妄想主婦の日日是好日日記
和響
第1話 トカゲ性転換疑惑
私の家には二匹のトカゲがいる。
トカゲと一言で言っても、その種類は幅広く、有鱗目トカゲ亜目に分類される爬虫類の総称で、大きく「アガマ」「スキンク」「オオトカゲ」「ヤモリ」「カメレオン」の5種類に分類されるという。我が家には、アガマ科の比較的小さなトカゲがいる。エジプト便で来たというこのトカゲは、おそらくは二匹とも雄だろうと爬虫類ショップの人は言った。
ところがである。このトカゲ二匹をお迎えしてから半年ほど経とうとしているわけだが、最近妙な行動が目立つようになってきた。
ある日の昼過ぎ、ひとまず家事を終えた私がリビングでコーヒーを飲んでいると、バタバタと、今までに聞いたことのない音が聞こえてくる。音のする方を見ると、ガラスゲージの中でトカゲが二匹、暴れている。
「どうしたの?喧嘩してるの?」
と声をかけながら覗くと、黄色に水色が入った柄のトカゲたちの一匹が真っ黒になっている。「え??」思わず声をあげた私は、ゲージを開けて、真っ黒なトカゲを手に取った。
バタバタと嫌がりながら、鋭い爪で私の手をひっかく。
「調子が悪いっていうわけじゃなさそうだけど・・・。」
元気はある。でも、すぐに爬虫類は突然死が多いことを思い出す。念のため、と爬虫類ショップに電話して現状を伝えた。
「うちのトカゲちゃんの一匹が黒くなっちゃって、なんだか二匹で暴れてるんです。前回の子は突然死してしまったので、何かあったらいけないと思ってご連絡しました。え?発情期?雄が二匹いるのに?」
爬虫類ショップの人が言うには、うちで飼っているアガマ科のトカゲは、環境によって、性転換をすると言うのだ。もしかしたら、二匹の雄が一緒に暮らしているうちに、どちらか一方が性転換をして、子孫を残そうとしているのではないかと。
私はびっくりして、もう一度ガラスゲージの中を見る。乾いた砂に、ガーデニング用の溶岩石と流木を入れたゲージの中で暴れる黒いトカゲは、荒々しく、体を上下させている。そのことも伝えると、あぁ、それは、ボンビングという求愛行動です。と、爬虫類ショップの人が教えてくれた。
この日から、私の興味はこの雄二匹がこれからどうなるか? に注がれることになる。掃除機をかけては、ゲージを覗いて、洗い物をしてからまたゲージに向かう。洗濯を畳んでゲージを覗き、洗濯をしまいながらまたゲージを覗く。
トカゲの名前は、体の大きい方をペーちゃん、小さい方をドラちゃんと名付けた。名付けたのは私ではなく、このトカゲの購入者、私の息子だ。ペインテッドドラゴンという種類だから、ペーちゃんと、ドラちゃんになった。黒くなるのは、小さい方。
「メスの方が強い生き物って意外と多いから、小さい方がより雄になって、大きい方がメスに変わろうとしてるのかな。」
と、なんとなく、黒くなった方が小さいことに妙な納得をしている私なわけだが、実は観察すると、いつも黒いわけではないことがわかってきた。
ドラちゃんは、お食事タイムでコオロギをたいらげて、バスキングライトに当たっている時黒々としているが、しばらくすると、元の色に戻る。これもまた爬虫類ショップの人に聞いてみたら、消化を促すために体温を上げる必要があり、より光を吸収できるように黒くなると教えてもらった。
ん?では、黒かったのは、そのためで発情期ではない? と一瞬頭によぎったが、いや待て、では求愛行動のボンビングはどうなる?と考え直す。そうだ。体を上下に振っていたではないか。それともう一つ、大きい方のペーちゃんは体の色が変化しない。そうだ。やっぱり性転換中なのではないか?
彼女は、今はまだ彼かもしれないが、子孫繁栄のために体の中の変革をじっと受け止めようとしているように見える。ボンビングや激しく動き回るドラちゃんとは対照的に彼女は、いや彼は、非常に大人しく、サンドにお腹をくっ付けてじっとしていることが多い。これもどういうわけなのかと、すぐさまにスマホを取り出して検索。高温状態の方がメスに孵化する確率が上がるらしい。そうか!ペーちゃんが寝ている場所はヒーターパネルの上だ!
雄だったけれど、自らの性を変えてまで、子孫を残そうと。今、まさに体の中で性転換真っ最中、だからいつもお腹をつけて寝ているのか?!
ガラスゲージの小さな砂漠で、環境変化によって性転換する二匹のトカゲの物語が頭に浮かんでくる。
あぁ、もしも私に文才があったら、これを小説にするのに!
あぁ、もしも私に漫画を書く才能があったら、絶対漫画にするのに!
残念ながらその才能がない為、二匹のトカゲ男子の片割れが卵を産む男子となり、愛し合う純愛ストーリーが脳内再生で展開される。
一度脳内再生を軽く息子に語ってやったことがあるのだが、お母さん腐女子と揶揄された。いや、腐女子かどうかというより、家の中でそんな奇跡的瞬間に立ち会えるなんて凄すぎやしないか?
個と個が出会い、愛し合うことに性別なんて関係ないのだ。
子孫を残すために必要とあらば、性別さえも変えてしまうのだ。
人間よりよっぽどすごい生命力ではないか。
LGBTという言葉ができる必要もないくらい、少数派も多数派も関係ない個を尊重する社会ではないか。と、胸も熱くなってくるのだ。
どうにかして、この性転換疑惑の結末を見てみたい。
ペインテッドドラゴンの寿命は約10年。後数年後には、この結末がわかるはずだ。
しかしここまで考えを書き進めて、私は重大なことに気づいた。
「おそらく二匹とも雄ですね。」
おそらく・・・。おそらくとは、もしかしたら最初からペーちゃんは女の子だったという可能性もあるのではないか?そうすると、全ての疑惑が根本から崩れ落ちる。もともと雌なら卵を産んでもおかしくない。いやしかし、途中で、どこかのタイミングで性転換したとしていても卵は産まれる。どっちなのだ!?
もうこうなったら動物病院に行こう。白黒はっきりさせてやろうじゃないか。
あぁ! でも! もしペーちゃんが最初から雌だったかなんて、動物病院でも今更もうわからないのじゃないか? もしかして、昨日性転換を終えたところかもしれないじゃないか。
今すぐ動物病院に聞きに行きたい衝動を抑えながら、どうしたものかとキッチンで洗い物をしていたら、ガサガサと音が聞こえ、私は顔をあげた。視線の先、ガラスゲージの中で二匹が重なり合うのが見える。
脳内再生開始。
トカゲ男子達の純愛ストーリー開幕。
だめだ! 手放したくない!
真実がわからないということは、私の日中一人きりで自宅に篭っている専業主婦の妄想お楽しみ時間はまだ続いてゆくことができるのだ。そうだ! これこそが今の私のお楽しみ時間なのだから、失ってしまうわけにはいかないのだ。
この二匹の純愛物語を味わい尽くすまで。
というわけで、我が家には雄のトカゲが二匹。ただ今性転換疑惑浮上中。そして、トカゲ男子達の純愛ラブストーリーは、今日も小さな砂漠で密かに続いている。
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