第47話
目から涙を迸らせながら、ジャノが謁見の間に飛び込んでくる。
小さな羽をテチテチと動かし、私に向かって突撃してきた。
私は手を広げて受け止めようとするも、思いの外ジャノが重く失敗する。
そのまま謁見の間の赤い絨毯に、すてんと転び、大の字になって倒れた。
親子(?)の再会が台無しだ。
「あは、あははは……」
苦笑いを浮かべる私の横で、ジャノは私の頬をベロベロと舐めながら『ママ! ママ!』と連呼している。
そんな小竜をなんとか宥め好かしながら、さてこの状況をどうしたものかと思案した。
すると、1羽の白い鳥が謁見の間に入ってくる。
手乗りサイズになったムルンが現れ、私の顔の横に降り立つ。
実は、私が王宮に呼ばれた際、ジャノの世話をムルンに任せてきた。
さすがに小竜を負ぶって、王の前に現れるわけにはいかない。
それが宿敵
だから【知恵者】ムルンにお願いしたのだけど……。
「ムルン、大丈夫?」
神鳥シームルグことムルンの身体は、何か取っ組み合いでもしたかのようにボロボロになっていた。
『かろうじてね。ごめん。ミレニア、抑えられなかった』
「うん。ムルンが最善を尽くしたことはよくわかっているから。ありがとう、ムルン」
さてさて、結局ついてきてしまったジャノをどうするか。
また柔らかい鱗を撫でていると、私に向かって一斉に槍が突きつけられた。
気付いた時には、私たちは衛兵たちにぐるりと取り囲まれていた。
(うん。……まあ、こうなるよねぇ)
槍を突きつけながら、私はまたしても苦笑いを浮かべるしかない。
「ミレニア・ル・アスカルド。その竜は一体……? 随分とそなたに懐いているようだが……」
実は言うと、説明してほしいのは、私の方なのよね。
ムルンの話では、
私を母親認定していることは刷り込みって事で、百歩譲るとしても、さすがにドラゴンなんて飼ったことがないから、ちゃんと育てられるか自信ないし。
まあ、今はそんな悩みよりは、衛兵に槍を突きつけられてる状況をどうにかしなきゃならんってことなんだけど……。
「国王陛下。その件に関しまして、私からご報告がございます」
私に助け船を出してくれたのは、ゼクレア師団長だった。
さすが総帥代理! やっぱり頼りになる。
ゼクレア師団長は戦場であったことをつまびらかに説明してくれた。
1000年前の聖女と名乗る魂が、私を依り代として現れ、
「では、その小竜があの
国王陛下の顔が青くなる。
話を聞いていた家臣たちも震えていた。
ゼクレア師団長は黙って、私の方を見る。
いつも通り、鋭い三白眼の眼光を私に向かって放つなり、こう言った。
「どうなのだ、ミレニア?」
そこで私に丸投げなのぉぉおおお??
上司なんだからしっかりしてよ。
私が聞きたいところなんだから。
と言っても、ゼクレア師団長に振るのも酷か。
そもそも私が1000年前の聖女なんて下手な演技(自分のこと)をしたことが悪いからね。
仕方がない。
ここはまた1000年前の聖女としての貫禄を見せますか。
「正直に答えるお許し下さい、陛下。実は、私にもわからないのです。あの時、私の身体は聖女様のものでしたから」
「そうか。そなたもまた当時者ではないのだな」
「ただ聖女様は私に身体を返す時、こう仰いました――――」
『生まれてくる命を大切になさい。そして名誉や物欲に溺れることなく、健やかに暮らすのですよ』
私はジャノを抱え上げながら、目を瞑る。
あたかも再び聖女を依り代とした風を装い、言葉を告げた。
謁見の間はしんと静まり、人々は息を呑むだけだ。
「私は聖女様の教えに従い、この小竜――ジャノを育てることにしました。ジャノが
ジャノをキツく抱きしめる。
すると、さっきまで大泣きしていたジャノは、嬉しそうに笑う。
再びベロベロと大きな舌で私の頬を舐め始めた。
国王陛下は手を上げる。
それを見て、衛兵は構えた槍を私たちから遠ざけた。
「そなたが無欲である理由がわかった気がする。なるほど。聖女様から言いつけであったか。素晴らしい。たとえ、聖女様の言いつけであっても、それを実行する勇気と理性。余は感服した」
「いいえ。国王陛下……、それは違います。私もまた人間なのです。欲に溺れた人間の1人なのです。望みはあります。ただそれは金子や爵位ではないだけです」
「ほう。では、聞こう」
国王陛下はようやく落ち着いて、玉座に座り直した。
「この小竜を育てるご許可をいただきたいのです」
「小竜を育てるというのか。確かに聖女様からの言いつけとはいえ、そなたは数日後には魔術師師団員となる。少々大変ではないか? 我が国には、優秀な魔獣使いがいる。そのものに任せることができるが……」
専門家に預けるか。
それも悪くない選択肢ではある。
(でもねぇ……)
私は改めてジャノを見つめる。
大きな黒目をちょっと心配そうに私に向けていた。
(こんな顔されたら、誰かに任せるなんて言えないわよねぇ。それにムルンでも手に余るようだし。身内以外の人間に怪我させるわけにはいかない)
「お心遣いは嬉しいのですが、私の心はすでに固く決まっております」
「あいわかった。そなたの深い愛情と決意。余には1000年前の聖女に引けを取らないものに感じた」
その1000年前の聖女本人だから当たり前よね。
「そなたが小竜を育てることを、特別に許可しよう」
「ありがとうございます!」
私は膝を折って、頭を垂れる。
だが、すぐに陛下の方を向いた。
折角の国王の前なのだ。
こんな機会は滅多にないし、聞いてみよう。
「うん? まだ何かあるのか、ミレニアよ」
「はい。国王陛下にはもう1つお願いがございます」
「ほう。もしや、爵位と金子がほしくなったのか? 別に今からでもかまわんぞ」
いや、それは欲しくないって。
なんで君主って、爵位と金子を上げたがるのかしら。
喜ぶ人が多いって事なんだろうけど。
「そうではありません。アーベル・フェ・ブラージュ……」
勇者様の謹慎を解いていただけないでしょうか?
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