第97話 残影伯現る!

 星の砂をもりもり敷き詰めつつ、突き進む。

 砂の上にいそいそと上がってきた怪物たちは、砂に水分を吸われてしおしおになっていた。


 彼ら、弱点が多すぎでは無いか……?


『赤き湿地に適応してたんでしょうなあ。まさか地形そのものを変えて侵略してくる相手がいるとは想像もしてなかったのでしょう』


「言われてみればそうかもしれない。しっかし、怪物たちが多いなあ。今まで行ったところで一番多いんじゃないか?」


『彼らに守りを全て任せてたんでしょうな。毒の湿地帯に、毒の水を自在に操る怪物の大群とくれば魔人侯ですら容易には近づけませんからあ』


「だよなー」


『もがーっ!』


「星の砂バーン!」


『ウグワーッ!?』


 根性があるカエル人間が飛び込んできたので、お相撲の塩撒きさながらに星の砂を叩きつけてやった。

 落下してのたうち回るカエル人間。

 これを虫取り網でゲットした。


「もうすぐアイテムボックスがいっぱいだ。売りに行ってくる。こいつら、ポイントが一匹50ptにしかならないんだよな……」


『安いですなー』


「ポイントが全てではないが、モチベーションは上がらんな……。よし、星の砂を分けるから、みんなでその辺にわーっとばら撒いてくれ」


『赤き湿地をこっちから攻撃していくスタイルですな?』


「うむ、もともと異常にやりづらいし、こちらの快適さを削いでくる土地なので、ならば俺たちが快適でやりやすいように作り変えてしまうのだ。これもまたスローライフ」


 なお、星の砂は俺が使わない限りは環境を変化させない。

 せいぜい湿地に大量に浮かんで、この土地の怪物たちを苦しめる程度である。


 仲間たちがわいわい騒ぎながら、星の砂をばらまき始めた。


 こうして馬車は進んでいくのである。

 砂の上だと、ちょっと車輪の回転が鈍い。

 だが、踏みしめるたびにキュッキュッと音がするのは楽しい。


「砂を撒くより踏んでたほうが楽しいねえ」


 ポタルも隣までやって来て、ニコニコしながら砂を踏む。


「星の砂ってのはな、本当はサンゴの欠片らしいんだ」


「サンゴって?」


「海の底にいるカラフルな枝みたいなやつ。それが死ぬと色が抜けて、こういう真っ白な小石みたいになる。ギザギザしててみんな形が違うから、こうやって積もってると、ぎゅぎゅっと音がするんだ」


「へえー! でもこれ、星の欠片で作ったんでしょ? サンゴなの?」


「星だろうなー。言葉通りの星の砂だ」


 よくよく見れば、金平糖みたいな形の砂が無数に積み重なっている感じなのである。

 しかもこれは、湿地の生き物の水分をたくさん吸う構造だ。

 赤き湿地の天敵だな。


 まったりしていたら、湿地の向こうからカエル人間たちに担がれた輿がやって来るではないか。

 なんだなんだ。

 輿の上には、輪郭がはっきりしない人物が乗っていて、俺たちを見つけるなりビシッと指さした。


『コラーッ!!』


「うわ、出会い頭に怒ってるぞ。なんだあいつ」


『なんだあいつはこちらのセリフだ!! 貴様らーっ! 私の湿地帯になんということをするんだーっ!! こんなひどい侵略をされたのは始めてだぞーっ!!』


「あっ、もしかして」


 俺はピンと来た。


「残影伯?」


『湿地の住人たちを従える者が、この残影伯の他に誰がいるというのだ! うぬぬ、数百年ぶりに自ら出てくることになってしまった。とんでもない狼藉だ……!!』


 怒りでわなわな震える、輪郭のぼやけた影。

 ぼやけてても怒りだけはハッキリ分かるのな。


「ごめんなー。行動しづらかったんで活動しやすいように土地を改造したわ」


『しれっととんでもないことを言うんじゃない! 恐ろしい男だ……。貴様、もしや新たなる魔人候ではないのか? 見た目は貧相だが』


「会う奴会うやつ、みんな俺の見た目を貧相だと言うな! ポタル、ブレスレット貸してくれ」


「はいはい」


「ポタルがずっとつけてたからしっとりしてあったかいな! よし、変身だ! ぬわーっ!」


『な、なにいっ!』


 残影伯が驚き、カエル人間たちは衝撃にゲロゲーロと鳴く。

 一瞬で、俺はギリースーツにマンイーター虫取り網を構えた一張羅に代わっていたのである。


『なんとおぞましい姿!! それが貴様の正体というわけか!!』


「タマルの場合、正体っていうか着込んだだけだよね」


 ポタルのツッコミをよそに、にらみ合う俺と残影伯。

 兄弟神の傀儡だって話だったが、思ったよりも骨がありそうではないか。


『いけ、我が配下よ!』


『ゲロゲーロ!』


「キャッチだ!」


 ピョインッ!


『一撃で我が配下を消滅させた!? 恐ろしい力だ……!! 自由自在に世界を作り変え、消滅させる神の力だとでも言うのか……!?』


「そういうこと言われたの初めてだな! 冷静に考えたらとんでもないよな。ところでカエル人間は売っても安いのでけしかけないでくれるとありがたい。いらない」


 俺の発言に、カエルたちが震え上がる。


『恐ろしい魔人侯だ!』


『残影伯、我々ではダメです!』


『うむ。まさにあの精神性こそ怪物よ。ならば私が直々に片付けてくれる!』


 残影伯が空に手をかざすと、そこに輪郭のぼやけた剣みたいなものが何本も出現するではないか。

 あれは、空の迷宮のジャイアントバットロボがやってたみたいな攻撃では?


「ぬりゃー!」


 ブレスレットをかざす。

 俺の体に、対衝ブロック塀がセットされた。


 そこに降り注ぐ影の剣。

 ぼいーんっと対衝ブロック塀が跳ね返していく。


「一度見た攻撃は俺には通じないのだよ」


「タマルかっこいー!」


 どこかのマンガで見たことのあるようなセリフでも、異世界なら俺がオリジナルだ!


『なんだと!? では、これどうだ!』


 残影伯の周りに、大剣を携えた影の剣士みたいなものが数人出現する。

 これは、流血男爵の影か!


 そいつらが、大剣を構えて一斉に襲いかかってきた。

 俺は攻撃を対衝ブロック塀でやり過ごしながら、その辺りの石ころを拾って素早くDIYする。


 石柱の完成だ!

 破壊不能オブジェクトとなった石柱が、大剣の攻撃を阻む。

 そこに虫取り網を叩きつけると……。


 バフッ!と音がして、影が消えた。

 ゲットできない。

 本当に実態がないんだなこいつらは。


「もしかしてお前、今まで戦ってきた敵の力を使ってくるタイプか。スローライフは過去の困難をクリアしていくものだ。つまり、お前の戦い方は通じないぞ!」


『訳のわからぬ事を……! だが、貴様が恐ろしい魔人侯であることは理解した。兄弟神様に報告をせねばなるまい。お前たち、足止めをせよ!』


 残影伯はそう告げると、空気に溶け込むようにして消えてしまった。

 消える時も影みたいなやつだ。


「追っかける感じ?」


 ポタルが首を傾げた。

 そんな感じなのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る