【天神編】8.ずっと、「普通」じゃないのが嫌だった。怖かった。
――ずっと、普通じゃないと言われるのが怖かった。
自分の直感が人並み以上であることは、幼いころから気づいていた。
迷子になっても絶対親の居場所はわかったし、友達が何を考えているのかなんとなく察せた。
けれどそのカンの良さが良い事ばかりではないと気づいたのは中学生になってから。
一度も遊びに行ったことのない場所で地図なしに歩き回れたり、友達の家で机のどこに何があるのか、なんとなく当ててしまったりしたときに、友達にドン引きされたり。
テストで直感に任せて書いた回答は大抵全問正解になって、結果として頑張ってる友達より簡単に上の成績を出してしまって嫌われて、絶交されてしまったり。
ピンとした閃きで動いて、過度に目立って周りに壁を作られたり。
『ずるいよね。なんでも直感でうまくいくなんて』
『陰で努力してるくせに、なんでも直感でごまかさないでよ』
『本当は地図で道を覚えてたんでしょ?』
『本当は机の中覗いたんでしょ?』
私がただ私として生きているだけで、周りに角が立つ。
直感なんていらない。私は理性的に『普通』に角を立てずに生きていきたい。
けれど勝手に浮いてしまう。
うっかり気づいてはいけない事に気づいてしまったり、ポロッと変なことを漏らしてしまったり。
なるべく「普通」であるように頑張ってきた。
けれど、うまくいかないことばかりでーー
---
「私、浮きたくないのにずーっと『変な子』って言われてきたんです。それがコンプレックスで」
帰りの車の中、私はこんなことをぽつぽつと篠崎さんに打ち明けた。
「なんとなく気づいちゃったり、当てちゃったり。つい口を出しちゃったり。『普通にしなさいよ』って友達からもよく注意されてたのに」
博多湾の上にゆったり弧を描く都市高速は車がまばらで、エンジン音と走行音が私たちの間を静かに響いていく。
私の膝の上で霊力を充電しながら夜さんは眠っている。
ワイヤレス充電のスマホみたいだなって、ちょっとおかしい。
見下ろす港の夜景は夢のように静かで、綺麗だ。
コンテナが、船が、煌々とした明かりに照らされている。
「だから……篠崎さんのところで働くの、怖かったんです。『私はあやかしが見えます、だだ漏れ霊力です』って、……普通じゃないって認めたくなかったんです」
「そうか?」
「え、」
「そういうのは、ごく普通の、当たり前の悩みだよ」
彼はさらりとそんなことを言う。私が顔を見ると、篠崎さんは優しく微笑んだ。
「誰だって、平均値から飛び出したところはある、そこを伸ばすか削るかで悩むのは、若い人間にとっちゃ普通の悩みさ。菊井さんに関しちゃ、勘の良さの使い方をストレートに出し過ぎて、社会への順応を少し間違えていただけだ。直感があってもちゃんと『普通』でいられるさ」
都市高速の明かりに照らされた篠崎さんは真面目な顔をしていた。私の悩みを真っ直ぐに、真剣に受け止めてくれる人は初めてだった。
「言わなくていいことを言わない、全力を出し過ぎない。ほどほどのところで合わせる、それでいいんだよ。……まあ、あんたがうちで働いてくれるなら全力を出しても構わねえがな」
「そうですか?」
「あやかしだらけの世界で『変』だのなんだの、いうかよ」
それに、と篠崎さんは付け足す。
「本当にこれまでの『直感』は全て、あんたの霊力によるものだけか?」
「え……霊力以外に、何かありますか?」
「無意識で無自覚な洞察力、分析力から生じる『判断』は直感と見分けがつかない。――昔から言う『女のカン』ってやつだってそれだ。言語外のコミュニケーションで男の行動の違和感に気づき、それを指摘する。当たっていたとしてもそりゃあ当てずっぽうな霊感なんかじゃない。その気づきを言語化して説明できないときに、単純に『女のカン』と言うだけで。……あんたはそういう洞察力や分析力が鋭い。夜をよく見ていた」
「……そうでしょうか」
「学校でも会社でも、そういう事は多かったんじゃないのか? なんとなく気づくことや、なんとなく察すること。あんたはそういう能力が秀でているんだ。そりゃあ、あんたの場合は『霊力』由来のピンとくるやつもあるだろうけどな。人や現場をよく見て、気づくことが得意なんだと、俺は思うけどな」
ウインカーを出して車が車線変更する。香椎浜インターチェンジに、滑らかに車が吸い込まれていく。
「自分の長所は素直に自覚しろよ。そして活かして幸せになれ。転職活動中なんだろ?」
インターチェンジを降りる直前、篠崎さんは私を見て笑った。
「……ありがとうございます」
心のかたくなになっていたところが、ぽろぽろとほどけていくのを感じた。
「そもそも浮いてるのは、別に直感のせいだけじゃないと思うけどな」
「えっ」
「性格っつーか、なんつーか」
「え、待ってください、いい話で終わらせないんですか!?」
「まあいいんじゃないのか? あんたがそういう奴だったから、あやかしとも平気で馴染めてるんだし。個性っつか、才能っつか」
言いながら篠崎さんは、とても静かな目をして微笑んだ。
「俺は菊井さんのこと、いいと思うよ」
「しばらくは現代の人の世を学ぶことから始めるが、おいおい篠崎社長の元で世話になりたい」
「あら」
「営業はほぼ俺一人でやっていたが、こいつ思ったより使えそうだからな。荒事も得意そうだし」
「てっきり占い師でそのまま勤めると思ったんですが」
「合わねえな」
篠崎さんはばっさりと切る。
「話を聞くのは上手いが、現代社会に寄り添ったアドバイスが全くだ。あと占いも知らない」
「占い知らなかったんですか!?」
でもまあ確かに、話を聞いていて明らかに猫としてのアドバイスをされていたような気がする。人間向けっぽい内容は全てどこかで聞いてきた丸暗記のセールストークだったし。
「霊力を奪うためだけにやっていたことだから仕方ない。今では反省してる」
「夜さんなら大丈夫ですよ。私も転職頑張るので、一緒に頑張りましょう」
「ところで」
「はい?」
「楓殿、撫でたいのか?」
しゅるしゅると私の腕に尻尾が絡まってくる。どういった仕組みなのか、ネクタイを締めたのどの奥からごろごろと音が聞こえてきた。
「えっ!? あの、でも……!」
「撫でて欲しい。楓殿の手、気持ちいいから」
目を細めた夜さんは私に頭を差し出してくる。人間の、しかも美男子の姿でだ。
「えええ……」
「あとちょっと舐めさせてほしい」
「!?」
「楓殿は、美味しいから……ちょっとだけ」
上目遣いに見上げてくる、その瞳が妖しく輝いている。私はぞくりとした
篠崎さんが契約を結ばないと危ないといった意味がわかった。気がする。
「な? 猫に理性なんざあるわけねえだろ」
「あはは……」
夜さんはそのまま猫の姿になり、私の膝に乗ってきた。まあ猫の姿ならいいやと、膝でごろごろとあやす。
「ところで」
千早駅が見えてきたところで踏切の渋滞に入り、車のスピードが緩やかになる。そのタイミングで篠崎さんは私を見やった。
「どうする? あんたはこのままうちに就職していいだろ?」
「……辞めさせてくれたのは、もしかして篠崎さんですか?」
言葉では返事をせず、ぺろりと舌を出す。成人男性がそれをやっても魅力的に見えるのだからずるい。
「辞めさせといて私の意向を聞くって、それはないですよ」
「や、一応聞いとかねえとな」
「さっき篠崎社長、ベンゴシに釘さされてた」
「えっ」
「さっき電話をかけていたのは、ベンゴシというあやかしだ」
膝の上で猫の姿であくびしながら夜さんがいう。チッと、篠崎さんが舌打ちする。
「いうなバカ」
「にゃあ」
猫だからわからない、そう言いたげな白々しさで私の膝で丸くなる夜さん。毒づきながらも顔が笑っている篠崎さん。なんだかあまりにも和やかな光景で、私はつい笑ってしまった。
疲れていた肩が軽くなる。
こうして、仲良さそうにしている夜さんと篠崎さんの関係を見ていると、あやかし皆がこんな風に、素直に過ごせる世界を作りたいと思う。『此方』では普通として扱われない存在が、普通に過ごせるお手伝いをしたい。
私は自分の手のひらを見た。
会社では私なりに、たくさん資料を作って、たくさん仕事をして、たくさん貢献してきたつもりだ。
感謝もされなかったし、毎日怒鳴られてばかりで。
でも、それが普通だと思っていたから。普通だから、我慢しなきゃと思っていた。
けれど。こうして私の能力を認めて、私を求めてくれる人がいる。
私は――そういう場所に転職したかったんじゃないの?
普通じゃないけれど……ううん。
「篠崎さん」
「ん?」
「この仕事、普通じゃないから嫌だって思ってましたけど、この仕事も普通ですよね」
私は自分の中で確かめるように言う。
「困っている誰かに、生きていくための仕事を見つけたり。得意なことを一緒に探したり。それで誰かが幸せになるなら、そのお手伝いをできるなら、それって素敵な『普通』ですよね……」
「ごく普通の、ごくごく当たり前の仕事さ。あやかしに『普通』を与えるのが、何がおかしい」
踏切が開き、車の流れが動き始める。
ビルの合間から、ぎらりと輝く夕日が目を焼いた。
「――私やります。夜さんに向いてることを力説した私が、自分のできる事や向いてることから目をそらすのって、なんだか違うと思うので」
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