野球少女は天才と呼ばれた

柚沙

第1話 公式戦初マウンド



この物語の主人公は、後に日本国民では知らない人がいない程の野球の天才東奈光ひがしなひかりだ。



光は当時3年の時は身長178cm、72kgの恵まれた体格を持っていて顔立ちは良くも悪くも普通だった。


どちらかというと綺麗と言われるタイプの顔立ちで、同級生に比べると大人っぽく見られることが多かった。


左投左打の投手で、野球をやってきてからここまでずっと投手として活躍をしてきた。




光は体格だけが優れているのではなく、ありとあらゆるスポーツに通ずるであろう運動神経が同じ女子と比べると比較にならず、男子と比べないといけないレベルの運動能力を持っていた。



それを証明するのはスポーツテストの女子部門で中学1年生から高校3年まで堂々の全国1位。



50m走、ハンドボール投げ、立ち幅とびで中学生と高校生の両方の日本記録更新をし、中学の頃からやったこともない競技のスカウトが毎日押し掛けて来るくらい高過ぎる運動能力を持っていた。




野球の実力はというと、MAX138キロのストレート。

多彩な変化球の中でも縦に割れるように落ちるナックルカーブ。

100キロ台のブレーキの効いたチェンジアップ。

そして左投手最大の武器の高速スクリュー。



これらを武器に男子顔負けの投手として福岡地区で姉のことを知らない人がいないほど有名な投手だった。



光のほんの一部の野球やスポーツの武勇伝を話してきたが、これでもほんの僅かな部分でしかないのが恐ろしいところである。




女子野球選手としてのレベルを逸脱している光はというと、地元福岡で強豪校の男子野球部に入り、男子顔負けの投手としての才能を存分に発揮していたが、高校野球の規定により公式戦には出ることが出来なかった。



それでも光は練習試合などで強豪校の男子相手にでも相手を抑え込む投球をしていた。



光が通っている城西じょうせい高校は去年の夏に甲子園に出た福岡でも有名な高校で、数年前から女子野球が日本国内で盛り上がって注目された影響を受けて、光が3年になったと同時に城西高校は女子野球部を設立した。



新しく入った1年生達は最初は上級生もいない野球部で、上下関係もなく1年生だけでギクシャクもなく野球をやっていたが、男子野球部に在籍して活躍していた光のことを知ってしまった。




光のことを知ってからはその実力を無視することが出来なかったのか、1年生の人達が光に毎日のように朝、昼、放課後とローテーションで来るようになった。



光は女子野球に一切興味がなく、何度来ても無理という一言だけで1年生たちをすぐに追い返していた。



何度も断り続けていつの間にか2ヶ月の月日が流れていた。



同じクラスにいる男子野球部のキャプテンから、規定によって公式戦に出られない光のことを思い、夏の大会だけでもあの子達と試合に出たらどうだと持ち掛けられた。



それも最初は断ったが、1年生の中心となっているある女の子の熱意と仲の良かった野球部のキャプテンに説得される形で、渋々夏の大会が始まる2週間前に野球部を掛け持ちして女子野球部に入ることになった。




元々男子相手と同等以上の投球をしていた姉が女子野球の試合に出たらどうなるかは想像に容易かった。



2週間という短い時間しか無かった光は女子野球部として最初で最後の公式戦にほぼぶっつけ本番で挑むことになった。



東奈龍ひがしなりゅう


光の溺愛する弟で、光とは10歳差と少し歳の離れた8歳の弟が両親に球場に連れられていた。


球場に連れてきたのは光の両親だったが、大会の前日からしつこいほど光がどうしても弟の龍を連れてきて欲しいと頼み込んでいた。




「龍、これから野球を続けていくならこれからマウンドに上がる光のピッチングをよく見ておくんだよ。」




光と龍のお母さんお父さんは光が野球を上手くなる為の投資を一切惜しまなかった。


家の隣に土地を買って防音の室内野球場みたいなものを作り、光が家でも毎日練習出来るような環境があり、弟の龍も練習場によく連れられて光の練習の手伝いをしながら、合間合間に光にいつも野球の練習もやらされた。



勿論のこと有無も言わさずに光が入っていた少年野球チームに龍も小学一年生の時に入れられた。




龍自身はその事についてあんまり思うこともなかったが、光はいつも笑っていて楽しそうにボールを投げ、バットを振り、グラウンドを全力で走り、野球の全てを愛していた。




その姿をずっと見てきた龍が野球を嫌いになるはずもなく、野球をやらされていることへの疑問も文句も一切なかった。



光が野球をやる姿が好きだったは龍は姉の練習試合によく連れて行かれていたが、今日の試合がおかしなことはすぐに理解出来た。




「今日はなんで女の子ばっかりなの??」





光はいつも男子の中に1人女子としてプレーしていて、その試合をいつも見に行っていた為に、8歳の龍にとっても大きな違和感を覚えいた。




「今日はね、光の特別な日なのよ。」




お母さんのその言葉は当時の龍には分からなかったみたいだったが、歳を重ねていくうちに段々と理解していくのだろう。




「プレイ!」





光はマウンドでいつものようなにこやかな笑顔と、堂々とした佇まいでキャッチャーからのサインを確認して深く頷き、高々と足を上げ、一切体のブレを感じさせない体幹の強さから、無駄を感じさせない体重移動に、肩、肘、指先までの滑らかな腕のしなりから繰り出されるストレートに球場が騒然した。





球場のスピードガン表示は137キロを計測していた。




「うおぉぉぉぉ!いーぞ!いーぞ!ひ!か!り!」





龍は一塁側の1番近いところで見ていたが、後ろから男の野太い応援がマウンドにいる光に対して飛んでいた。


後ろを振り向くと光の試合を見に行った時に優しくしてくれた光のチームメイトの野球部の男子達が応援に来ていた。



女子の試合とは思えない野太い応援に球場に来ていた親御さんや、敵情視察に来ていたであろう女子選手さえも少し引いていた。



その応援を聞いても光は相変わらずにこわかな笑顔?というよりもその光景を楽しむような素振りを見せる余裕の表情で女子とは思えないストレートをキャッチャーのミットに投げ込んでいった。



「ストライーク!バッターアウトッ!」



三者三球三振でストレートのみでバッターが一切バットに当たることも無くあっさりと1回表を抑えてスキップするようにベンチに戻ってきた。



「りゅー!ちゃんとおねーちゃんのピッチングみてるかー?」



ベンチの中に戻る前に帽子をとって龍に笑顔で手を振っていた。



龍は8歳の子供ながら大切な試合中にこんなに笑顔で弟に手を振っても大丈夫なの?と思った。




「4番、ピッチャー東奈光さん。」




愛用の黒いバットをクルクル回しながら、跳ねるように左打席に向かっていった。



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