第45話

 足底に吸い付くような真紅の絨毯。

 掲げられた大旗に、眩いステンドグラス。

 大きなシャンデリアがいくつも下がり、昼前の陽光を乱反射させ、光の波紋を壁や天井に映していた。

 王宮の天井を支える柱は荘厳の一言だ。


 そして、最奥に控えるのは金でできた豪奢な椅子。

 所謂、玉座である。


 1000年経っても、謁見の間って代わり映えしないわね。

 別に規定があるわけでもないのに……。

 君主のイメージを引き立てるものだから、こういう内装になったんだろうけど、もうちょっと工夫とかあってもいいんじゃないかしら。


 心の中で思わず愚痴を呟いてしまうのには、理由があった。


 はっきり言うといい思い出がない。

 前世において、私はこういう謁見の間で聖女デビューをした。

 王子だか、勇者だかの時も、ここで結婚式を挙げたような気もする。


 けれど、その後は惨憺たるものである。

 1度目の時は、この謁見の間で毒を盛られたし、2度目の時はここで火刑を言い渡された。

 他に色々と……うっ! 頭が……!!


 そんな訳で、謁見の間って私にトラウマを植え付けた場所でもある。


 まあ、今回ばかりはいきなり「斬れ」とか物騒なことは言われないだろう。

 さすがの私も国のトップから何故呼ばれたのかは察しがつく。

 多分、あれだ。


「魔術師師団総帥代理並びに第一師団師団長ゼクレア・ル・ルヴァスキー、前へ」


「はっ!!」


 ゼクレア師団長は立ったまま1度革靴の底で絨毯を叩く。

 1本の鋼鉄の棒のように直立した後、指示通り国王陛下の前に進み出た。


 その様子を私は第一師団や他の師団員たちとともに見送る。

 昨日の疲れがあるのにも関わらず、皆がりりしい顔で前を向いている。

 さすが軍人だ。面構えが違う。よほど鍛えられているのだろう。


 今行われているのは、論功行賞だ。


 昨日のことなのに、もう恩賞を取らすのかと驚いたが、これから魔術師師団員には王宮の復興という作業がある。加えて、新人魔術師の入隊式に加え、新たに配属される王宮家臣の入宮式や、騎士団の入隊式、細かいところでは配置転換などによって勤務先が変更になった送迎会などが各部署で行われる。

 この時期、催し物が多く、その日程を動かさないことを鑑みると、今日しか空いてなかったらしい。


 とはいえ、すべての論功行賞を行えば時間がかかり過ぎる。

 働いた魔術師師団の負担を軽くするために、式自体は短くし、午後から半休が取れるように配慮されたようだ。


 ゼクレア師団長は王の前に出でると、膝を突いた

 白い制服と、マントがよく映える。

 いつもぼさっとした頭も、今日は髪油を付けて固めているので、随分と決まっていた。

 まるで王宮にやってきた勇者のようだ。


「昨夜の戦い見事であった、ゼクレア総帥代理。そなたのおかげで、王宮は持ち直し、余と余の家族の命は保たれた。感謝する」


「勿体なきお言葉です、陛下。しかし、王宮防衛は私どもヽヽヽに課せられた使命でございます。にも関わらず、国王陛下の寝所を騒がし、国の象徴足る王宮を傷付けてしまいました。責任はすべて私にあります。どうか厳しい罰を」


「必要ない。そなたの使命は余を含めた民草を守ること。王宮も傷付いたが、こうして今も立派に立っている。そなたはその両方の務めを立派に務めを果たした。感謝こそすれ、厳罰など与えはせぬ」


 国王陛下は皺を寄せて、笑う。

 白髪に、白髭の国王陛下は、すでにかなりのご高齢の様子だが、はきはきと喋っていた。何より大らかな君主らしい。

 私が前世で知る国王の中には、人前を憚らず癇癪を起こす者もいた。

 そういう意味では、今世は君主にも恵まれたようだ。


「そなたに金貨200枚、さらに魔術師師団全体に金貨10万枚を与える」


『おおおおおおおお!!』


 国王陛下の沙汰に、控えていた魔術師師団員たちはどよめいた。

 すぐにそれぞれの師団長の咳払いによって収められたが、私自身もその熱狂の中で驚いていた。


 今回奮戦した第一、第二、第五、第六に師団に加え、辺境防衛の第三、海域防衛の第四を加えると、約10000人の魔術師師団員がいると聞く。

 ざっと見積もっても、1人当たり金貨10枚。

 多分、今回参戦していない第三と第四には、多少差を付けると思うから、もしかしたらそれ以上貰える可能性もある。


 金貨15枚ともなれば、給料の8ヶ月分。

 割とリッチな集合住宅を買う時の頭金ぐらいにはなる。


 よくそんな大盤振る舞いができるなあ、と感心したけど、翻せばそれだけロードレシア王国のピンチだったということだろう。


 国の滅亡がかかっていたのだから、金庫の箍が緩くなるのも仕方がないかもしれない。


 ゼクレア師団長に続いて、第二師団アラン師団長、第五師団ボーラ師団長、第六師団ロブ師団長に対して、それぞれ金貨を下賜された。

 こういう場合って本来出世も望むこともできるのだろうけど、4人から申し出はなかった。多分、今以上のポストがなく、あっても内勤ぐらいなのだろう。


「次に特別恩賞を与える者、ミレニア・ル・アスカルド」


「はい……」


 少々気のない返事で、私は皆がやっていたように敬礼する。

 国王陛下の前に出ると、やはり注目されていた。


「あれが今回の?」

「まだ小娘ではないか」

「しかし、魔術学校の試験の成績は……」

「あの巨竜を拳1つで……」


 側に控えた家臣や野次馬貴族たちが噂する。

 巨竜を拳1つでって、どんな噂が立ってるのよ。

 私は大猿じゃないのよ。


 ああ。やだやだ。

 この注目を浴びてる感じ。

 昔のトラウマを思い出すのよねぇ。

 ヤバい。ちょっと気持ち悪くなってきた。

 段々視界もぼやけて……。


 トンッ!


 気が付いた時には、私はたくましい腕の中に抱えられていた。

 一瞬、アーベルさんかなと思って顔を上げたら、目が合ったのは刃物みたいな三白眼だった。


「ゼクレア師団長!!」


「なんだ、その反応は……」


 さらに鋭く私を睨み付ける。


「緊張しているのか、お前らしくもない」


「いや、場の空気になれていないっていうか」


 昔のトラウマが蘇るというか……。


「じゃあ、空気になれなくてもいい。そもそもまだ民間人のお前に礼節なんて期待していない」


 でも、私これでも子爵家の子女で、昔は聖女として王宮でブイブイ言わせていたんですけどね……。


「お前がやりやすいようにやればいい。どうせお前のことだ。厄介なことになることは目に見えている」


 その、人をトラブルメーカーみたいに……。

 た、多少自覚あるけど、別に私が望んだわけではないんだけど。

 ゼクレア師団長、絶対になんか勘違いしているわ。


 けど、私を心配してくれている気持ちは伝わってきたからいいけど。

 もう少し言い方というものがあるわよね。


「なんだ? 何か言いたそうな顔だな」


「別にいつも通りですけど」


 わざと頬を膨らまして睨んでやると、ゼクレア師団長は薄く微笑んだような気がした。


「気分は?」


「え? あ、治りました」


 悔しいけど、少し身体が軽くなったような気がする。

 その代わり、怒りのゲージが上がったけどね。


「じゃあ、行って来い」


「……は、はい」


 私は国王の前に出でる。


「大丈夫か、ミレニア。気分が悪そうに見えたが」


 国王陛下も心配してくれる。

 全く……。この国には優しい人しかいないのかしら。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません、陛下」


 私は顔を上げる。

 眉を吊り上げ、はっきりと玉座におわす陛下を直視した。


 周りがざわつく。

 先ほどまでの珍獣を見るような注目ではない。

 静謐で、清廉に満ちた空気を吸い込み、皆が黙って私の方を向いていた。


 陛下もまた「ほお……」と長い髭を撫でる。


「まだ新兵である前の民間人で、さらに15歳の少女が、巨竜討伐に尽力したと聞いた時は己の耳を疑ったものだが、良い顔をしておる。なるほど。そなたがミレニア・ル・アスカルドだな」


「はい。わたくしがミレニア・ル・アスカルドにございます」


「うむ。良き返事よ。そして面構えよ。救国の聖女がそなたを依り代としたのも頷ける」


 もうそこまで知ってるのか、国王様は。

 私が聖女だってバレるよりはいいけどね。


「そなたが家臣であれば出世か、それが難しいのであれば、金子を褒賞として渡すことになるのだが、そなたはまだ民間人。故に迷ったのだが、最終的にはそなたに委ねることとした。何か欲しいものを述べよ、ミレニアよ」


「陛下……」


「うむ」


「お断りいたします!」


「うむ。…………んん??? 今、なんと言った?」


 国王陛下は腰を上げて、聞き返した。

 空気がざわつく。周りを見渡さなくとも、皆が目を剥いていることはわかった。


「ですから、褒賞はいらないと言っているのです!」


 私はきっぱりとお断りするのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


明日、拙作原作の『アラフォー冒険者、伝説となる』という作品の単行本3巻が発売されます。書店でお見かけの際には、是非お買い上げいただきますようよろしくお願いします。

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