第15話 ギルド2

 振り上げた拳をリリアーヌに向かって振り下ろすレックス。


「あぶない!」


 ボクは反射的に、レックスとリリアーヌの間に割って入っていた。

 ベルトランは無手での戦闘にも長じていて、ボクも軽くだけど教わった事がある。左手でレックスの拳を受け流すと、右手でレックスの腕を掴み、そのまま左足を軸にくるりと全身を回転。


「うおっ?!」


 するとレックスはバランスを崩し床に転がった。


「危ないじゃないですか! なにをするんですか!」

「キサマ! このA級冒険者のオレに向かって!」


 とはいえ、ただ転ばせただけだ。

 レックスはすぐさま起き上がり、完全にボクを敵意に満ちた目で睨みつける。


「このオレに歯向かってただで済むと思うな!」


 そして、レックスは事もあろうに剣の柄に手をかける。


「剣を抜く気ですか?!」


 思わず声を上げてしまう。

 冒険者ギルド内での戦闘行為は禁止されている。

 基本的には冒険者同士の諍い自体推奨されていないけど、魔物との戦闘に入れば様々な想定外な事態が起こるため明確に禁止する規定はない。しかし、ギルド内での冒険者同士の戦闘行為は、ギルドの規約で明確に禁止されている。


「先に手を出したのは貴様だろうが! これは正当防衛だ。オレは悪くないぞ、悪いのは貴様だ!」


 レックスはそう言い、すらりと剣を引き抜こうとする。

 レックスの剣の鞘からきらりと光る刀身が現れ、その刀身が全て露わになろうとした、その時


「なにをやっている!!」


 野太い声がギルド内に響いた。

 思わずそちらに目をやると、ギルドのカウンター奥の部屋から長身の筋骨隆々な男が現れる。


「ギルドマスター!」


 誰かが声を上げた。

 歳は40代半ばくらいの、鍛え上げられた筋肉とスキンヘッドが特徴的な、平均的な男性より頭一つ分は大きな大男。この王都冒険者ギルドのギルドマスターを務める、ギュスターヴさんだ。元は「鉄壁のギュスターヴ」と呼ばれたA級冒険者でもある。


「何の騒ぎだ?」


 ぎろりと周囲を見回したギュスターヴさんの姿をみて、コレットさんはほっと安堵の息を吐く。

 強面だけどいつも沈着冷静なギュスターブさんが居てくれることの安心感は別格だと思う。コレットさんは安心した表情を浮かべてギュスターヴさんに状況を説明し始める。


「オレは悪くないぞ! あの女がオレに暴力をふるったんだ! それに嘘を吐いてオレを陥れようとしやがった!」

「なあっ! なにを言うのじゃ! お主がシリルが死んだなどと適当を言うからじゃろうが!」

「……うるさいぞ、黙っていろ。今説明を聞いている」


 ギュスターヴさんは声を上げたレックスとリリアーヌをぎろりと睨みつけると、コレットさんから説明を受ける。


「ふむ……」


 そして説明を聞き終わったギュスターヴさんは腕を組むと考え込んだ。


「まず、シリルが死んだってのは本当か?」

「ほ、本当だ。このオレを見捨てて一人だけ逃げようとしやがったんだ!」

「お主はさらっと嘘をつくでない! その男は嘘をついておる!」

「ほ、本当です。今この場にはいないですけど……元気でやってます」


 本当はここにいるんだけど、それを言うわけにはいかないし……。

 ボクが戸惑いながら言うと、ギュスターヴさんは腕を組み「ふむ……」と呟いた。


「次に、ダンジョンにドラゴンがいたってのは?」

「ああ、それは間違いない。もう少しで倒すところまで行ったんだが……」

「どうしてお主はいちいち嘘をつくのじゃ! お主はシリルを囮にして逃げ出そうとしたと聞いたのじゃ!」

「そこは本当です。戦闘もしました」


 ギュスターヴさんの言葉にボクたちが頷くと、「ふむ、そこは本当か? 調査が必要だな……」と呟くギュスターヴさん。


「ギルドマスター、信じてくれ! オレは嘘なんかついていない!」


 レックスがギュスターヴさんに向かって叫んだ。

 A級冒険者であるレックスは冒険者ギルドから信頼されている。このまま、レックスの言う事が信じられて、ボクやリリアーヌが嘘をついている事にされてしまうかもしれない。


 どくんと鼓動が早くなるのを感じる。


 そんなのは嫌だ。

 ボクを信じてくれたリリアーヌにも迷惑が掛かってしまう。


「し、証拠ならあります! ドラゴンと戦ったという証拠です!」


 思わず叫んでいた。

 ボクはリリアーヌに駆け寄ると、リリアーヌの腰の魔導袋から一本の折れた爪を取り出す。ボクの腕ほどもある巨大な一本の爪。


「それは?」

「戦ったランドドラゴンの爪です! シリル……が生きている証拠にはなりませんが、ボクたちが嘘を言っていない事の判断材料にしていただければ」


 ギュスターヴさんが「ふむ」と言って奥に目くばせすると、ギルドの奥から1人の痩せた男の人が出てくる。

 その男は「ちょっとよろしいですか?」と言い、ボクの手からドラゴンの爪を受け取ると、ルーペを取り出し爪を観察し始めた。たぶん、ギルドの鑑定士の人だろう。鑑定士アプレイザーの天職とか持っているかもしれない。


 そしてその人は、ほぅと感心した様に息を吐いた。


「間違いないです、ランドドラゴンの爪です。強い力で一気に折られていて、傷も少ない。きっと高値で売れるでしょう」

「嘘な訳ないじゃろ! ドラゴンが出てきて死ぬかと思ったのじゃぞ!」

「それが嘘を言っていない事の証明になるわけではないが……。ふうむ、そうだな……、レックスが虚偽の報告をしているという可能性も高くなるか……」


 ギュスターヴさんが呟くと、レックスがぎょっとした顔でギュスターヴさんへの顔を凝視した。


「レックス、お前はドラゴンの爪とか鱗とか持ってはないのか?」

「ちっ、持ってないが……。持ってはないが……、オレは嘘などついてないぞ! オレはA級冒険者、パラディンだぞ! そんな得体のしれない女どもの事を信じるのか!」


 レックスに尋ねるギュスターヴさんと、顔を赤くして激昂するレックス。

 ギュスターヴさんはこちらを見て「確かに見ない顔だが……」と呟いた。


「得体がしれないじゃと!? 無礼にも程があるのじゃ! 妾はこの国の王女じゃぞ!!」

「王女だと? お嬢ちゃん、言っていい事と悪い事があるぞ?」


 柳眉をさかだてて憤慨するリリアーヌを窘めようとしたギュスターヴさんと、リリアーヌの間に割って入る。


「嘘ではありませんよ」


 そして、腰にさしてあるレイピアを鞘ごとベルトから外すと、その柄がみんなの目に入りやすいように持ち上げた。刀身が折れていることが分からないように、鞘ごとそおっと。

 ダンジョンの中にいるときは薄暗くて良く分からなかったのだけど、このレイピアの柄頭には紋章が刻まれている。翼を広げた鳳凰と剣を模った紋章。この王都の一番目立つ建造物に掲げられており、この国に住む人なら誰でも知っている紋章。


「王家の紋章――!」


 ギュスターヴさんが息をのむ。


「こちらにいらっしゃるのは、サントゥイユ王国王位継承権第十位、第七王女リリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントュイユ様でいらっしゃいます!」


 剣の柄を高く掲げ、このギルド中に響くように高らかに宣言する。

 もちろん王族の紹介なんてしたこと無いけど、エステルさんならこんな風にするかな、ってのをイメージしながら。


 視界の隅でリリアーヌが、ドヤ顔で胸を張っているのが見える。


「――失礼いたしましたっ!」

「ははあっ!」

「え? 王女様? 本物?」


 ギュスターヴさんが、ミランダ達『勇者の聖剣』のメンバーが、ギルド中の人達が、一斉に両膝をつき平伏する。


 


 え? ボクは違うんだけど??


 わたわたと慌てるボクの肩に、リリアーヌがぽんと手を置き話す。


「この者の名はシルリアーヌ。第七王女である妾の妹分であるからの、まぁ王族みたいなものじゃろ」

「ち、違うからね? 王族みたいなものって何なのさ?」


 リリアーヌに言われ戸惑っているボクの耳に、呆然とした声が聞こえてくる。


「……王女?」


 それは、ボクとリリアーヌ以外ではただ一人、呆然と立ったままのレックスだった。


「……レックス! 王族だぞ! 平伏しろ!」


 ギュスターヴさんが小声で言うが、レックスの耳には入らない。


「……なんで王族? なんで王族なんかが出てきて、A級冒険者でパラディンであるオレの事を否定するんだ……?」


 レックスは「オレは悪くないオレは悪くない」とぶつぶつと呟きながら、ぶんぶんと首を振った。


「なにをしている! レックス!」

「うるさい! オレの言う事を否定するな! 分かったよ、オレもドラゴンの爪を持ってくればオレが正しいと認めるんだな! いくぞ!」


 ギュスターヴさんがレックスを窘めるけど、レックスは激昂して大股でどしどしと外へ向かって歩いていく。

 そして「なにをしている、行くぞお前ら!」とイライラした声で叫ぶと、振り返りもせずに外へ出て行ってしまう。


「…………」

「……………………」


 しん、とした静寂に包まれるギルド。

 だれもが何を口にしてよいのか逡巡する中


「はぁーー……」


 深々とため息をついたのは『勇者の聖剣』の紅一点、ミランダだった。


「まったく、仕方ないわね、あの男……。では、王女殿下、御前を失礼させていただくことをお許しください」 


 ミランダは呆れたようにぼやいたけど、そこはさすが貴族の娘。

 綺麗なカーテシーと共にリリアーヌに挨拶をすると、レックスを追って行く。その背筋はぴんと伸ばされていて、いろいろ辛く当たられたりしたけど、そういう所はさすがだなぁと感じる。


「……失礼する」


 それに続いて、ダグラスはぺこりと頭を下げるとミランダに続く。

 あんまり喋らないけど、無言で戦士然としている所はいかにもダグラスらしい。


 そして、オスニエルもダグラスに続いて出ていくのかと思いきや、ボクの方に向かって歩いてくる。


「?」


 オスニエルは戸惑うボクの前で立ち止まると、ボクの右手を両手で包み込むように握りしめた。

 そのボクを見つめる目から感じるのは、ボクが『勇者の聖剣』にいたころにもよく見た、昏い欲望に満ちた粘着質な感情。


 ぞっ、と背筋が粟立つような感覚。


 そしてオスニエルがボクに向かって言う。


「私の天使よ、私の子供を産んでくれ」

「無理だよ?!」


 思わずオスニエルの手を振りほどいていた。

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