第14話 準決勝-スーパーエース対決-



準決勝。



福岡県代表城西高校 対 京都府代表舞鶴女学院高校



舞鶴女学院は女子野球の全国大会が決まった前年から、いち早く男子の中でプレーしていた選手や、ソフトボールの有名な選手などをスカウトして一気に強豪となった。




昨年の夏の甲子園準優勝の実績を持つ、全国でも屈指の強豪校との一戦となった。



この試合で1番注目は、


日本女子最速の速球の東奈光VS七色の変化球と超絶コントロールを持つ齋藤帆南さいとうほなみ



相手を力でねじ伏せる本格派と、多彩な変化球をコーナーに投げ分ける技巧派のタイプの違う一流の投手の投げ合いとなった。




この試合は1回から7回まで両校の投手が完璧なピッチングを繰り広げた。



東奈光


投手成績:7回無失点、被安打3、四死球0、14奪三振。


野手成績:0打数0安打3四球。



齋藤帆南


投手成績:7回無失点、被安打0、四死球5、4奪三振。


野手成績:3打数0安打3三振。



光は7回を投げきって四死球をひとつも出していない。


逆に齋藤さんは四死球5つというどちらが技巧派かわからない成績になっていた。



舞鶴女学院は徹底的に打者としての光との勝負を完全に避けていた。



光を敬遠しての3つと、四球を2つ出していて齋藤さんが5四球となってしまっている。



観客の注目は、7回を投げ切ってノーヒットノーラン中の齋藤さんであった。



舞鶴女学院は1点でも取っていれば齋藤さんのノーヒットノーラン達成となる。



延長戦に突入した場合は、その延長戦もノーヒットに抑えても、試合に勝つまではノーヒットノーラン達成とはならない。



そのノーヒットノーラン達成阻止しているのは、彗星の如く現れた投打の天才の東奈光であった。



ノーヒットノーラン中の齋藤さんに隠れてしまっているが、光も7回までほぼ完璧の3安打に抑えていた。



1.2回に立て続けに3本打たれただけで、3回以降はパーフェクトに抑えていた。



お互いに一切譲らない今大会一の投手戦となっていた。



延長戦8回に入るが、延長戦は女子の体の負担を考えて、延長戦は即タイブレークとなっている。



タイブレークはノーアウト1.2塁からの攻撃から始まる。


前の回のバッターが4番で凡退して終わっていた場合は、8回のタイブレークでは5番からの攻撃となる。



一塁ランナーは前の回で凡退した4番、二塁ランナーはその前の3番バッターとなる。



8回表の城西高校の攻撃は、8番バッターからの攻撃で一塁ランナーは7番、二塁ランナーが6番という形になる。



タイブレークは基本的には後攻がかなり有利とされている。



相手が表の攻撃で何点入れられたかによって、後攻のチームが戦術を選べるからである。



とにかく調子がいい齋藤さんからヒットを打てる、ビジョンが湧かなかった城西高校はバント作戦を決行した。



作戦内容はバントを成功させ、1アウト2.3塁にしてそこからスクイズでとにかく一点を取りに行くという作戦だったが…。



8番がどうにかバントを成功させ、1アウト2.3塁にした。



9番バッターがバントを打ち上げてしまいスクイズ失敗。



ランナーは変わらず2.3塁で、2アウトになり1番バッターのセカンドの西さんがアウトコースのスライダーを打たされて、ピッチャーゴロでチェンジ。



かなりピンチに立たされた城西。



舞鶴女学院は3安打していたが、1つゲッツーがあったので相手は6番からの攻撃となった。


舞鶴としては城西がやったようにバントからスクイズの1点で勝利という盤面だった。



だが、光はバントのしずらいとされるインコース高めのストレートを多投して前にボールを飛ばさせなかった。



6番はバットにボールは当てているが、全てファールになりスリーバント失敗。



続く7番もバントを試みたがピッチャー正面のバントとなり、光はそのままボールを捕ってセカンドに送球してアウト。



そのままショートが一塁にボールを送ってダブルプレーで危なげなく8回を乗り切った。



8回を乗り切った城西は、9回に最大のチャンスが訪れることを分かっていた。



2番からの攻撃で必ず4番の光に打席が回る。



だが、これには条件があった。


2.3番のどちらかがどのような形でもランナーに出ることだった。



バントして2.3塁にしても光に回ってきた時に四球を出して、満塁にして逃げるという形を取る事が出来る。



この回の城西がやらないといけないことは1人ランナーに出て満塁にして、光に打順を回して相手が勝負せざるを得ない場面を作る必要があった。



それを痛いほどわかっていた城西の2.3番だったが、齋藤さんは四死球を期待できるような投手ではなかった。



どちらも必死に食らいついて出塁しようとしたが、齋藤さんもここまでノーヒットノーランを続けている意地があった。



2者連続三振でランナーを進めることも出来ずに、ツーアウト1.2塁で4番の光に打順がまわってきた。




今日一番の大歓声で光は打席に向かっていた。



大歓声の中、光はとても冷静だった。



自分が勝負されない事を分かっていたからだ。


それをわかっていたから、ネクストバッターズサークルにいる天見さんに全てを託してきた。



もし勝負してくるなら必ず打つという気持ちはあった。


ツーアウトランナー無しからでも勝負しなかったバッテリーが、こんな場面で勝負してくるわけが無い。



もし勝負して打たれたら取り返しのつかない場面なのだ。




「ねぇ、一球くらい私にストライク投げようって気はない?」




光は急にキャッチャーに向かって話し始めた。



キャッチャーはそれに耳を貸さずに、あくまでも大きく外してボールを要求している。



「まぁいいや。次のバッターには気をつけた方がいいよ?特にを投げる時はフォームに気をつけてね。」





「ボール。フォアボール。」




光はバットをゆっくりと地面に置いて、一塁へ走り出した。




『カーブ?フォームに気をつけろ?フォームで球種がわかるってこと?』



相手のキャッチャーは流石に光の言葉を完全に無視することはできなかった。


だが、そんなことを言っても善意で教えてくれるわけもない。



100%罠なのは間違いないと分かっていた。



だが、分かっていてカーブを投げさせてもその言葉のままカーブを狙い撃ちしてるかも知れない。



本当はカーブ以外に的を絞っていて、カーブを警戒させることによって、カーブを投げさせずに他の球を狙っている可能性も…。




「タ、タイムをお願いします。」




「帆南、東奈がカーブに気をつけろと癖があるって言ってたよ。絶対罠だと思うけどなにか少しでもピンとくることない?」



「ない…ないわ。そんなくだらない言葉を気にするなら、彼女から次の回どうやったら点を取れるか考えた方がいいと思うで。」




投手の齋藤さんはバッサリとキャッチャーの言うことを切り捨てて、マウンドをならしていた。



マウンドをならしている齋藤さんの目に飛び込んできたのは、齋藤さんのフォームをほぼ完璧に真似している光の姿だった。



5番の天見さんにかなり熱弁しながら何かを伝えている。



齋藤さん自体はこの試合打者として光には簡単に捻られていた。



今日は1度だけバットにボールが掠っただけで、それ以外はバットが空を切り続けていた。




内心、齋藤さんにはかなり焦りがあった。


光の球を自分もチームメイトも全く打てるビジョンが思い浮かばなかったからだ。



だが、それよりも自分のフォームを完璧に真似してアドバイスを送っている光の姿に一番焦りを覚えた。



本当にカーブに癖があって打たれるんじゃないかと言う気持ちになった。




キャッチャーからのサインでもし初球カーブのサインが出たらどうしようか?



今日1番相手が対応出来ていないフォークなら打たれないと思っていたが、フォークはボールになる可能性が高く、狙われていたらまずコントロールミスすると打たれる。



逆にもうひとつの得意球のスライダーはカーブと曲がる方向が同じで、もしかしたらカーブ待たれていた時にスライダーなら反応してくる可能性も…。




結局、バッテリーが選択したのはストレートだった。



だが、舞鶴バッテリーがどれだけ考えても意味はなかった。


天見さんにとってはカーブでもスライダーでもそんな事はどっちでもよかった。




ツーアウト満塁で、最も考えられない初球からセフティーバントを試みてきた。




3塁側に少し強めのバントになった。


齋藤さんは反応が遅れて処理に向かったが強めのバントに追いつけなかった。




少し後ろに守っていたサードも慌てて前進して、ボールを捕球する寸前に天見さんの姿が目に入った。



舞鶴の誤算はキャッチャーで小柄の天見さんが足が速いということに気付けなかったことだ。



サードが思ったよりも天見さんはかなりファーストまで近づいていた。



捕ってからすぐにファーストに送球した。




天見さんは頭からファーストベースに滑り込んだ。





「セーフ!セーフ!!」




意表を突いた初球セフティーバントで待望の一点をもぎ取ることに成功した。




トドメを刺すにはこのバントで十分だった。



9回裏の舞鶴女学院は8番からの攻撃。



3回から8回までパーフェクトで抑えてきた光に対して一点を取るにはとにかくバントを成功をさせ、1アウト2.3塁にすること。



ワイルドピッチ、パスボール、エラー、犠牲フライ、スクイズなど1点入れる条件が一気に増える。



それはお互いに分かっている。


相手の8番バッターはかなりガチガチに緊張しているのが分かった。



マウンド上の光も、キャッチャーの天見さんでも分かるくらいだった。



あっさりと2回連続でバント失敗して後1回失敗したらスリーバント失敗という場面に、ガチガチを通り越し硬直していた。



誰が見ても成功するわけないバントだったが、構えたバットに奇跡的にいい所に当たった。



これが絶妙なバントになり、舞鶴は1アウト2.3塁とすることに成功した。



9番バッターのところで代打が出てきた。


体格のいい長打力のありそうなバッターが右打席に入った。



城西はスクイズ警戒の為、かなり極端な前進守備のシフトを敷いた。



外野が定位置よりも20mくらいに前に来て、ほぼ内野の定位置まで前進してきた。



外野フライを打たれたらサヨナラになるようなシフトだった。



これは舞鶴がスクイズしてきても、絶対にホームで殺すという相手を逆に打つ以外の選択肢を与えさせないシフトだった。




舞鶴からすれば、これだけの前進守備をとられると流石にスクイズするのは厳しくなってしまう。



逆にいえば前に打球を飛ばせれば一打サヨナラの可能性が高くなる。



城西からすれば外野にまでボールを飛ばされればサヨナラ確実の場面。



それでも精神的に追い込まれているのは舞鶴の方だった。



外野フライをあげれればサヨナラ勝ち。



もし内野ゴロを転がしてしまうと、今のシフトでは内野が7人いるような状態なので、ホームで殺されて一点を返すのは限りなく厳しい。



絶体絶命のピンチだったが、光は自信満々な笑顔でマウンド上に立っていた。



こういう場面でのリードのセオリーは、とにかく低め低めに球を集めてフライを上げさせないような投球をする。



それで内野ゴロを打たせてゲッツーを取りに行くのが定石なのだ。




だが、バッテリーは初球からインコース高めのストレートを選択してきた。


コントロールミスとかではなく狙って高めに投げてきた。



低めを狙っていたバッターは手を出すことが出来ずにワンストライク。



絶体絶命のピンチとは思わせない投球間隔の速さで、すぐに2球目を投げるためにセットポジションに入った。



そして、バッテリーが選択した2球目の球はど真ん中高めのボール球のストレート。




ブンッ!!




それをバッターは豪快に空振りした。



高めといってもストライクゾーンよりも30センチくらい高めに釣り球のストレート。


相手の顔の高さのストレートだったがコースが高目というのもあり、釣り球に完全に手を出してしまった。




ノーボールツーストライク。



3球で仕留めてくるか?

それともボール球になる変化球を投げるか?



選択したのさっきと同じ高めのボール球。



一瞬さっきと同じようにボール球に手が出そうになるが、ギリギリのところで踏みとどまった。



ここまでストレートで押しに押してきている。



バッターも完全にストレート待ちをしている。


それなら、次投げるのはストレート待ちに有効なチェンジアップ。




4球目。



光が投げたのはど真ん中のストレートだった。



バッターは甘いコースにストレートが来たと思い、フルスイング。




ブンッ!!





「ストライィーク!バッターアウトォ!!」




だが、そのスイングでストレートを捉えることが出来なかった。



ここまで1球目135キロ、2球目、3球目の高めのボール球は134キロ。



そして、勝負球に選んだ4球目の渾身のど真ん中のストレートはこの日最速の143キロを計測した。



観客からはどよめきと歓声が混じっていた。




「ふぅ。」



光は軽く一息ついた。



三振に取ったストレートはノビ、キレともに最高のストレートだった。



バッテリーは打たれるわけが無いと思ってあえてど真ん中に投げてきた。




9回にこの日最速の球を投げられるのスタミナにもビックリするが、それをど真ん中に要求していく天見さんもかなり大胆だった。



そして、最後のバッターになる予定の1番バッターが左打席に入った。



この1番バッターだけがこの試合唯一三振をしておらず、一打席目にレフト前ヒットを放っていた。




光は熱視線を感じ取ってネクストバッターズサークルを見てみた。


恨みがあるような鋭い目付きで見ていたのは2番ピッチャーの齋藤帆南だった。




光は露骨にボディーサインをキャッチャーの天見さんに出した。




「なっ!すいません!タイムお願いします!」



そのサインを見て驚いてすぐにタイムをかけ、小走りで光の方に天見さんは駆け寄ってきた。



天見さんに少し遅れて内野陣も慌てて駆け寄ってきた。




「敬遠ですか?なにか根拠があってですか?」




「根拠ねぇ。ちょっとあっち見てみて。」




見えないように指を指した先には、物凄い怖い目つきでこちらを見ている表情で齋藤さんだった。




「え…。怖っ。」



あまりにも怖い顔をしている齋藤さんを見てみんなドン引きしていた。



「このバッターを歩かせたら次のバッターで押し出しの可能性は出てくるけど、3三振してるあの鬼の形相をしてるあのピッチャーと勝負しても別にいいと思わない? 」




「………。」



みんな特に不満は無さそうだった。

今日の齋藤さんは明らかに光の球に対応出来ていなかった。



「文句ないなら決まりね!ほら、帰った帰った!」




光の言う通り1番バッターを敬遠した。



ここまで投げあってきた、打者齋藤帆南vs投手東奈光との勝負が始まった。






「ストライクッ!バッターアウトォ!ゲームセット!」





結局、打者齋藤帆南は最後の最後まで投手東奈光に手も足も出なかった。



全球ストレートの三球三振でこの長い長い投手戦に幕を閉じた。




この試合は誰が見ても、最後の最後まで齋藤帆南と東奈光という両投手の最高の投手戦であった。




「やったーー!!決勝進出だ!!」




そして、城西高校は決勝戦へ駒を進めた。



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