第21話 ドラゴン戦4
「ギャオアアアアア!」
ランドドラゴンが怒りのこもった咆吼を上げた。
よく見るとドラゴンはあちこちに深い傷が刻まれていた。A級パーティーと戦闘を繰り広げたんだ、ドラゴンといえど軽傷ではいられなかった、って事なんだろう。
「……なんか、お怒りじゃのう」
「あちこち傷だらけですからね、ドラゴンとはいえ相当堪えているでしょう」
「来るよっ!」
右からぶおんという音とともに、ドラゴンの尻尾が迫る。
「
とっさに神聖術を発動し、ボクたちの周りを光る結界で覆う。
ずうん、という音がして衝撃が伝わる。
――やっぱりこれはキツイ。長くは持ちこたえられない。
そう思った時、エステルさんがその長い黒髪をひるがえしながら駆け出し、
「
低く構えたカタナを裂帛の気合と共に振り上げる。
があん、と音を立て弾かれるドラゴンの尻尾。
このタイミング!
「精霊佩帯、
レイピアを抜き放ち、そこに込めるのは新たに使えるようになった下位上段の精霊術ファイアランス。
少し黄色っぽい炎がレイピアから噴き出してくる。今までの様にごうごうと燃え盛ることは無いけど、今まで以上の熱量で確かにレイピアを強化してくれているのが分かる。
「行け!
炎を放つ衝撃波を放つ。それは今までボクが放ったことの無いほどの速度でドラゴンへと向かう。
「ギャオオオオン!」
ドラゴンの苦痛の雄叫び。
効いてる! 行ける!
「くらうのじゃ!
追い打ちをかけるように、リリアーヌからもファイアボールが放たれる。
ドラゴンは少しうっとおしそうなそぶりをしただけで、リリアーヌには悪いけれどそんなに効いているようには見えなかった。もうちょっと火力があれば!
「グワオオオオオオーーーッ!」
お返しとばかりに、ドラゴンが尻尾を振りかぶる。
まずい、サンクチュアリはもう限界!
「結界が破られる! 逃げて!」
「分かりました!」
「うわわわっ! 待つのじゃ!」
三人が別々の方向に駆けだした瞬間、尻尾が振り下ろされ、甲高い音を立てて結界が砕け散る。
その衝撃でボク達は吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がった。
「このままじゃマズイよ、なんとかしないと……ん?」
受け身を取りとっさに起き上がったボクの目に飛び込んで来たのは、地面に転がる一本の白い杖。
先端に女神様が宝珠を掲げる像の付いた白い綺麗な杖――ミランダがよく自慢していた
ミランダ大事な杖を忘れて行っちゃったんだ、という感情と、それと相反する、これを使うしかない、という感情が同時に湧きあがる。でも、余計な事を考えている時間は無い!
ミランダごめんね、と思いながらリンドヴルムを手に取ると、杖からずあっと何かが流れ込んでくる。
「え……これ……は」
瞬間的に理解した。聖遺物とは何か、そしてリンドヴルムの性能。
聖遺物は人が天職を持っていなかった頃に女神様によって与えられたもの。だから天職と同じように、それを持つ者に身体能力の向上とスキルが与えられる。リンドヴルムが与えてくれるのは精霊力の向上と、上位までの精霊術が扱えるようになる事。そしてリンドヴルムのみの特別効果として、下位下段精霊術ファイアボールが精霊力の消費無しで無制限に使うことが出来るようになる。
でも、それってミランダが使っていた
「いやいや、余計な事を考えている場合じゃないって! リリアーヌ、これを使って!」
ぶんぶんと首を振ると、リリアーヌへ向かってリンドヴルムを放り投げる。
リリアーヌは吹き飛ばされた体勢から起き上がるところだったけど、リンドヴルムに気付いて拾い上げてくれる。握った瞬間びっくりした顔をしていたから、ボクと同じようにリンドヴルムの性能を理解させられたんだと思う。
「これは……よし、これなら行けるのじゃ!」
リリアーヌがリンドヴルムを振り上げると、背後にいくつも浮かび上がったのは赤く燃えるファイアボール。
その数は10個ほどでミランダほどではなかったけど、それは明らかにミランダのファイアボールアンサンブルと同じだった。
「喰らうのじゃーーーー!」
ドドドドドドドッ!
次々とファイアボールがドラゴンに叩き込まれる。
ファイアボールとはいえ、次々連続して打ち込まれればそれなりの衝撃になる。苦悶の呻きを上げるドラゴン。
「おまけじゃーー!
リンドヴルムをドラゴンへ向けてリリアーヌが叫ぶと、先端の宝珠が淡い光を放ち上位下段精霊術ファイアストームによる炎の竜巻が巻き起こり、ドラゴンを包み込む。10メートルはあるランドドラゴンをすっぽりと覆い隠すような業火の牢獄。
ドラゴンがたまらず苦痛の咆哮を上げる。
「ギャオアアアアーーー!」
「おお! これが上位精霊術か、すさまじい威力ではないか! これは良い、これは妾の物じゃーー!」
小躍りするように歓声をあげるリリアーヌに苦笑しつつ、レイピアを構える。
追撃するなら今しかない。
見ると、ドラゴンを挟んで反対側でもエステルさんがカタナを構えているのが見える。
「いくよ!
「いきます! 九十九杠葉流、
示し合わせたように、両側からいくつもの剣閃がドラゴンへ叩き込まれる。
「ギャウウウウアーーーッ!?」
ドラゴンにいくつもの切創が刻まれ、鮮血が吹き出す。
でも、浅い!
体が大きいうえに硬い鱗に覆われているドラゴンには、ボク達の力量では致命傷を負わせることが出来ない。
尻尾を振り回し攻撃するドラゴンから大きく距離を取り、考える。
どうすればいい?
どうすれば、ドラゴンを倒せるの?
そう考えながらドラゴンの巨体を見上げ、ぎょっとする。
そこにあったのは、深呼吸をするように背をそらし息を吸うドラゴン。その口元にはちろちろと吹き出す炎。
「ブレスじゃと?!」
「ランドドラゴンってブレス出すのですか!?」
「まずい! 一か所に集まって!」
声をかけ、3人で1か所に集まる。もちろん、ジゼルちゃんのそばに集まるのも忘れない。
「結界を張るよっ!
ボク達と、ジゼルちゃんを護るように出現する球体上の白い結界。
ゴハアアアアアアアッ!
そこにドラゴンの放つ炎のブレスが直撃する。凄まじい圧力と熱量で、みしみしと悲鳴を上げる結界。
「……耐えられない! もう1枚……
あまりのブレスの勢いに耐えられないと感じ、結界をもう1枚。
でも
「駄目だっ! 破られる!」
パリイイイインという甲高い音を立て割れた結界の隙間から、先を争う様に流れ込んでくるブレスの炎。
「任せるのじゃ!
リリアーヌが叫び、杖を掲げる。そして吹き荒れる暴力的なまでの風。
風はボク達を中心に渦を巻き、ドラゴンのブレスと激突する。
「うわああああっ!」
「うわわわわわわっ!?」
「きゃあああっ!」
上位精霊術と竜のブレスが激突した、その衝撃波はすさまじい。
ブレスの直撃は回避できたけど、その衝撃と熱量の余波だけでボク達は吹き飛ばされる。
「ギャオオオアアアーーーーッ!」
そんなボク達を睥睨し、勝ち誇るように咆哮を上げるランドドラゴン。
強い!
強すぎる!
これが竜、これがドラゴン、これが地上最強種族の力!
逃げ出したレックス達が正解だったのでは、という考えがふと脳裏をよぎる。でも衰弱したジゼルちゃんを放ってはいけなかったし、抱えて逃げるような時間も無かった。あの状況では仕方なかったと信じたい。
「……みんな、大丈夫? まだ戦えそう?」
「まだ大丈夫ですが……正直、状況は悪いですね……」
「妾もまだ行けるが……精霊力がもうあまり無いのじゃ。聖遺物の加護があるとはいえ、メイジの妾には上位精霊術は少々荷が重いようじゃ……」
なんとか立ち上がり2人の様子を窺うと、エステルさんもリリアーヌもふらつきながらも立ち上がる所だった。エステルさんはもうちょっと頑張ってくれそうだけど、リリアーヌの精霊力が残り少ないのは痛い。リンドヴルムの力でファイアボールだけはいくらでも撃てるけど、上位精霊術があるとないとでは大違いだ。
どうする?
自分で言うのもなんだけど、それなりに頑張れてるとは思うんだ。
でも、あと一手。あともう一手、なにかが欲しい。
「あ、あの……シルリアーヌ……様?」
そう考えていたボクの後ろから、おずおずとボクを呼ぶ声がした。
後ろを見ると、それは若干ふらつきながらこっちに歩いてくるジゼルちゃんだった。
「なに? あ、もう体調は大丈夫? 痛いところない?」
戦闘中だし気は抜けない。ドラゴンに視線を戻しながら問いかける。
そんなボクにジゼルちゃんは、ボクが思いもしなかった提案を持ち掛けた。
「わ……わたしを使ってください。シルリアーヌ様」
「え?」
いちど戻した視線をふたたびジゼルちゃんに戻し、その黒曜石のような瞳を凝視してしまう。
「……わたしのバーサーカーの天職を使ってください」
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