遭遇者は学園都市で恋がしたい

いつきのひと

遭遇者は学園都市で恋がしたい

 魔法学園の廊下は魔法が掛けられてる。

 様々な身分や立場や価値観が集う学園では生徒間のトラブルが絶えない。


 理事長の、接触がなければ喧嘩する事も無いという暴論によりこんなことになってしまった。

 外部からの侵入を防ぐためという名目があり、実際セキュリティ面から見ても優秀でもあるから文句も言いづらい。


 というわけで、校舎内が迷宮と化しているのが現状だ。

 転送位置がランダムの場所もあるので、関係者でなければまともに歩けない。

 理事長、どうしてこんな面倒なものを作ったんだ。


 学級毎に実際歩いている経路がそれぞれ異なっているのだが、廊下での衝突や追突は日常茶飯事。

 なにせ、前兆も無しに突然目の前に現れるのだ。場の魔力の歪みを感じる事ができれば防ぎようが無い。



 昨日も上級生とぶつかってしまった。

 初日は謝った。二日目も謝った。三日目は相手から謝られてしまった。

 四回目ともなると、偶然とは思えなくなる。


 相手がわたしとの接触を狙っている。間違いない。

 用事があるのならば回りくどい手を使わず正面から来てほしい。そんな気持ち悪い行動をする奴の要求を蹴る準備はできている。


 反論の言葉は考えた。予行演習もした。

 そして今日、四回出会ったポイントに着いた。五回目もあるだろう。

 私は身構えた。普段通りならぶつかるのだけど、ワンテンポ置けば……来た!


 先輩の腹に向けて右ストレートをお見舞いしてやりました。


「痛いぞ。」

「痛いのは私なんですが!?」


 何この腹筋。硬すぎる。そして反動が痛すぎる。身体強化の魔法で防御力も上がっているはずの、私の拳が悲鳴を上げている。


「いきなり何するんだ後輩。」


 痛い手を抑えながら、背の高い先輩を睨みつける。

 五回も同じタイミングで現れた理由は何なのだ。とぼけないで答えてほしい。そして手はとんでもなく痛い。


「経路変更あった。アレのせい。」


 お互い、生活時間は前から変えていない。同じタイミングにぶつかったのは本当に偶然だという。

 出会う事が無かった全く同じ時間帯を生きる者同士がぶつかってしまった。言われてみれば確かにそうだ。



 先輩は痛がる私を見かね、大きな手で私の手首を掴むと、自分のほうに引き寄せてしまった。


 いきなり手を握るとかどういうつもりなのだ。こんな私を異性と見ていて、身体を求めてつけ狙っていたのか。私のような貧相な身体に振り向く男など変態しかいないはずだろう。


 いや、それよりもだ。手だ。

 尋常じゃない程に痛い。この痺れるような痛みはちょっとヤバいかもしれない。


 そんな私の様子をうかがっていた先輩が使ったのは、身体強化の魔法。耳に入ってきた呪文はちょっと違うけど、間違いない。

 なんということだ、手の痛みが収まってしまった。


「本物の癒しの魔法じゃない。でもこれで治る。」


 痛みが残ってないかと、掴まれたままの手が揉まれてしまった。いやいや、女の子の手をいきなり掴むだけでなく揉みまくるとか変態だ。間違いないコイツは変態だ。

 身体強化の魔法を使いっぱなしなのを忘れたまま掴まれてないほうの手で殴り、そっちも治してもらう羽目になってしまった。




 それが先輩との出会い。

 この後も何度も同じ場所で出会う事になった。十回から先は数えていない。


 生活時間帯を変えるのは負けのような気がした。先輩もそうだった。

 私が出待ちからの先制攻撃を仕掛けた回数もわからない。本人はずっと痛いと言っているけど、一度も効いているようには見えなかった。


 いつしか、ここで会う事が楽しみになっていた。

 ここに来れば必ず先輩に会えた。それだけで安心できた。


 宿題を見て貰ったりもした。

 課題のアドバイスも貰った。


 特徴的な喋り方は吃音をごまかしているからで、呪文も上手く唱えられないと愚痴っていた。

 わかりやすいから大丈夫だと伝えたら、とても喜んでいた。




 妙な始まり方をした、ただ会うだけの関係が終わろうとしていた。

 三日前、全経路の変更が行われるとの発表があった。


「もうぶつからないな。」

「そうなりますねえ。」


 ただ顔を合わせるだけの日もあるルーチンワーク。無くなるのがこんなに寂しいと思うのは想定外。


「良かったな。」

「良くないです。」


 先輩の腹筋を打ち破れていない。それに、毎回治してくれるお礼を一度もできていない。わたし達の仲はお礼の一回で切れる縁ではないはずだ。

 もう会えなくなるのが嫌だった。こんな気持ちになるのも想定外だ。


「外でも会える。」


 何を言ってるんだ、この人は。

 付き合ってもいない男女が連れ合って歩いていたら変な噂が立たないわけがない。先輩はこんな根暗チビとそういう噂が立つのは嫌じゃないのか。


「選んでいいなら、お前がいい。」

「マジですか。」


 答えを誘導してしまったようだけど、それはそれで嬉しい。


 見た目と身体が無駄に頑丈な事くらいしか分からない相手だけど、私も選んでいいならこの人を選ぶ。

 知らない所はこれから知ればいいんだ。


 では早速、今度の休日、どこか行きましょうか。


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