ハル・シオンと岩根の脈 -1

 張りのある、美しい声だと思った。雪のせいで真っ白になった帽子を床にたたきつける、その仕草までどこか華のある派手な女性だ、と遠くのように眺めながら思う。シュタインさんがさっとわたしの前に立って、軽く両腕を開いた。


「旅芸人の方でしょうか」

「ええ、そうだ。そうだとも! 誰だ、私たちの仲間を殺したのは!」


 空気が張り詰める。白金プラチナの髪が、薄暗い宿の中で光り輝くよう。女性の背後にいた何人かの男性が、慌てたように女性の肩を叩いた。


「ヘリオラ、よせ。落ち着くんだ」

「どうしたって、こんなこと……! あんたは平気だっていうのか!」

「平気なわけないだろう。この人たちに八つ当たりしたって意味がないと言ってるんだ」


 唇を軽く湿らせて、背筋を伸ばす。判断をせねば。わたしが。

 一歩前に出るときに、あえて床板を靴底で強く叩いた。かつんと大きく響いた足音に、先頭の女性がこちらに視線をやった。息を吸って、はっきりとした口調を心がける。胸に手を当てて軽く膝を折る、簡略なお辞儀をする。


「おはようございます。わたしは、ハル・シオン。旅団の総領娘です。ハルとお呼びください」


 は、と女性が短く息を吐くのが聞こえた。伏せていた顔を視線をあげる。


「旅団は、イーニーの街と協力をすべく、わたしを派遣しています。おそらく、イーニーの長様と、旅団の長から話しをお聞きになって、この宿屋まで戻ってこられたかと思われますが、どのくらい事情をご存知でしょうか。警衛団の団長であるシュタインさんと、わたしでこの現場の検分をしているところですので、わたしたちから説明するのが一番詳しくお話しできるかと考えます」


 母と一度ラジオで連絡を取ればよかった、と一瞬後悔する。この女性は怒り狂っているようだけど、先頭にいるのを考えれば、なにかしらのまとめ役を持っているのかもしれなかった。わたしより二つ三つ年上に見えるくらいの年ごろではあるけど、壮年の男性が止め切れていないのを考えれば、きっとそうなんだろう。

 女性のすぐ近くに立っていた男性が、首を掻きながらこちらへ近寄ってきた。五、六人いる中で一番年かさに見える人だ。


「すまない、気が立っていて。数日前も、仲間が殺されたばかりで、今夜の、こんなことがあって、だいぶ混乱しているんだ」

「ええ、仕方のないことです」


 シュタインさんが、こちらへ、と言葉を継いだ。立ち話をしても仕方ない。きちんと丁寧に話しをしないと、納得はしてくれないだろう。自分の思考が張り詰めていくのがわかる。

 どこまで話すべきだろう。食堂の椅子に、女性と年かさの男性、真向いにわたしとシュタインさんで腰かける。後の人にも椅子を勧めたら、断られてしまった。警戒しているのだろう。その対象は、わたしなのか、人が殺されたこの場所なのか。両方なのか。


「それでは、状況を説明させていただきます。八人、ご遺体となっているのを、わたしと診療所の院長で発見しました。それが夜中の二時半ごろです」


 死体は首を切られて即死していたこと。宿屋の主人は眠らされていて、なにも知らないこと。死亡した時刻は、おそらく夜中の一時ごろ。シュタインさんが時折補足説明を挟んでくれた。

 一通りの説明を終えて、ちらっとシュタインさんを見上げる。わたしに任せてくれたのはありがたいけど、彼は彼で言いたいことがあるだろう。犯人と会ったことを伏せているわたしに合わせてくれるかは、なにも打ち合わせていないからわからない。

 ヘリオラと呼ばれていた女性が、口元を震える手でそっと隠す。真っ青だ。


「……どうして、こんなことに」

「我々は、無論、犯人を突き止めたいと思っています」


 コツっとシュタインさんがわたしの椅子を蹴った。安心しろということだろうか。……いや、甘えすぎだ。なにがどうあっても、堂々とした態度は崩してはならない。呼吸を深く、ゆっくり繰り返す。緊張はしているけど、それは悟られるべきではない。


「そのためにはご協力をお願いすることがあるかと思います。まずは、身元の確認もしなければならないし、犯人の心当たりがあれば教えてほしい。この雪が融けるまではここにいなくてはならないのは、大変同情しますが……」


 女性がくしゃっと顔をゆがめた。泣き出してしまうかもしれない、と内心慌てる。情報を詰め込みすぎただろうか。まだ若い人なのに。知らねばならないことではあったけど、死体の様子も説明してしまった。年かさの男性が小さなため息をつく。


「ここからは、俺が話しを聞こう。まずは、身元の確認ですね。二階にいるなら、今から行こう。ヘリオラとみんなはこのまま、ここにいてくれ」


 くたくただ、と内心ため息をつきながら立ち上がる。何度あの階段を上り下りしないといけないんだろう。とはいえ、落ち着いて話せる場所はここしかない。寒さが厳しくなってきたし、店主に許可をとって暖炉に火を起こしたい。重たい上着を着続けて肩が凝ってきた。

 奥の部屋の扉を開いて、男を通す。名前も聞いておけばよかった。顔をしかめて一人一人の顔をのぞき込んでいくのを見守りながら、壁にもたれる。少しほつれてしまって、頬にかかる髪を耳にかける。男がこちらを見上げる。


「間違いない。今夜俺たちが置いて行った、仲間たちだ。全員」

「そうですか……」

「……名乗っていなかったな。テクタという。芸人ではない。世話役だ」


 眉間に指をぐりぐりと揉みながら、テクタさんがため息をつく。どうやら癖らしい。眉間と額に、くっきりとしわがある。苦労してそうな顔だった。

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