ピラニア
九条義秋
第1話 豪雨のジャングル
アマゾンの熱帯雨林は世界有数の大自然を有する熱帯地域である。ギリシャ神話のアマゾネスに語源を持つこの世界最大級のジャングルには多種多様な動植物が生息している。奥地で暮らす部族には未だに原始の生活を送る見接触の部族も多い。まさに野生の王国である。熱帯雨林特有の豪雨によりアマゾンは濁流地獄と化していた。あちこちに川が出来たように水が流れ出している。凄まじい雷が閃光と轟音を放ち、深い霧が緑を曇らせている。灰色と緑が入り交じった魔境だ。しかし、このこの過酷な自然環境も地球の営みの一つである。様々な生態系が存在するのもこの豪雨で水が満たされるからだ。まさに恵みの雨。埋めつくほど育った植物が豊富な酸素を作り出している。異世界のような空間のこのジャングルに一人の女がいた。あまりにもこのジャングルには不釣り合いな女だった。年若い白人女だ。
透き通るような白い肌。金色の美しい長髪。アイスブルーの瞳。鍛え上げられた見事な肉体に重たくぶら下がった形の良い巨乳。ダイアモンド形の目が強い意思を秘めて輝く。精悍な容姿はモデルのように綺麗であり、そのボディーラインはあまりにも妖艶だった。首から肩、鎖骨にかけての肉付きの良い曲線は芸術のように滑らかで繊細。迷彩服の上からでもわかる張りのある乳房は見るものを感嘆させる。腕や背中の筋肉はその身体にマッチした滑らかな凹凸のある構成だ。大きめの尻の形は肉付きが良いが無駄なものは一切無い。アスリートのように割れた腹筋が何とも艶かしい。潤んだ唇が水気を帯びた雰囲気を醸し出す。美しい女だ。女の名前はクロエ・シャーロット・ドライデン。アメリカ軍特殊部隊隊員の超エリート兵士。屈強なアメリカ軍兵士である。階級は少佐。コードネームはブラックピラニア。アメリカ陸軍所属で部隊長を務めた経歴もある最精鋭。戦闘のエキスパートである。専門はゲリラ戦や単独軍事行動及びジャングル戦である。
「現在まで本作戦は順調だな。」
クロエはジャングル地帯の地面に蛇のように這いつくばっていた。迷彩柄の戦闘服は木々の葉に溶け込み完全に同化していた。豪雨のため地面は泥にまみれぬかるんだ湿地になっていた。沼地の様相を呈するその中で大蛇が女の体を這って進む。泥と木々の臭いしかしない。気配までもが完全に周囲と同化している証拠だ。クロエは大アマゾンのアナコンダの如く佇んでいる。匐前進の姿勢のままの女はゆっくりと体を持ち上げた。服についた泥が濁流のような豪雨によって流されていく。
バックパックからスマホを取り出して画面を開く。スマホの待ち受け画面はアメリカ南部の魚であった。クロエの好きなテキサスシクリッドである。テキサス州の自宅の水槽を悠々自適に泳いでいる。パスワードを入力してアプリを開く。
「マーキングポイントにはかなり近づいたな」
クロエはアプリに入力されているマーカーサインが指す方向に近づいていた。マーカーは協力者に付けられたもので達成するごとに消すことになっている。ターゲットが潜んでいるかもしれない。ここには今回の任務の一つである物資集積地がある。武器や弾薬だけではなく食料品などもたくさん備蓄してある。この一帯は反米ゲリラ、麻薬組織、マフィアなど数え上げればキリがない凶悪な組織がのさばっている。生きては帰れない地域なのだ。ここを破壊すれば敵部隊を撹乱できる。クロエはアメリカ軍の戦闘任務で反米ゲリラの壊滅作戦に参戦していた。アメリカ軍も手を焼く程の強力なゲリラ部隊を壊滅させる任務を帯びているのだ。ただし完全に一人での行動である。
クロエのような幼少期から特殊な軍事訓練を施された「特殊生体兵器」は一人で並みの兵士500人分の戦闘力を持つとされる。アルティメットソルジャーズのドライデン少佐はそのような兵器達の中でもひときわ優秀であり最高傑作として高く評価されていた。集団よりも単独で潜入した方が独自の戦術、戦略で戦闘を有利に導く。単独での戦闘で挙げた武勲は計り知れない。実際にクロエはこれまでの戦線で数多くの戦功を挙げてきた。中南米、東南アジア、中部アフリカと世界中の戦場で戦ってきた。ドライデン少佐は生まれて間もなく様々な兵士から戦闘を叩き込まれた生まれもっての戦士だった。同年代の少女とは違う生き方をしてきた。人形よりも銃を持っていた。遺伝子レベルで戦闘の専門家なのだと教えられてきた。攻守共に優れた戦闘能力、単独で過酷な環境をいく抜くサバイバル技術、格闘術や破壊工作、各種兵器の操縦のエキスパート。何れも一人で作戦を成功させた。まさに軍神である。頭脳戦も得意でIQは195もあった。柔軟な戦略を練るのが速く、適応力もある。まさに完全な人間。しかも、軍上層部が期待しているのはドライデン少佐の恵まれた容姿や肢体を駆使しての諜報活動だ。暗殺などでもその体は役に立つ。ターゲットにその豊満な体を利用して近づき惑わせ油断したところを圧倒的な戦闘力で制する。優れた頭脳で痕跡を消す。まさに心技体を極めた存在である。一人で何でも出きる事からクロエは究極生命体と称されていた。汎用性が極めて高い優秀な兵士。このアマゾン熱帯雨林もクロエにとってはもはや庭のようなものだった。十代の頃からアマゾンには潜入させられてきた。何度も訪れている。ジャングルは故郷のようだ思い入れがある。だが今回は何故か複雑な面持ちだった。どこか落ち着かない。嫌な胸騒ぎがするのだ。
「あまり考えたくはないが、今回の任務は難易度が高いな。しゅらばいくつも掻い潜ってきたがここはどこか雰囲気が違う。違う世界に迷い混んだかのようだ。」
クロエは今回5つの任務を与えられていた。最重要任務であるゲリラ指導者の抹殺は極めて危険だ。どれも難解で危険なものばかりである。クロエは野生の勘で敵の強大さがわかっていたのだ。しかも軍司令部の情報によるとゲリラの背後には強力なスポンサーがいるようだ。長年の経験で培った能力だ。だが、どれほど危険で困難な任務でも進むしかない。捕まれば見捨てられるだけだ。味方はいないし、公式な支援はしてくれない。大使館も一切の関与を否定するだろう。つまるところクロエの存在は公にはなってはいけないのだ。あくまでも非公式な支援なのだ。
「孤独な戦闘任務にはもう慣れているが…」
いつものことだが何かがあれば見捨てられる捨て駒のような扱いも悲しいものだ。
「まずは敵ゲリラ部隊の物資集積地を破壊するか」
クロエは大規模なゲリラ部隊が展開するのに必要な補給路を絶つ作戦の始めに中継地となる物資集積地を破壊することにしたのだ。距離が長いジャングルで補給を絶たれるのはハッキリ言って不味い。敵味方が入り乱れる戦場では補給線の確保は最重要課題だ。補給線が伸びきると弊害も多く出るのだ。戦闘にも影響が出るし兵士の士気も下がる。敵部隊の補給を抑えられれば単独行動としては有利に進む。先程の偵察で敵兵士はそこまで多くないと判断した。アマゾン熱帯雨林を暗雲が支配し雷鳴と閃光が辺りをかき乱す。
「ここを破壊しておけば分断出来て有利になる」
降りしきる雨の音でほとんど他の音は聞こえない。近づくには有利だ。見つからないようにするのが一番だが戦闘に備え拳銃を構えられるようにセットし、クロエは爆薬を確認すると簡易な素材で乱雑に建てられた倉庫群へと再び這って行った。サイレントに、まるで蛇のように。
クロエが向かう場所にはまるで異世界のような邪悪な魔物達が蠢く巣窟が待ち構えているのだった。
超人的兵士の孤独な戦いが幕を開ける。
etc.....
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