第35話

 ◆◇◆◇◆  勇者 視点  ◆◇◆◇◆



 勇者アーベルは焦っていた。

 戦況は著しくこちらが有利だ。

 厄災の竜、終末の笛、ラストピリオド……。

 伝説で語られる様々な世界の終焉が、回避されようとしている。


 6000人の魔術師による圧力に厄災竜ジャガーノートが対応できていない。

 自己修復で手一杯で、攻撃が単調になってきている。

 おかげで防御陣形が取りやすく、今のところ死傷者はほとんど出ていなかった。


 団員や師団長たちの士気も高い。


 勝てる要素を並べるなら、いくらでもあげられる。

 しかし、矛盾するようだが、このままでは勝てないと確信してしまう。


 問題はやはり厄災竜ジャガーノートの異常な再生能力だ。

 不死というのも厄介だが、それに付随する再生速度も頭の痛いところだった。

 6000人という魔術師団を以てしても、その圧力に厄災竜ジャガーノートが耐えきっていることこそ、厄災といわれる竜の1番の特徴である。


「神鳥よ。ヤツの弱点を教えてくれないか」


 ついにアーベルはムルンに助けを求める。

 神鳥も時々攻撃の手伝いをしながら、やや冴えない顔で答えた。


『話してもいいけど、話したところでっていうところもあるんだよね』


「とにかく教えてくれないか。後はこちらで……」


『……厄災竜ジャガーノートの弱点はお腹さ』


「お腹……」


 アーベルは目を細めて、そのお腹を注視した。


 言うまでもなく、厄災竜ジャガーノートは巨躯である。

 翼を持つが、今のところ飛んだ姿は見たことがない。

 だが、これまでずっと獅子が伏せるように腹を付けている。

 今いる場所から1歩も動いていないのだ。


『正確にはお腹の下だ。|厄災竜ジャガーノートの本体は地下にある。地上に出ている部分は、擬態なんだよ』


「各位聞いたか?」


 アーベルは団員それぞれの使い魔を通して話しかける。

 無論、先ほどまでのムルンの言葉は全員聞いていた。

 弱点を聞いて、1番激昂したのは、ゼクレアだ。


「それを先に言え!!」


 ゼクレアは手を掲げる。

 長い魔術文字を唱えると、魔力を解き放った。


 ゼクレアの得意技は土属性魔術である。

 本来地味な魔術でありながら、それでも彼が総帥の次の地位である第一師団師団長となれたのは、彼がやはり希有な才能を持つ魔術師だったからだろう。


 その解き放った魔術は、地下の土を隆起させるというもの。

 土を掘り起こし、厄災竜ジャガーノートの本体とやら露出させるつもりだった。


「なんだと!!」


 しかし、ゼクレアの魔術は全く反応しない。

 本来、隆起すべき土が魔術の力を借りても動かせないのだ。


『駄目だよ。多分、本体の網の目のように土の中に張りだして、動かせないようにしているんだ。本体を露出させるには、まず本体と繋がっている擬態を動かして、本体を吊るし出さないと』


「まるで芋掘りですわね」


 アーベルは真剣な表情で次の手を考える。


「あんな巨体……。総帥の魔術でも動かせないぞ」


 ゼクレアも頭を抱えた。


厄災竜ジャガーノートが意外と脆いのも押し出せないようにしているからかもね。感じ悪い……』


「こうなったら俺が……」


 ゼクレアの三白眼が光る。

 その気配に、アーベルはすぐに反応した。


「ゼクレア、変なことは考えたら駄目だよ」


「考えるさ。……心配するなよ。総帥、いやアーベル――お前が残っていれば、魔術師師団は」


「ゼクレア! それ以上言うと、さすがの僕でも怒るよ」


 ゼクレアとアーベルの間に、一触即発の空気が流れる。


 そんな時だった。

 あの雄叫びが響いたのは――――。



ぶらあああああああああコラアアアアアアアアア!!』



 師団の攻撃に攻め立てられていた厄災竜ジャガーノートが吠える。

 その声はまさしく天地を貫いた。


ぐあきさま! ぐらああああああああわれをくうだと!!』


 小刻みに吠えている。

 何か言葉を喋っているように思うが、アーベルにもゼクレアにも解読不能だ。

 ただ側にいたムルンだけは状況を理解しているようで、若干困惑していたのだが、アーベルたちはそこまで気付いていない。


 何故なら、厄災竜ジャガーノートの目線の先にいたのは、2人がよく知る人物だったからだ。


『ミレニア!!』


 アーベルとゼクレアの声が重なる。


 すると、あれほど頑なに動かなかった厄災竜ジャガーノートに動きが出る。

 バタバタと四肢を動かすと、ついにあの巨躯が動き始めたではないか。


「な! 厄災竜ジャガーノートが……」

「動いた!!」


 2人はまたも驚愕する。

 足の悪い少女が突然立ち上がり、歩き始めた。

 そんなインパクトがあった。


 ドスドスと地響きを上げながら、まるで小城が動くかの如く、ミレニアに迫る。


 ミレニアの方も黙って見ているだけではなかった。

 迫り来る厄災竜ジャガーノートを見て、背を向けて逃げ出す。


「ちょっ! そんなに怒らなくてもいいじゃない!!」


 恐怖と言うよりは、どこか不満げだ。


「ミレニア!」


 アーベルが助けに入ろうとするが、ゼクレアは少し冷静だった。


「待て! あれを見ろ!!」


 ゼクレアが指差す。

 ムルンもそれを見て、翼を開いて驚いた。


 厄災竜ジャガーノートの擬態が動いたことによって、本体である根の部分がついに露出したのだ。


 ミレニアが窮地に陥ってはいるが、結果的に厄災竜ジャガーノートの本体を引きずり出した。

 その動きを見たアーベルは、1つの考えに至る。


(まさか聖女様は、自分が囮になって厄災竜ジャガーノートを……)


 アーベルはその献身さに泣きそうになるのを堪える。

 一方、ゼクレアもミレニアを認めていた。


(相変わらず無茶をするヤツだ。だが、この好機を逃す手はない)


 第一師団に攻撃の準備をさせようとしていた。

 

 この時、状況を理解していたのはムルン1人だったが、ミレニアの行動を見て、溜息を吐く。


『やれやれ……。君はどうやら根っからの聖女気質みたいだよ』


 みんなにご飯を作るつもりが、厄災竜ジャガーノートを挑発することになった主人の予期せぬファインプレーを静かに称賛するのだった。

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