がくせん

伊色童弦

1-1

 茹だる炎天下の中、冷房を利かせたバスが到着すると、我先と乗り込む学生達。


 車内はすし詰め状態になる中、座席から外を眺めている茅野絵里は他校のステッカーが貼られているカブが颯爽と走っている姿に目を輝かせ、バスを横切って行く瞬間に女子高校生に手を振ると、女子高生が振り返してくれた事に嬉しくなり、これから始まる学生自治区での生活に期待を膨らませた。



 自治区陵南高校予鈴が鳴り、慌てて職員室に向かう茅野。


「転入初日に遅刻ギリギリとはねぇ……」


 腕組みをして、茅野を見上げる担任。


「いや~まさか電車とバスの両方が遅延するなんて思わなかったもんで」


 恥ずかしそうに頭を掻く茅野。


「今後は気を付けなさいよ。遅延するのは皆分かってることだからね」


「はい。気を付けます」


 出席簿や筆箱を整える担任。


「それで、学園自治区に来た感想はどう?」


「聞いてた通り、本当に学生しかいないんですね」


「私達、教師や一部の大人を除いてね」


「そうなんですね」


 席を立ち、職員室を出る担任と後に続く茅野。


「将来の為に勉強に励んでね」


「世界で活躍する人材の育成って、やつですね」


「それが、自治区の目的よ」



 一年三組教室前。


 茅野の両肩を掴む担任。


「くれぐれも、弁護士のお世話には成らないように」


「弁護士ですか?」


「そう」


「弁護士さんが在住してるんですか?」


 ほほ笑む担任。


「居るわよ。学生の弁護士さんが……」


「学生が弁護士?」


「そうよ。学園自治区はそういう所よ」


 騒いでる生徒達を席に着くよう促して教室に入って行く担任を後目に高校生が弁護士をやっている事に考え込む茅野。


    ×  ×  ×


 終業の鐘がなり、一年三組の生徒達が思い思いに過ごしていると、一人の生徒が息を切らせて走り込んで来た。


「弁護部Aが大学の弁護部に勝ったぞ!」


「凄~い」


「大学生相手によく勝てたな」


「流石、我が校が誇るエースだな」


 どよめきが起きるなか、状況が呑み込めない茅野が前の席に座ってるクラスメイトに話しかける。


「ちょっと、聞きたい事があるんだけどいいかな?」


「茅野さんどうかした?」


「弁護部って、なに?」


「弁護部って言うのは、学内の成績優秀者のみが入部出来る自治区独自の制度なの」


 机の中からノートを取り出し、一ページ切り取ると、その中に三角形を描き、その中にA~Dを書き込み線を引き絵里に見せる。


「こんな風に」


「へぇ~」


「ランクが高ければ高いほど知名度が上げれて、進学や就職に有利なの」


「そうなんだぁ」


「まぁ、弁護部に入部出来る時点でかなり有利なんだけど……」


「じゃあ、一番下のDも?」


 肩を竦めて首を左右に振るクラスメイト。


「うちに限っては関わらない方がいいわよ」


「なんで?」


 茅野に近づき耳元で話すクラスメイト。


「過去に生徒を殺したらしいの」


「っえ!」


「その部は通称、D3《ディースリー》って、呼ばれているの」


「D3?」


「そう、何のイニシャルを取ったらしいけど……」


 クラスメイトに呼ばれ茅野との話を切り上げるクラスメイト。


「ごめんね。私、部活に行かないとだから」


「え?」


「一応、忠告はしたから」


「っあ、ちょっと……」


 クラスメイトが教室を去って行き、残された茅野は弁護部の事が書かれた紙を見つめていた。


「進学時に有利か……」


 茅野が弁護部の部室を尋ね歩くが、悉く門前払いを食らい、大きなため息をつき、足取り重く歩いて弁護部Dの部室まで来る。


「ここが、D3の部室」


 茅野のうなじに生暖かい風が当たり、驚き振り返る。


「誰が、陰気で汚れた独裁者だ」


「っえ?」


 茅野が振り返ると、そこに立っていたのは目付きが鋭く隈は濃く髪がボサボサでYシャツはヨレヨレでズボンから出していて、外見になど一切気を使っていない無動が茅野を睨んでいた。


「此処に何か用か?」


「……まぁ」


 無動の威圧的な言動に思わず、目を逸らし後ずさりする茅野。


「用が無いなら退いてくれ。邪魔だ」


「す、すみません」


 道を開ける茅野とそれを横目に鼻を鳴らし、部室に入る無動。


「あ、あの……貴方は此処の部員ですか?」


 舌打ちをし、振り返る男子生徒。


「無動和真。此処の部長だ」


「私を入部……」


「断る」


 茅野の言葉を遮り、ドアを閉めた。


 諦めきれない茅野は力任せにドアを開けて中に入ると、その振動に部室中に積まれた書類の山が大きく揺れる。


「ちょ、ちょっと待って下さい」


「なんだ?」


「なんで、断るんですか?」


「一人で充分だからだ」


 ソファーに腰を掛ける和真に詰め寄る茅野。


「弁護部は人でが必要なのでは?」


「ロリの手なんか必要ない」


「そこまで違わないですよね?」


「ああ言えば、こう言う」


「資料作成が出来ますよ」


「自分でも作れる。ブタが」


「見ての通りのモデル体型で、読モもやっていた私の何処がブタなんですか!」


「どうせ、ひよこクラブとかだろう」


 鼻で笑い、鞄からプリントを取り出し、そそくさと問題を解いていく。


「今、笑ったでしょ? てか、それは赤ちゃん雑誌でしょ。全く違いますから」


「うるせぇな、こっちは宿題やってんだ。早く出てけよ」


「嫌です。私も弁護部に入部させて下さい」


「弁護部なら他にもあるだろうが」


 目を背ける茅野。


「全部、断れました」


 書き終えたプリントで顔隠し、笑う無動だが声が漏れ茅野に睨まる。


「なんで、笑うんですか?」


「君が無能だと証明されたからな」


「お茶くみだって、文句言いませんから」


「ここに相談しにくる奴はいない」


「でも……」


「でももヘチマもあるか」


「いないって、ここがD3だからですか?」


 大きなため息を付き、茅野の両頬を引っ張る。


「入部させない理由はその軽口だ」


「むりょうさんほどへは……」


「まだ言うかこの口は!」


 先程より強く、両頬を引っ張る無動。


「ひょうもしゅみません」


 無動が両手を離すと、茅野は両頬を擦る。


「此処に居ても何の役にも立たん」


「でも、弁護部は優遇されるって」


「それはAやBの話だ」


「ここは違うんですか?」


 無動が机の上に無造作に山積みにされいる書類の中から、幾つかの調書を引っこ抜くと、絶妙なバランスで保たれていた書類の山が雪崩のように崩れ落ち、無動の周囲に埃が濃霧の如く広がり、無動がせき込み茅野を睨む。


「私、何もしてませんよね!」


無動は調書を絵里に向かって投げて渡し、散らかった書類を渋々片付け始めた。


「何ですか? これは」


「俺が弁護した事件だ」


「はいぃ?」


「俺が弁護した事件だ」


「何で二回言うんですか?」


「君は物覚えが悪そうなんでな」


「私の何を知ってるんですか? ってか、これの何処が事件なんですか?」


「何が言いたい?」


「百円は何処にいった事件、スカートが捲れた事件、遅刻の原因は寝坊事件。これの何処が事件なんですか?」


「ガッカリしたか?」


「ガッカリと言うか……」


「ここはそういう所だ」


 書類を整理し終え、ズボンに付いた埃を払り、茅野から調書を受け取る無動。


「此処に居ても無意味だ。帰れ」


「で、でも……」


 ドアからノックの音が聞こえて来ると、家中優一が無動の元にやって来る。


「お邪魔かな? 無動くん」


「千客万来だな。何の用だ?」


 無動の向かいにいる茅野に気付き、立ち止まる家中。


「茅野さん、何か困り事かい?」


「いえ。あ、あの何で私の名前を?」


「こいつはこの学園の生徒会長だからな」


 顔を曇らせる家中。


「……それじゃあ、説明になってないよ」


「生徒会長さん?」


「家中優一です。生徒の名前を覚えるのも役目の一つだよ」


「それで、俺に何の用だ?」


「君に弁護依頼を頼みに来た」


「また、学選弁護か」


「学選弁護って、なんですか?」


「いちいち、うるさいな」


「まぁまぁ。転校初日だから仕方ないよ」


「生徒会長さんやっさし~い。誰かさんとは大違い」


 無動に向かって、あっかんべーして微笑む茅野。


「学選弁護は……」


「部費にならない弁護の事だ」


「そういう見方も出来るかな」


 苦笑し、頬を掻く家中。


「ここは一般な学校の数倍は費用が掛かるから、経済的余裕が無い生徒が問題を起こした場合は生徒会が変わって弁護人を任命するんだよ」


「出ないと、裁判自体出来ないからな」


「本当の裁判みたいですね」


「そうだね。じゃあ、これを……」


 学選依頼書と書かれたプリントを無動に渡す家中。


「後は瀬良に聞け……か」


「お願い、出来るかな?」


 無動が家中からプリントを受け取ると部室を後にする。


「じゃあ、僕はこれで。事実を突き止めて欲しい」


「全力は尽くす」



 中央委員会部室の前で大きなため息を付く無動。


「ため息ばかりついてたら、幸せが逃げちゃいますよ」


「何故、君がここに居る。ロリ」


「ロリじゃありませんって」


「俺より年下は全員ロリだ」


「うわぁ……気持ちわる」


「どう思おうが、俺の勝手だ」


「最低」


 二人が口論してると、ドアが開き中からすらっと伸びた足に艶やかな黒髪を靡かせた瀬良櫻子が二人を睨め付けていた。


「貴方たち、ここで何をしてるの?」


 櫻子に顔を向ける二人。


「瀬良、いたのか?」


「えぇ。依頼、受けるのね」


「まぁな……」


 瀬良のスマホが鳴り、二言三言話し、スマホを切り腕章を左腕に付ける。


「皆、事件よ。準備して」


 瀬良の指示に従い、中央委員達が準備に入る。


「時間が無いから手短に話すから入って」


 ソファーに無動と茅野が隣り合って座り、向かいに座る櫻子が調書を和真に渡し、それに目を通す無動。


「事件は昨日の夕方、旭ロードの路地裏で起きたわ」



 大山を堺直樹が殴り倒し、奥で泉真姫が倒れていた。


「被告人、大山鉄也が被害者泉真姫を襲っていた所を通りかかった堺直樹が止めに入ったが、大山鉄也に全治二週間の怪我を負わされ、泉さんに至っては制服を破られていたそうよ」


「被告は泉さんに好意を?」


「みたいよ。っと、言っても一方的みたいだけど」


「一方的?」


「大山被告にはストーカーの疑惑があるの」


「ストーカー?」


「何人もの生徒が泉さんに付きまとっている所を目撃されるの」


「振り向かないから、犯行に及んだと?」


「そう考えているみたいよ」


「酷い」


「被告人は何て言ってる?」


「黙秘を決め込んでいるらしいわ」


 中央委員が腕章を付け、足踏みをし瀬良を急かし始めた。


「部長、早く行かないと」


「そうだったわね」


 瀬良は話し終えると髪を縛り、待たせていた他の委員と一緒に部室を飛び出し、掛けて行った。


 瀬良を走り去ったのを見届け、深呼吸をし、髪を掻きながら調書を見る無動。


「やれる所から始めるか」


「まさか、引き受けるんですか?」


「ロリには関係ないだろう」


「だ・か・ら」


 中央員の部室を出て行く無動と茅野。


「茅野さん、ちょっと良いかな?」


 茅野が振り向くと、優一が笑顔で立っていた。


「はい?」

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