第17話 全国大会決勝戦
決勝戦。
福岡県代表城西高校 対 東京都代表花蓮女学院高校
「よろしくお願いします!!!」
先行城西、後攻花蓮で試合が始まった。
城西はこれまで打順をほとんど変えてこなかったが、この試合だけは大きく打順を変更してきた。
4番の光を1番にし、5番の天見さんを2番に変更、元々の1.2.3番をそのまま3.4.5番に繰り上げてきた。
花蓮女学院もスタメンを変更してきた。
基本的にどの選手も走攻守かなり高水準の選手ばかりだが、その中に最高水準でもどうしても出来ないのが足の速さである。
足を速さはある程度までは速くできるが、それでもある程度までしか速くなれない。
俊足の選手はそれを武器にしてレギュラーを勝ち取っている選手もいた。
花蓮女学院は控えの選手は俊足で守備が上手いタイプが比較的多く、試合終盤で代走や守備固めに使われることが多かった。
今日はその俊足の選手達をスタメンに起用してきていた。
「相手が俊足をスタメンにしてきたのは、多分私から簡単にはヒットを打てないと考えてだろうね。」
光の話に1年生達は一言一句聞き逃さないように目が血走っている。
「とにかくボールを転がして、全員1年生という守備の不安材料をついてくるつもりだと思う。」
光は普段不安を煽るようなことを言わなかったが、チームメイトは試合前の口喧嘩を聞いていた。
光をバカにしてきたことを全員かなりキレており、それが発破をかける形となって全員が奮起していた。
「私達が足を引っ張って負けても、光さんは責められることはない。けどね、花蓮からは光さんを馬鹿にされたまんまになるけどそれでいいの!?」
天見さんが円陣を組んで大声でチームメイトに呼びかけた。
「いいわけない!絶対に負けない!」
「そーだ!そーだ!今日だけは絶対に負けれない!」
光はベンチで更に気合いの入ったナインの声援を背中で聞きながら、この試合一番最初の打者として打席に入った。
決勝戦の先発を任されたのは、予想通り花蓮女学院の先発投手2人のうちの1人の武石玲奈だった。
花蓮女学院は投手を必ず5人ベンチ入りさせている。
適正によって先発、中継ぎ、抑えとプロのように分業制にしている。
光は昨日適当に読み飛ばした、監督の資料のことを必死に思い出していた。
第1先発
三年
彼女の特徴は、光から見れば1.5流というイメージだった。
逆に言えば、弱点が特に見当たらない投手。
結構速いストレートと主だった変化球は全て投げられる。
ストライクゾーン四隅に投げれるコントロールに、完投出来るスタミナ、性格の悪さから来る?精神力の強さ。
試合を作るのが滅法上手く、2年から先発としてベンチ入りしていたがKOされた事が1度もないらしい。
第2先発
二年
身長175センチの高身長投手でオーバースローとサイドスロー2つの投げ方を駆使するサウスポーである。
オーバースローからは縦に割れるように落ちるカーブ、サイドスローからは姉が投げる高速スクリューにそっくりのボールを武器にする。
高身長から直球主体の投手と思われがちだが、かなりの変則ピッチャーだ。
第1中継ぎ
三年
ベンチ入りメンバーで1番パワーのある投手で、MAX132キロのストレート、SFF(スプリット)、スローカーブのほぼ2種類しか変化球を投げず、球質の重いストレートを武器にしている投手。
見た目が可愛らしく少しぽっちりしていて胸がかなり大きい為、男性人気が半端じゃないらしい。
第2中継ぎ
一年
投手であっても1年生がベンチ入りすることはほとんど無いが、1年生としてはかなり速い直球を投げられ、それを買われてベンチ入りしてきた。
光はこの投手は3年になればかなりいい本格派投手になると断言していた。
ストレートの回転が女子プロの先発よりも回転数が多いというデータもある。
とにかく堂々としており、一年とは思えないようなマウンド捌きを見せる。
抑え
三年
光基準で花蓮の投手の中で1番いいだと投手と明言していた。
打席に立ってないから分からないと前置きしながらも、どのボールもキレがいいとべた褒めしていた。
キレというのは回転数が多いとか球が速いとか明確なものがあるがある訳ではなく、キレがいい投手は打席に入ってやっと分かることが多い。
全体的なところを見ると、投手としての能力はそこまで先発の武石玲奈と変わらない。
基本的に6.7回に登板するが、前の投手もいい投手で速い球、キレの変化球に目が慣れているはずなのに、球質が前の投手よりも抜群にいいため、他の4人の投手よりも大分空振り率が高い。
監督は、決勝は武石ー白石ー藤沢の三年生リレーが濃厚だと言っていた。
「1番、ピッチャー東奈光さん。」
ゆっくりと打席に入り足場を固め、さっき一悶着あった武石さんの方をちらりと見た。
さっき言い合った時に見せた勝ち誇った様な顔ではなく、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
あまり褒められたことではないが、捕手の方も一瞬チラッと見て確信が生まれた。
『なるほど。やっぱり勝負する気はないのね。それならプライドくらい傷ついて貰おうかな。』
武石さんとキャッチャーが初球を決める為にサイン交換をしていた。
光は急にバットをバックスクリーンに向けて一直線に高々と掲げ、その体制で5秒間くらい静止した。
「うぉぉぉーーーー!!!」
バッテリーの様子からまともに勝負してこないと踏み、そんなことも知らない観客に対してパフォーマンスとしてホームラン予告をした。
観客は大盛り上がりだった。
ホームランを打った時よりも更に大きな歓声が球場を包み込んだ。
「おぉっと!まさかの甲子園の決勝戦はプレイボールホームラン予告での開幕だー!」
今日の実況解説は1回戦と同じ組み合わせの実況田中幸奈さん、解説高宮詩乃さんだった。
「これは驚きましたね。プロ野球の世界でもオールスターなどのパフォーマンスやファンの方々に、喜んでもらえるところでしか見ないと思っていたのでびっくりしましたね。」
注目された第一球目は、光の顔付近にフラッシュボールと呼ばれる厳しい球を投げてきた。
「花蓮女学院のエース武石さん、流石にホームラン予告に動揺したのか東奈さんに危ない球を投げてしまった!」
勝負しないならボール球をどこに投げてもいいとはいえ、顔付近に投げてくるとは思わず流石に少し苦笑いしていた。
武石さんは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、動揺してコントロールが定まらないような振りをしてボールを散らしていた。
「ボール。ファ!」
結局打てそうなボール球すら来ずに、1打席目からあっさりと歩かされた。
2番天見さんの打席。
光が二塁盗塁を成功させたが、低めのスライダーを打ってショートゴロ。
ショートゴロなので2塁から進塁することが出来なかった。
3.4番もコーナーに投げ分けられ連続内野ゴロであっさりとスリーアウトチェンジとなった。
1回裏。
花蓮女学院の攻撃、光は一瞬スコアボードの名前を確認した。
昨日、本塁打を放っている調子の良さそうな5番までスタメン落ちしていた。
2.5.6.7番がスタメン落ちしていて、今日のスタメンは俊足で堅守の選手が多い。
昨日の試合で打撃の調子がよかった5.6番が変更してきたのは失敗なんじゃないかと思っていた。
『うーん。あの5番も結構怖かったんだけど、4番の樫本さんだけになったのは私にとっては楽だし、戦ってみたかったけどまぁいいや。』
足が速い選手が何だと言わんばかりに1.2番を内野フライ、3番を三振に打ち取り、この回9球で終えた。
三振を取ってゆっくりとベンチに帰ろうとした時、ネクストバッターズサークルにいた樫本さんと目が合った。
彼女は花蓮の選手の中でもずば抜けて凄いスラッガーだった。
まだ甲子園の歴史も浅いが、通算本塁打数は歴代1位の7本塁打。
今大会も打率.571、本塁打2本、打点11。
だが、光も今大会打率.727、本塁打4本、打点9、盗塁5、出塁率.812という驚異的な結果で、打点こそ樫本さんに負けていたが打撃でもその天才っぷりを発揮していた。
「試合前は武石がごめんなさい。私個人で言えば勝負してあげたいけど、そう簡単に勝負できないの。」
樫本さんが守備につく前に少しだけ話しかけてきた。
「別に気にしてないよー。勝たなきゃいけない試合だし、勝負しないのも仕方ない。」
光はあっさりとそう答えると、樫本さんに目もくれずベンチの中に戻っていた。
2回表の攻撃。
5番からの攻撃だったが手も足も出ずに武石さんに完璧に抑えられていた。
そして、2回裏。
「4番、サード樫本恭子さん。」
「きゃー!樫本さん!」
「絶対に打ってー!かっこいいー!!」
樫本さんは女性からの人気があるらしく、女性のファンの追っかけも結構多いらしい。
甲子園にも黄色い声援が飛び交っていた。
右バッターボックスに入り、普通のバッターよりもトップが高い位置にあり、ゆらゆらという感じでバットを遊ばせている。
下半身は少しだけオープンスタンス気味で上体を少しだけ沈みこんで構えている。
『威圧感を感じるいい構え。予選、甲子園を通して初めて打たれそうな感じするな。』
勿論、本塁打を怖がって勝負しないという選択肢など最初からなかった。
監督は最悪四球でもいいという考えだったが、それを言ってしまうと光は目に見えてモチベーションが下がるので、勝負してこいと送り出された。
初球、インコース低めへのストレート。
それを樫本さんは反応せず。
樫本さんは花蓮女学院の中でも飛び抜けたバッターだが、監督のまとめた公式戦のデータによるとインコース低めの打率がベンチ入りしてる20人の中で1番低かった。
インコース低めの打率.221
ざっくり4回に1回しか打てないからウィークポイントだと思われるが、今年の東京予選だけ見てもインコース低めを3本ホームランにしており、昨日の試合の満塁ホームランもインコース低め打っていた。
光には彼女は本当はインコース低めが1番得意だという確証があった。
勿論その根拠もあった。
インコース低めの打率と1番打率の高い、ど真ん中の打率.702と比べると5割低いのは明らかに弱点。
だが、点差とランナーの有無によって打率が全然変わってきていた。
負けている状態でのインコース低めの打率.750
3点差以内で勝っている場合の打率.276
3点差以上で勝っている場合の打率.0625
負けていて得点圏にランナーがいる時の打率.888
そもそも負けていること自体が少ない為、負けていて得点圏にランナーがいるときのサンプルが少ないが、点差があって勝っている時は意図的にインコース低めを凡退していると光は思っていた。
もう1つの理由として、凡退してはいるが1度も三振をしてないのが決定的な証拠だといっていた。
インコース低めの打率を下げるには、インコース低めに来た時に凡退する以外に下げる方法はない。
だからこそ、このコースにボールが来た時はスイングして凡退して打率を下げてるとしか思えなかった。
打たなければいけない時は、相手のチームも必ず抑えないといけない時。
相手は最後の勝負球にインコース低めを選択し、樫本さんはその球だけを待って確実に打ってきたんだろう。
だからこそ、敢えてのインコース低め。
2球目も初球と同じようにインコース低めへ142キロのストレート。
「ストライーク!!」
またしても一切反応することなくインコース低めを見逃した。
一球外すなんてそんな投球は眼中に無かった。
3球とも全て相手の1番得意なインコース低めへのストレート。
カキイィィーーーン!!!
ここまで一切反応を示さなかった樫本さんは144キロのインコース低めのストレートをフルスイング、高々と上がった打球は瞬く間に外野へ飛んでいった。
樫本さんは光を見てニッコリと笑い、光は樫本さんを見て苦笑いをしていた。
パシッ。
ここだけ見ると光がホームランを打たれたように見えたが、結果は右中間ラッキーゾーンギリギリのライトフライだった。
光はギリギリ打ち取ったのをわかっていたが、本心では空振りを取れると思っていた。
逆に樫本さんはインコース低めが来ると分かっていながら、ライトスタンドにボールを叩き込むことが出来ずに、光のストレートの威力に感服したようにニッコリと笑っていた。
お互いが自分が思ったような結果にはならなかったが、両者は互角かもしれないと感じた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます