しい球を打ってくるとは思っていなかった。
最初から狙っていたように、かなりアッパー気味のスイングで外野に大きな打球が飛んでいく。
「おっと!センター方向に大きな打球をセンター松尾さんが追う。今追いついて、ホームに送球…。
は、流石にこの位置からではバックホームは無理です。犠牲フライで1点返して、花蓮女学院が1-1の同点に追いつきました。」
あっさりと初球を外野の深いところまで運ばれてしまい、あっさりと同点に追いつかれた。
犠牲フライを打って、満足気な顔をしながらベンチに戻っている。
簡単に外野フライを打てるような球じゃなかったが、投球だけではなく打撃も一流の技術を見せつけられた。
ここでどうにか切り抜けられたら良かったのだが、6.7番にフルカウントから2者連続四球を出してしまい、更にツーアウト満塁のピンチを背負うことになった。
ボールをコントロール出来ていない訳でなく、慎重に投げているからこそボール球が増えて、それをきっちりと見逃されてランナーを溜めてしまう。
『相手は8番か。押し出しするくらいなら1番得意な球で勝負しないとね。』
少し甘めのコースにストレートを要求。
サインで全力ストレートを投げてこいとピッチャーに指示した。
「うぅおぉぉ!!!」
今日最速の129km/h、自己最速更新したストレートがど真ん中へ。
ギィィン!
甘すぎるストレートを初球からスイングしてきた。
少しだけ詰まった音がしたが、強烈な打球がピッチャーの左をぬけてセンター前へ。
「川越!!」
ショートの川越さんが懸命に飛びついて、センター前ヒットになりそうなボールをファインプレー。
「セカンド!!」
飛びついた体勢そのままセカンドの西さんに無理やり送球。
「アウト!!」
「センパァイ!!ナイスゥゥ!!!」
ピッチャーの棚道さんは大袈裟に甲子園に響くような大声で、ショートの川越さんを褒めている。
と思ったら抱きついて離さそうとしていない。
「こら。チェンジなんだからさっさとベンチに戻るよ。」
「うぅいぃぃす!!!」
抱きつきながらズルズルと引きづられてベンチに戻ってきた。
あの様子を見てると、まだまだ棚道さんはスタミナは大丈夫そうだと思っていた。
5回表も裏もお互いにどちらもピンチを背負った。
城西は7番の川越さんからで、詰まらされながらもいいコースに飛んでショート内野安打でランナーに出た。
次のバッターはなんの迷いもなくバントの構え。
1球目のバントは失敗したが、きっちりと2球目を転がしてランナーを2塁に進める。
9番がストレートに食らいつくも、ファーストゴロでランナーが3塁に進めるのがやっとだった。
続く1番は前橋さんの変化球攻めにあい、最後の最後でストレートに差し込まれてサードフライに倒れた。
続く5回裏。
9番に対して連続でこの試合初の三振を取ると、1番バッターに対しても空振り三振を奪う。
あっさり終われるかと思ったが、2番にあわやホームランになりそうなフェンス直撃のツーベースヒットを打たれた。
3番に対しては、変化球中心で勝負球は少しヒヤリとする甘いストレートが来てしまったが、それを打ち損じてセンターフライに抑えた。
「あれは危なかった…。」
「抑えれば問題ねぇっす!ガンガン行きましょうや!」
「今の回で球数94球になったけど、大丈夫?」
「300球までは準備運動なんで余裕すわ!」
強がりだとは思うが、気持ちだけは相変わらず絶好調みたいだ。
球のキレやスピードは全然衰えていないが、流石にコントロールが甘くなってきている。
前橋さんはここまで71球で、疲れが一切見えない。
今、高校日本一の投手と呼ばれる前橋さんにこれだけ食いつけているということは、自分達がそのレベルまで登り詰めた。
本当はもっと自信を持っていいと思う。
けど、今はそんなことを話して褒め合う時間ではない。
「天見、棚道はどんな感じだ?一応、宮野と浅村は用意させてるけど。」
「うーん。出来るだけ引っ張りたいですよね?」
「まぁ出来ればな。でも、無理して投げさせても仕方ないから、無理そうならすぐに教えてくれ。」
「はい。けど、決め球にしようとしているストレートのコントロールが大分甘くなってきましたね。変化球は少しマシですけど…。」
「何言ってんすか!?疲れとかじゃなくてコントロールが良くないだけっすよ?」
何やら自分のことを言われていると思ったのか、わざわざネクストバッターズサークルから戻ってきて、監督と話している所に割り込んできた。
「まだ交代するつもりは無いよ?けど、疲れが見えてきてるかもって話してただけよ?」
「今日は絶対変わらんっすよ!!ウチが花蓮を叩き潰す!!」
監督と天見さんはあまりにワガママな棚道さんに少し困惑していた。
「だからー!ウチはー…」
パキイィン!!
金属の澄んだ打球音がグランド内から聞こえてきた。
一塁側の城西を応援している観客が一気に盛り上がった。
試合を見ずに棚道さんと話していた、天見さんは一体何が起きたかわからなかった。
棚道さんは話の途中で、ネクストバッターズサークルに戻ってなにやら叫んでいる。
グランドを見ると、2番の2年生と3番の西郷さんがグランドをゆっくりと回っていた。
西郷さんは世代最強スラッガーとしていつもはクールなふりをしている。
あいだあいだにおっちょこちょいな所が見られるが、そこを指摘せずに背伸びしている1年を眺めるというのが上級生の務めになっていた。
ホームランを打っても、タイムリーを打ってもツンとしている。
ベンチに帰ってきて、褒めちぎるとツンとしながらも口元はニヤニヤが抑えられていない。
「132km/h。ストレートをホームランにしたのね。」
天見さんは待望の勝ち越し点を貰ったが、思ったよりも冷静だった。
もちろんベンチは今日一の盛り上がりで、いつも以上に西郷さんは可愛がられていた。
嫌そうにしながらも、口元には綺麗な三日月が顔を出していた。
「照、ナイスバッチ。ストレート打った?」
「はい。ありがとうございます。ややインコース気味の高めのストレート打ちましたよ。」
「そっかそっか。この点は大きいよ。」
「それならよかったです。次、キャプテンの打席じゃ無いですか?用意した方がいいですよ。」
「そうだった。照のホームラン凄すぎて忘れてたよ。」
そういうと照れるのを誤魔化していたが、口元は誤魔化せていなかった。
「うううぉぉぉりゃゃぁ!!!」
ガキィン!
ネクストバッターズサークルに入ると、グランドの方から野獣の咆哮が聞こえたと思ったら、案の定棚道さんだった。
相当詰まっていたが、サードの頭を越えて死んだ打球をショートが掴んだがショート内野安打で出塁した。
この回、3連打で前橋さんを捉えていた。
いつもの花蓮なら投手交代してもおかしくないタイミングだったが、ベンチは動きをみせない。
天見さんはここでトドメを刺したかった。
全くホームランバッターではないが、長打を狙ってもう1点、最低でもチャンスを広げて後1.2点を取りに行こうと思っていた。
1.2球目はカーブ、スライダーで投げてきて1-1。
『次はストレート系だ。』
そして、3球目。
「きたっ!!」
やや低めのストレート。
コースも甘く絶好の球がきた。
カキィン!!
天見さんはそのストレートを打ち損じて、ショート真正面のゴロ。
ショートは簡単に捌いて、流れるような理想的ゲッツーに倒れた。
ストレートを狙っていて、しかも打ちごろのコースと球速もそこまで出ていなかった。
「ここで畳み掛けたかった城西高校でしたが、5番の天見さんがゲッツーでツーアウトランナー無しに変わります。今のボールは甘いコースでしたが、打ち損じでしょうか?」
「
天見さんは光が2年前に花蓮を追い詰めたボールのシンキングファストにやられた。
天見さんはシンキングファストだと気づいていた。
あの決勝戦でど真ん中に堂々とシンキングファストを投げ込んで、強烈な当たりを打たれる度に生きた心地がしていなかった。
その良くない方の思い出として、シンキングファストの軌道が目に焼き付いていた。
前橋さんは光のシンキングファストを覚える為に必死に練習して、2年間かけて自分にあったシンキングファストを会得した。
「西、光さんに近いシンキングファスト投げてきたから気をつけて。」
「シンキングファストか…。わかった。」
続く西さんだったが、シンキングファストを初球から打たされてショートゴロでスリーアウトチェンジ。
6回裏まで来て、1年の西郷さんのツーランホームランで3-1。
後二回抑えられれば、悲願の打倒花蓮を達成できる。
みんなそれは分かっているが、誰もそれを口にしない。
「この回も気合い入れていくぞー!!」
「「おおー!!」」
「デットボール!」
「え!?嘘!」
4番バッターへの1球目、インコースの厳しい球を投げた。
それが相手の袖に掠ったという判定で、勿体ないデットボールでノーアウトランナー1塁。
5番はさっき犠牲フライを打った前橋さんに打席が回る。
「ストライク!」
初球の外角のボール球のストレート見逃し、次に投げた低めのスライダーを見逃してストライク。
『あんまり打ち気ないけど、何狙ってるんだろ。』
どのボールも狙われていそうな嫌な雰囲気を感じていた。
天見さん達バッテリーはここまで1度も投げていないシンキングファストを選択した。
予選でも2.3球しか投げていないシンキングファスト。
そして、さっき天見さんがゲッツーを取られた時とほぼ同じ場面。
天見さんは棚道さんのシンキングファストを奥の手として隠し持っている。
ここでゲッツーに抑えて、後は6番を抑えてしまえば最終回は7.8.9の下位打線からだ。
3球目、渾身のシンキングファストがど真ん中低めに来た。
コースはそこまで厳しくないが、ボール球1個半くらい曲がるほぼストレート。
光のシンキングファストを想像させるような完成度。
『振れ!』
厳しくないコースだからこそスイングしてもらいたかった。
その打ち損じが城西にとって勝利をグッと近づける。
カキィィーン!!!
「レフトバック!!」
シンキングファストはしっかりと曲がって、1番手を出しやすいコースに来たが、打球はレフトスタンド一直線。
レフトの西郷さんが打球を追っている。
完璧に捉えられたという感じではなく、ストレート系のボールを狙われていた。
多分、フェンス手前ギリギリ位しか届かないはず。
「照ーー!!!捕ってくれー!!」
フェンスの手前で西郷さんがジャンプ。
「わぁぁぁぁ!!!」
球場からは大歓声が響き渡る。
西郷さんは女子用のフェンスに体をぶつけながら打球を取りに行った。
「ア、アウト!!」
捕れなかったらホームランになったかもしれない打球を怪我を恐れずに、体をフェンスにぶつけながら大ファインプレーでチームを救った。
「照ーー!!ナイスキャッチ!!」
チーム全員で今日大活躍の1年の西郷さんを褒めちぎっていた。
少し痛そうにしながらも、怪我もなく普通に起き上がった。
『照が捕ってくれなかったら終わってた。』
6回裏はこのファインプレーでワンアウト1塁で6番バッターの打席。
「やられた…。」
完全に油断したとしか言いようがない。
サインは普段通りに出したが、ストレートが甘いコースに来てしまった。
「ホームイン。」
「5番の前橋さんのホームラン性の打球をファインプレーで抑えましたが、続く6番に初球ストレートを完璧に捉えられ、同点のツーランホームランになりました!」
「コースが甘かったですね。流石にど真ん中高めのストレートを見逃してくれるようなチームではないですからね。」
光はあくまで解説として淡々と解説をしていた。
「それでもまだ同点なので、城西は落ち込まずこの回を乗り越えることですね。逆に花蓮は次の打者をランナーに出せると、一気に勝ち越せるチャンスだと思います。」
試合は3-3の振り出しに戻ってしまった。
大ファインプレーを台無しとまでは言えないが、初球のこの1球は不用意だったと言わざるを得なかった。
『まだだ。まだ同点になっただけで落ち込む必要も無い。』
「もう1回気合い入れていくぞぉ!!」
「「おぉ!!」」
これくらいの事で城西は意気消沈することもなく、試合を仕切り直した。
7.8番を連続で内野ゴロに打ち取って、嫌な雰囲気をあっさりと吹き飛ばした。
ここらへんはチームとして成長した証なのだろう。
高いチーム力と、何年も同じ目標に向かってやってきた仲間が、同点に追いつかれたくらいで動揺して崩れることはなかった。
光は解説しながら、チームがありとあらゆる面で強くなったことにびっくりしていた。
もし、同じ学年で野球をやっていたら間違いなく、花蓮には負けることはないと思えるくらい強いチームを作りあげていた。
『香織達頑張ってるなぁ。けど、試合はまだ長いから頑張れ。』
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