第2話 終焉の音の生誕 2

......。




...。





...!



プチっと何が切れたように我に帰る。

「はぁ...はぁ...」


息切れが激しい。


「い、今のは一体?…」

さっきの屋上での軽い立ちくらみのようなものと言い、今日は一体何がどうなってんだ?

疲れているのか?

廊下の壁にもたれかかっていると、



「風見くん?」


横から聞き覚えのある声がした。声のする方に視線を送ると、そこにはさっきまで話していた水島先生がいた。


「職員室に用があって、出てきたのだけど、まだ教室戻ってないの?」


先生は覗き込むように僕の顔を見る。


「ちょっと…!顔色、すんごく悪いじゃない?!熱は?」


少し焦りながら、僕のおでこに手を当てる。先生の手はほんのり冷えていて気持ちいい。


「熱も少しあるみたい…風見くん、今日はもうお家に帰りなさい。」

「え、で、でもまだ授業が…」

「こんな状態で授業なんて受けれません。学校とお家には私から連絡するから、今日のところは帰って、休みなさい」


確かに先生の言う通りだ。今、教室に戻ってもろくに授業の内容が頭に入らない気がする。


「わ、分かりました、帰ります…」

「一人で帰れる?誰か一緒に行ってもらおうかしら?」

「い、いえ、学校から近いので大丈夫です…」


そもそも、一緒に行ってくれる友達なんていないし。


「そう?なら気を付けて帰るのよ?先生は職員室に行って、伝えてくるから」

「は、はい」


そう言い残し、水島先生は職員室の方に行ってしまった。幸い、僕は休み時間時には鞄ごと持って行くから、一度教室に戻る必要はない。



「帰るかぁ…」


倦怠感を押し殺し、僕は学校を後にした。



「少しはマシになった気がする…ようなしないような…」


帰り道の途中、倦怠感は薄れてはいたが、まだ微妙に体調が悪い。



「家に帰って休みたいが…」


気づけば、足は歩みを止めていた。

僕の脳裏にはに戻りたくないと考えがよぎる。みんなにとって『家に帰る』とはなんだ?なぜ、他の奴らは放課後、あんなに笑っていられるのだ?僕がおかしいのか?





ぽんぽん、



軽く左肩を叩かれる感触が伝わる。気づいた時はもう僕はその方に顔を振り返ろうとしたが、


むにゅ、


柔らかい棒のようなものが頬を押し込む。


「えへへ〜引っ掛かっちゃったね〜」

「す、涼菜」


意地悪に成功して、ニコニコ笑っている幼馴染の平崎涼菜ひらさきすずなだ。

肩くらいまで伸びている茶髪、ぱっちりとした目、そして抜群のスタイル。

容姿端麗ようしたんれいと言うべきか、その美しさは通り過ぎる人全員がその目を奪われる程だ。

家が近く、親同士も仲が良い事から、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。高校も元々一緒だったが、僕の一個上で、今は都内の大学に通う一年生だ。


「こんな時間にここにいるってことは、さては学校サボったな?〜」

「いや、ちょっと熱っぽかったから、水島先生が早退しなさいって…」

「水島先生って、あの保健の?」

「そうそう」

「ふ〜ん、私がいた頃は全然亮介と話してなかったのに…」

「うん?何か言ったか?」

「な〜んも言ってません!」


少し口を尖らせながら何か言ってたような気がしたが、まぁ本人がなんもないと言うならいいか。


「で?熱は大丈夫なの?」

「まぁマシかな、」

「そう?ならいいけど」

「亮介ってなんかまた痩せた?もっと食べなきゃダメだぞ?〜」

「た、食べてるよ。きっと太りにくいんだよ」

「ふーん、」


「あ、そういえば、今週の土曜日久しぶりにどっか遊びに行こう!」

「え、なんで?」

「だって、亮介、私が大学に入ってからなんか凄く暗くなったじゃん?」

「そ、そうかな?」

「そうだよー、受験で気分が上がらないのは分かるけど、息抜きも大事だよ?」


「あっ、あとお母さんから聞いたけど、亮介って東大目指してるんだって?」

「っ…」


「しかも理三でしょう?東大の中でも一番難しいところじゃん!すごいねー、私ずっと亮介は文系だと思ってたのに、いつから理系に変えたの?」


体が震える。涼菜の見えない後ろで、自分の手を強く握りしめる。


「さ、三年の春くらいからかな」

「そっか〜大変だね、そんなことする人初めて聞いたよ。でもお姉さんは応援してるから頑張ってね!」

「あ、ありがとう、、」

「じゃあ、私はこっちだから!土曜日の事忘れないでね!また連絡する!」


涼菜は自分の家の方向へ向かった。彼女の姿が完全に消えるまでは僕はその活気に満ち溢れた背中を見ていた。

自分で握りしめていた手を見返すと、鮮やかな赤い血が僕の手相をたどりながら流れていた。しかし、痛みは……


もう感じない。僕はゆっくりと自分のの方に続く道を歩く。他の人にはどう思うかは知らないが、僕にはいつも、地獄への道行にしか思えない。







最近、幼馴染の亮介の元気がないように見える。

昔から結構大人しい子で、中々友達がいなかった。それでも私は知っている。

本当の彼は他の誰よりも優しいって、だって彼は私を…


「きっと受験で思い詰めちゃったんだよね…うん…きっと、そうだよ」


何気に空を見つめ、自分でも信じているのかどうか分からない曖昧な存在に問いかける。

例えば天使、例えば悪魔、例えば鬼、例えば神。もしくは…



「ってアホらしいわね…こんな事、普段なら全然考えないのに…」



口ではそう言っておきながら、私は心の奥深くで、




もしくはその先にいる何かに亮介が元気になりますようにと、








足を止めたその先にはごく普通の一軒家があった。『風見』と書かれている、僕の家だ。

玄関の前に立ち、重い腕を上げて、ドアノブを捻る。


そう、うちはどこの家とも変わらない────


ガチャ、



「ただいま」



ごく普通の幸せな家庭だ。



バタン。



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