ハル・シオンと凍り野の底 -1

 窓ガラスを氷のつぶてのような雪が叩きつけて、音を立てている。炊事場の分厚い窓ガラスが曇っているのを、手のひらで拭う。手袋が濡れて色が変わる。


「昨日のうちに到着してよかったですね」

「ええ」


 窓ガラスから離れる。炊事場の中は料理をしているので暖かい。作業台の上に、お盆がたくさん乗っていて、さらにその上に料理がひとつひとつ並んでいる。自分たちの食事ではなくて、患者さんのための食事だ。

 汁物にとろみをつけるために葛の粉を一つずつ計ってお椀に入れる。ここの入院している人は年を取った人ばかりだから、柔らかいものととろみがついたものばかりだ。

 白い制服の上に割烹着を着た女性が、お鍋からスープを出してお椀に注ぐ。後ろからついて行きながら、葛の粉をかき混ぜてダマにならないようにする。これが終わったらひとりひとりに配膳だ。十人にも満たないので、すぐに終わる。配膳車に乗せて、廊下を渡る。

 病室に一声かけて入って、名前を確認して、食事を渡していく。食事の介助が必要な人はわたしに振り分けられていないので、渡すだけで終わる。午前中で患者全員のカルテは読んだ。わたしに振り分けられた部屋に、食前薬が処方されている人はいない。嚥下障害や、水分摂取の制限がある人はいない。年を取った人ばかりだけど、この街の人は頑健な人が多いので。

 あとは名前と顔をちゃんと一致させるだけだ。そのために配膳を手伝っていると言っても過言ではない。午後からは母のもとで教育が始まるので、もう後ろに戻って自分の食事を摂らないといけない。詰め所にもう後ろに戻ることを伝えて、居住区に向かう細い廊下を歩く。

 自分たちの食事のための炊事場に入る。甘いにおいがした。砂糖は、このあたりでは貴重品なのだけど、到着したばかりだからだろうか。食事をもらえるカウンターに近寄る。大人に混じって、数人の子どもがくるくる動き回っている。


「お疲れ様です」

「ハルねえさん!」


 誇らしそうなハイトーンの声が跳ね上がる。豊かな髪の毛をまとめたテトが、奥から走ってきた。


「お食事ですか?」

「ええ。今日はなあに。甘いにおいがするわね」

「ええ、はい、ほした果物をまぜて、パンをやいたんです。ちょっとまっててください、もってきますね」


 ぱっと身をひるがえして、テトが奥に走っていく。同じ年ごろの子供たちを何事か話しながら、手際よく食事を盛り付けている。家事の手際はとても良いのよと、食事だとかの家事を取り仕切っている女衆から報告は受けている。あんなにずっと一生懸命働く子はそうそういないよ、と。

 一人分の食事だけだと思って待っていたら、二人分のお盆を持って戻ってきた。テトが嬉しそうに笑う。


「みんなが、先に食べてきていいよって。いっしょに食べてくれますか?」

「ええ、もちろん」


 なにか、気を使われたかもしれない。テトが楽しそうに歩いていくのについていく。端の机に真向いで座って、簡単に祈りをささげる。根菜類のスープをすすって、干したベリーが混じったパンを口に運ぶ。焼きたてなので柔らかい。


「おいしいわね。甘いパンなんて久しぶり」

「はい! わたしがやいたんです」

「そうなの。テトはパンを焼くのが上手だものね。そういえば、レトは?」

「レトは魔法の授業のはずです。……受けているかは、わかんないんですけど」

「そうね。まあこんなに吹雪いているから、診療所の中にはいると思うけど」


 テトが気弱に笑った。魔法の授業は、ほとんどみんな喜んで受けるのに、レトだけは嫌がる。ちゃんとやれるのは、生活を見ていればわかるのだけど。精霊たちとの交渉も、ちゃんと適切にできる方だし、ホウキに乗るのも上手だ。

 でも、そういえば、レトの魔法の力を長く見ていない気がする。旅団の一員になればみんな揃いの橙色の明るい光を操るようになるけど。あの子は薄青と金が滴る、美しい魔法を使うのだ。彼の生まれた街は、過去をのぞき込む魔法を使える人たちが暮らしていた。もう燃えて残っていないが。もう、この子たちしか、遺っていないが。

 テトは、本当は、どんな魔法を使えたのだろうか、と考えるときは何度かあった。血が近いので、きっとレトとよく似ていたはずだ。もう手に入らないものだから、口には出さない。


「お昼からは、いっしょに算数を習うので、わたし、聞いておきます」

「いいよ。毎回聞くなんて、いやでしょ。昨日の夜は、ちゃんと休めた? 湯たんぽとかもらった?」

「はい。リーダイが休むまえにもってきてくれました」

「よかった。今夜から自分たちでもらいに行ける?」

「はい、行けます。今日のあさ、教わったので」


 あとでリーダイに世話してくれたお礼を言わないといけない。べつにいいよと言うだろうけど、ちゃんと筋は通さないといけない。話しているテトに相槌を打ちながら、食事を進める。

 久しぶりに二人でいるからか、テトの話したいことはたくさんあるようだった。テトは手のかからない子だけど、もう少し時間をかけて目を向けないといけないと反省する。まじめでよい子だからと放置されるのは、、と思う。放置しているつもりはないけど、あまりさみしい思いをさせかねないことは控えなければ。

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