【天神編】4.募集要項間違ってません?

 私は篠崎さんと一緒に歩いた。パルコを通って地下街に入り、そして地下鉄の改札を通る。そのあいだじゅう、通りすがる人々の視線、特に若い女性の視線が篠崎さんに注がれているのを感じ続けた。

 注目を集めるのもわかる。芸能人じゃないのかってくらい、シュッとしてる。


 ーーけれど。

 私以外誰にも、彼の頭とお尻でふかふかしている耳としっぽは見えていないようだった。鏡に映る篠崎さんを見れば、ごく普通の黒髪短髪の、身なりの良いお兄さんといった風貌だ。顔の美しさはそのままだけれど、髪型と尻尾と耳がないだけでまるで別人みたいだ。


「この可愛いのが見えてないって世間の人は可哀想……」

「なんか言ったか?」

「あ、いえ」


 私は道すがら、篠崎さんに自分の出自について話していた。


「そうか。菊井さんは巫女の家系でも公務員でもなんでもないと」

「はい。たぶん。戦争とか幕末とかで、いろいろ家の記録は残ってないらしいので、すごく遡ったところがどうなのかは、わかりませんけど」


 彼は私の「だだもれ霊力」の理由が聞きたかったらしい。


「そんな霊力でうろついてて、よくこれまで襲われなかったな……」

「そ、そこまで酷いんですか、私の状態って」

「あやかしから見たら、全身に生肉ぶら下げてサファリパーク歩いてる餌だな。しかも博多和牛とか佐賀牛とか、そんなめちゃくちゃいい肉」

「最悪なタイプのレディガガじゃないですか」

「……街の治安のためにも、それはなんとかしてもらいたいんだが……」


 今は篠崎さんが簡易的に結界を張って対処してくれているらしい。


「あやかしが見える一般人は珍しいんだ。すぐに食われるからな」

「ヒッ」

「かつてあやかしを使役していた一族、寺社関係者、神職。もしくはあやかし系専門の公務員の一族ならば見える奴も多いんだが」

「……そういう人たちってやっぱり見えるんですね」


 私は弊社の主任を思い出す。

 いちいちマウントを取りたがるアラサー女性の彼女は以前、髪の毛をかきあげながら、


「あたし、離島の巫女の血をひく末裔なの。だから、たまに視えちゃうのよねぇ」


 なんて話をしていた。そういうことってあるんだなー。

 主任、フカしてるだけかと思った。いや、主任に本当に見えてるのかも分からないけど。


「まあ歴史を辿れない事は多いしな。女系は特に、繋がりが残らないことも多い」


 篠崎さんは考えることをやめたらしく、ふう、と溜息をついた。


「でも私、これまであやかしなんて視たことないんですよ」

「今日いきなりって事なんだな?」

「ええ……たぶん」

「何らかの形で、菊井サンにかけられていた封印が解けたのかもしれねえな」


 彼は顎に手を添え、一人考え込む様子だった。


「きっとたまたまですよ。私、取り立てて目立つこともない普通のOLですし」

「本当か?」

「ええ」

「勘が良すぎたり、人がわからないことを無意識で当てちまう、なんてこともないか?」

「……え、ええ!」


 どきっとしたけど、私は笑って誤魔化す。

 だって私は「普通」になりたいから。

 篠崎さんの耳と尻尾のことも、気づかないふりできるならしたかった。


 私と彼はそのまま地下鉄天神駅のホームへと降りていく。そこは帰路に就く老若男女であふれていた。


 相変わらず周りの視線がちらちらと、彼と私の両方に向く。

 うう、目立ちたくない……。

 背中を丸めていた私をしばらく見ていた篠崎さんが口を開く。


「なあ、菊井サン」

「はい」

「単刀直入に言う。あんたは巫女の素質があって、更に霊力がだだもれだ」

「だだもれ……」

「その霊力を抑えねえと、あんたは延々とあやかしに絡まれ続けるぞ」

「え」

「俺のところで働かないか?」

「え、ええ?」

「転職活動中なんだろ? まあ、見てみてくれ」


 彼は私にタブレットの画面を見せる。そこには求人票が一面に表示されていた。

 私はそれを上から下まで読み込んでいくうちに、色々と変な冷や汗が出てきた。


 みたことのない給与。みたことの無い福利厚生。

 正真正銘の、ドホワイト。


「……あの……いろいろ間違えてません?」

「何が」

「私の経歴で……その、あまりにホワイトというか……というか、私の経歴は見なくていいんですか?」

「履歴書入社してからでいいわ」

「雑ですね!?」


 あまりにうまい話すぎて困る。

 唐突に頭の片隅に、夕方の猫又占い師の姿が浮かぶ。

 ――もしかして、私は騙されているのかもしれない?!


「転職活動してるっつーことは引継ぎの準備くらいやってんだろ? 来週からでも来れるか」

「え、えええ早すぎです」

「菊井さん、真面目な話だ」


 彼はずい、と顔を近づける。金の瞳孔が細くなる。


「さっきも言ったが、あんたは全身に生肉巻いてサファリパークでボックスステップ踏んでるような状態なんだ。あんたのためにも天神福岡の治安のためにも、頼むからとにかく霊力をなんとかさせてくれ」

「え……ええと」

「霊力もなんとかしてやるし、職もなんとかしてやる。願ったり叶ったりだろ?」

「でも、でも、私はもっと、普通の人生を送りたいというか……」


 普通じゃない占い師に、普通じゃない狐さん、カワウソの大将。

 しかも霊力がどうのとか、突然言われても、困る。


「辞めにくいってんなら、俺が世話になってる弁護士もいるが」

「す、すみません!!」


 私は思い切り頭を下げる。


「あの、本当にお心遣い嬉しいのですが、あの、やめときます! ……私は、ただの普通の女なので!」

「あ、おい」


 そうだ。私は普通に就職したいんだ。普通に、普通になりたいの――

 私は駆け出して地下鉄に飛び乗った。


「駆け込み乗車はおやめください」


 大変迷惑そうな車掌さんの声。

 私はぺこぺこと頭を下げる。篠崎さんはぽかんとした姿で、ホームに置いていかれていた。

 見えなくなってようやく、私はほっと溜息をつく。


「申し訳ないけど……私は普通の就職をしたいから……」

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