ハル・シオンと強霜の森 -8


「雪がとけた山肌に、たくさん花が咲いて、その間をちいさなヤギや羊がぴょんぴょん跳ねていくの。牛もいるわね。山のてっぺんには雪がずっと積もっているのだけど、それが青空に映えて、とてもきれいなのよ」


 花が咲いたら、七日もせずにわたしたちは出発してしまうのだけど。じっと雪の中で耐えて、耐えて、耐えた後に外に飛び出して見る景色だからか、本当に美しいと思うものだった。


「花が咲いたら、お祭りもあるわ。出店があるから、お手伝いたくさんして、お小遣い貯めておくのよ」

「お祭り? すてき。どんなお店があるんですか?」

「お菓子も、ご飯も出るわ。木で作った細工物、織物も……服を買ってもあまり着る機会はないかもしれないけど、外套なら着れるし、あとは、わたしの木靴もイーニーで買ったものだしね。色鮮やかなものが多いわよ」

「へえ……」

「でも、本当にたくさん雪が降るから、覚悟しておくのよ。前に行ったときは、あなたたちどっちも風邪を引いたんだから。仕事もたくさんあるわよ。雪が降っているあいだはほとんど外に出れないから、勉強の時間も、普段より増えるわ。ちゃんと受けるのよ」


 数年に一度、不便な思いをしてでもあの街に行く理由のひとつだ。旅をしながらでも子どもたちに教育はつけるが、どうしても実技的な内容だったり、専門書を何冊も何冊も使わないといけないような授業は、どこかで長逗留をしながらしたいものだった。

 わたしもイーニーで外科的な治療方法や長期的な治療の実技を学んだ。楽しいかったけど、いつもより複雑な宿題や、学んだことのまとめで、頭が痛いことこの上なかった。あの街に行くとあの日々を思い出して嫌になると言う人もいる。

 レトとテトは、医術に関して学ばせないつもりだったけど、母や周りの大人たちに言われて結局同じ年の子どもたちと一緒に授業を受けることになってしまった。遅れを取り戻すのが二人とも本当に早かったので、わたしがいけないことをしてしまったと少し反省した。本当は、本当に、嫌だったけど。

 将来は、わたしたち旅団と関係なく暮らしてほしかった。それは、わたしの我がままであったが。

 この年なら、一年二年の遅れはたいしたことない。最近は大きな事故や災害はなかったので、実技的な学びが少ないのが不安要素だった。それはこの年ごろの子どもたちみんななので、おそらく今回の逗留でみっちりしごかれるだろう。自分たちのことを思い出して、少し笑う。ほとんど毎日試験があって大変だった。なのに午後になれば家の中の仕事や雪下ろしをしないといけないし、天気は鬱々としていた。


「あそこは、住んでる人たち全員が一生懸命仕事をしないといけない場所だから。じゃないとあんな厳しい自然の中では生きていけないわ」

「くだらない」


 レトの尖った声が上がる。


「そんな街、行かなきゃいいのに」

「くだらなくないわよ。イーニーの街には、ずっとわたしたちを応援してもらっているんだから。それに長くゆっくりできるから、悪くないわよ。あなたの好きそうな本もたくさんあるし」

「勉強をさせられるなんて、まっぴらごめんだ」

「有難いと思いなさいって、言ってるでしょ。お金を払ってでも勉強させてくれって言って旅団に入る人もいるんだから」


 ふんとレトが鼻を鳴らして、また本を開いた。テトが困ったように笑うので、これ以上は問い詰めないけど。小言がたくさん出てきそうだった。わたしが言っても逆効果になるのはわかっていても、たくさん叱ってしまいそうになる。

 馬車の小窓から、こんこんと小さなノックが響いた。チオラの声だけが聞こえてきた。


「ハル、交代だよ。出ておいで」

「はあい!」


 立ち上がって、箱の上に乗せていた背の高い帽子を頭に被って、白いピンで固定する。荷台の扉を開いて、レトとテトの方を振り向く。


「じゃあ、姉さんは先に行ってるから。リーダイとチオラの言うこと聞いて、ちゃんと大人しくしててちょうだい」

「はい。行ってらっしゃい」


 テトが小さく手を振るのに応えて、外に出る。チオラがホウキに乗って、馬車の後ろで待っていた。いつも通り優しそうににっこり笑っていた。なにか悪いことが起きたわけではなさそう。


「ハルは、長のところに行ってきて。みんなより先に、イーニーに行くってさ」

「いいけど、なにかあったの? 時間は押してないと思うんだけど」


 隣にだれかいるわけではないので、直接ホウキに飛び乗る。雪の量が増えているような気がした。


「この先はもっと雪がひどくなりそうだから、って。忘れ物はないかい。お土産はちゃんと持った?」

「ええ。ちゃんと中まで確認したわ」

「じゃあ行っておいで」


 わかった、とうなずいて、ホウキを上昇させる。ずらずらと馬車や馬が連なっているのを眼下に、先頭の一際大き白い旗を掲げた馬車まで。やはりホウキで風を切ると寒さがひどかった。こんな中、母と二人っきりで一時間は飛ばないといけないと思うと憂鬱だ。

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