ハル・シオンと岩根の脈 -8

 真っ先にリーダイが立ちあがった。あまりに機敏すぎる動き方のせいで、少し怒っているように見えた。


「始めたばかりで申し訳ないけど、それならわたしはもう少し身だしなみを整えなくてはならない」

「ああ……そうかもしれないわね。ええ」

「筆記用具も持ってこよう。少し待ってて」


 わかった、と答える前に、リーダイがカーテンを押し開いて出て行った。ちらっとチオラの方を見る。こちらは落ち着き払いすぎてて、却って不気味なくらいだった。白くて分厚いコップを少し揺らしながら、その中の水面をじっと見つめている。チオラの銀の耳飾りが、こちらからちょうど見えた。なにかの魔法がかかっている、特有の光り方をしている。

 心の中だけで勢いをつけて、ロジンの方に視線を向けてみる。ちょうどあちらもわたしを見たところだった。ぱちりぱちりと瞬きをして、小さく口を開く。


「ハル、」

「うん……」

「……いや。なにか、ほかに欲しいものはある。少し茶菓子と、紅茶のお代りは持ってきたけど、長くなりそうなら、他のもほしくなるかもしれないと、思って」

「ううん。大丈夫」

「そう。チオラは?」

「僕も、特には。これだけで充分だよ。ありがとう」


 凍ってしまった喉が、少し開いた気がした。横でもっと固まってしまっているテトの手を、小さく叩く。


「テトは?」

「わたし……」

「寒くない? お腹がすいたら、言うのよ。体調は悪くない?」


 噛んで含めるように。


「長時間になるかもしれないわ。すぐに言うのよ」

「はい」


 物音と一緒にリーダイが部屋に入ってくる。いつも彼女が使っている、べっ甲の万年筆と、両の掌を開いたくらいのサイズの紙。ガラスのインク壺。机の中央にばさっと紙を広げる。やはり怒っている、と胸中で呟く。長い髪を頭のてっぺんでまとめて、銀の髪飾りを根本につけていた。

 リーダイの目がわたしを鋭く射抜いた。顔の周りを覆う髪がなくなれば、彼女の、細い輪郭と首筋があらわになる。彼女が、絶対に髪をまとめようとする気持ちは、わかる。わたしだって、制服を着てなければ、もう無理だとすべてを投げ出していたに決まっている。


「わたしが筆記をしよう」

「いや、リーダイ、おれが……」

「わたしはいま、本当に怒っているんだ」


 手をあげかけたロジンが、ぱっと引っ込める。


「あまり発言する立場にいたくない。もちろん、話し合いには参加するとも。ただ、手慰みを与えてほしい。申し訳ないけれど」

「ええ、わかったわ」


 彼女がそうしたいなら、そうすればいい。時間はない。


「じゃあ、まず、わたしはこのまま、この場で話し合うべきだと思う。テトも含めて。いい?」

「ああ、いいと思う。おれはね。テトの体がきつくないのであれば」


 テトの手をまた小さく叩いた。震える声で、テトが答える。


「はい、だいじょうぶです。……だいじょうぶじゃなくなったら、いいます」

「じゃあ、今度こそ始めましょう。まず、昨夜の説明をします。レトが、罪の御柱様の手足として、人を殺しました」


 動きかけていたリーダイのペン先が止まる。寝起きだろうに、いやな話しを聞かせてしまって申し訳なかった。できるだけ端的に、と脳内を整理しながら言葉を続ける。


「昨夜は、8人。何日か前に、山の中で人が殺されていた事件もあったでしょう、そちらも、レトがした。少なくとも、この街だけで9人。……ずっと、そういうお役目だった、と言っていた」

「ずっと?」

「ええ。嘘はなかった」


 本来は救いになるはずの、断罪だった。

 そう、わたしたちに、なにひとつ嘘はなかった。


「わたしは昨日の夜に、その、殺された人たちが泊ってた宿屋に行って、街の警衛団の人たちと検分をしてきて、もう終わらせてきた。一応だけど。紙、もらってもいい?」


 リーダイが紙の束を一枚引き抜いて、こちらに滑らせてくる。ポケットの中から自分の万年筆を探し出して、大きく四角を書く。壁際に寄せられたベッドと、扉側には机と椅子。簡単に図面に書き出す。

 おおよそでいいだろう。そこまで必要な情報ではない。楕円形で死体を表す。


「こういう部屋で……まあ、別に、そんなに細かく知る必要はないと思うんだけど、忘れないうちに。即死だった。首を大きな刃物で切られていて……あのね、わたしがレトと最後に会ったとき、大きな鎌を持っていたわ。それで切ったんでしょうね。たぶん、罪の御柱様の手足が使える魔法だと思った」

「そのことも、街の警衛団の人に話したの」

「うん。隠しきれなかった。でも、たぶん、言ってよかったとは思う。協力するとは言ってくれたから。一応、連絡手段はある。わたしのラジオを渡してきた。シュタインさんっていう人が団長で、その人なら話しはわかってくれる。たぶんだけど。用事があれば、わたしの名前を出してやってくると思う。いまは、殺された人が一緒に旅していた旅芸人の人たちと宿屋の店主に、事情を聞いているはず。そこらへんでわたしは帰ってきた」


 少し視線を落とす。情報共有は必要な事項であっても、目的ではない。


「それじゃあ、決めましょう。まずは、レトのことを旅団のみんなにどう説明しようか。べつに、全員に伝えないといけないことでは、ないわよね? でも、いま一緒の人には説明しないといけない。街の人たちに質問されたときに最低限の答えはしれもらわないといけないし」

「ああ、どうだろう。質問に対しては、僕らか、長さまあたりじゃないと答えないように通達した方がいいかもしれないね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る